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第1章-第9話 決戦

 月明かりが城下の町を照らす中、朱華たちは辻斬り入道の追撃を躱しながら家々の屋根を足場にある場所へと向かっていた。


『それにしても、いつから狸が犯人だって分かってたんですか?』

『梅の傷跡を見た時からだ』


 司に念話で質問された朱華は空から降ってきた妖気を纏った無数の雷の矢を避け、軒先から長屋へと跳び移る。


『えぇっ⁉ そんなに早くから気づいてたんですかっ⁉』

『じいさんは死んでも辻斬りを起こすような奴じゃねぇし、そもそも入道っていうのは、狸や狐と言った妖魔が化けてることが多いからな』

『なるほど……』


 朱華の説明を受け、近くを走っていた司は頷いた。


 その後、南西橋(なんせいばし)を通過した朱華たちは塀を超えて廃寺へと侵入する。追って来た辻斬り入道も境内へ入ったところで朱華は二人に向けて声を飛ばす。


「燎也は結界の強化! 司は巫式と巫術(ふじゅつ)で援護しろ!」

「了解っ!」


 応じた二人はそれぞれの役目に回るべく散開する。結界に妖魔を縛る内縛(ないばく)が追加されるのに併せて、朱華と辻斬り入道は境内にある三重塔(さんじゅうのとう)へと移動。


 最上層の瓦屋根に乗った朱華は刀身へ桜の花弁を纏わせ、辻斬り入道の首を狙って突き上げる。入道は横にズレて避けるが、朱華はそのまま首を狙って横一線に刀を振った。

 

 しかし、しゃがんで躱した入道に足払いを掛けられ、真上に跳んで回避した朱華は刀を振り上げて叩き斬った。刃同士がぶつかり、辺りに衝撃波が発生して瓦が剥がれるさ中、入道の回し蹴りを受けた朱華が宙へ飛んだ。


 朱華はそのまま屋根の先端に着地し、縁を掴んで中階層へ降りる。続けて入道は足場の瓦屋根を妖気で破壊し、朱華のいる中層へ降下した。


「はっ!」


 塔の向かいにある蔵の屋根にいた司が錫杖を振るって上空に陣を展開させ、中層へ降りた入道に向けて数えきれないほどの烏羽を放射する。


 木製の壁面に烏羽が突き刺さる中、司の攻撃を掻い潜っていた入道の左脚と背中にダメージが入る。角を曲がって烏羽の嵐を切り抜けた入道は居合わせた朱華に向けて刀を前へ突く。


「チィ……!」


 刀身から放たれた巨大な妖気の渦が押し寄せ、朱華は妖気の暴風によって瓦解していく欄干を蹴って角を曲がり、間一髪のところで直撃を逃れる。


 が、次の瞬間、膨大な妖気によって軸となる中層の壁面が突き破られ、周囲に轟音が響き渡る。


「おいおい、嘘だろ……!」


 完全に支えとなる心柱を失った中層が崩壊し、上層が徐々に落ちてくる。唖然とした朱華が急いでその場から離れようとする中、貫通した壁の穴から入道が彼女目掛けて突進してきた。


「ぐっ……!」


 咄嗟に刀で受けるが、辻斬り入道の猛攻に耐えきれず、二人は欄干を破壊して落下していく。入道と朱華が互いに地面に降り立ったその時。三重塔の中層が上層に押しつぶされ、辺りが砂塵に覆われる。

 

『朱華さん、無事ですかっ⁉』

『あぁ、何とかな』


 左腕で目を庇った朱華が司の問いかけに応じていると、煙の中から入道がやってきた。


 と、入道の足元に苦無が刺さり、爆発する。燎也の援護が効いている隙に朱華は一度退避して体勢を整える。だが、黒煙が晴れた時には目の前に入道の姿はなかった。


 どこへ行ったと周りを見回した途端、司の背後に辻斬り入道が出現。迎撃する間もなく司は袈裟(けさ)斬(ぎ)りを受け、屋根から突き落とされる。


「ッ……⁉ カハッ!」


 瞬時に受け身を取った司は錫杖を支えに立ち上がろうとするも、全身に激痛が走って力が抜け、その場に崩れ落ちると同時に大量に吐血する。


 地面に血溜まりができる中、司は何が起こったか分からず、目を見開いて動揺する。そんな彼に追い打ちをかけるように、屋根から飛び降りた入道が斬りかかってきた。


「させるかぁ!」


 間に入った燎也が入道の刃を炎を宿した刀で受け止める。しかし、身に纏った妖気を増幅させた入道に押され、刀を弾かれてしまう。


 分が悪いと燎也は即座に横へ飛び退くが、目の前に迫った入道へ胸部を斬られ、右脇腹に強烈な蹴りを喰らう。その衝撃で燎也は思いっきり鐘楼(しょうろう)の礎石(そせき)へと吹っ飛ばされる。


「燎ッ……!」


 朱華が声を上げると、全身を強打して背中と肋骨(あばらぼね)を損傷した燎也は脇腹に手を当てながら微かに呻き声を漏らす。


「テンメェッ……!」


 十数秒も経たないうちに二人がやられ、頭に血が上った朱華は舌打ち交じりに怒号を上げ、辻斬り入道へ猛進する。


 パァンッ! と地面が割れた直後、入道の猛攻撃を全て躱した朱華は最大限巫力を脚に回し、懐を蹴り飛ばす。


 ガードできずにまともに蹴りを受けた入道は、数十メートル先の庫裡(くり)を貫通し、その後ろにある塀へと激突した。


「あかん……何やこれ動けへん……」

「梅花刀(ばいかとう)の毒だ! 二人ともこれ打って治せ!」


 燎也が顔を歪めながら呟くと、朱華は懐から白音に作ってもらった解毒剤の入った注射器と彼女の巫式である治癒水の入った注射器を二本ずつ取り出し、それぞれ司と燎也に向けて投げる。


「お前らが動けるようになるまでの間、オレがあいつの相手に回る!」

「おい、朱華っ……!」

「心配しなくても、オレは事前に予防してるから大丈夫だ!」


 二本の注射器を受け取った燎也へ呼び止められるも、朱華はそう言い残して庫裡の方へと走っていく。


 梅花剣の特徴として刀身に込められた猛毒があり、一撃でも剣から直接攻撃を受ければ、傷口から瞬く間に毒が全身に回ってしまう。


 入道との激戦を予期した朱華が予め白音に解毒剤と治癒水の製造を依頼し、造ってもらっていたのだ。ここで燎也同様、注射器を手にした司から念話が飛んでくる。


『そうは言ってもあの毒がある以上、どう考えても長期戦は不利ですよ? 何か策はあるんですか?』

『昔、じいさんから敵襲に備えて、この寺のどこかに封縛陣(ふうばくじん)を仕込んだって話を聞いたことがある』


 こめかみに二本の指を当てた朱華は地面を疾走しながら念話越しに伝える。


『せやけど、どこにあるんか分かっとるんか?』

『じいさんの話じゃ、発動しただけで上級妖魔を封じて浄化できるぐらいにはデカくて強力らしいからな。この寺ん中でそんな巨大な陣を陰で仕込める場所は本堂の中庭しかねぇ』


 朱華は大きな梅の木がある中庭を一瞥した後、その場で踏み込んで庫裡の屋根へと跳ぶ。


『司は治り次第、封縛陣(ふうばくじん)があいつにバレないよう幻術を施してくれ』

『分かりました』


 夜は陰(いん)の気(き)が強まるのに加え、暗摩山(くらまやま)から流れる御陰川(みかげがわ)がここから近い分、普段よりも飛躍的に力が増す。


 烏守衆(うもりしゅう)の所属で陰(いん)の巫術(ふじゅつ)が得意な司にとってはこの場はまさしく力を振るうに相応しい絶好の条件となる。


 そう踏んで指示を出した朱華に、司は快く返事をした。それを聞き届け、屋根に着地した朱華は入道のいるであろう塀へと顔を向ける。


 しかし、ヒビの入った箇所を見ても入道の姿が見当たらない。朱華は目を閉じて己の巫力を境内全域へ飛ばす。神経を研ぎ澄ませ、入道の居場所を探る。


「見つけた」


 目を開いた朱華は屋根を蹴り上げ、庭園の池にかかった朱い橋にいた入道へ接近する。刹那、朱華と入道の刃が衝突し、周囲に激しい金属音が響いた。


「よくもやってくれたのう」

「そりゃ、こっちのセリフだってんだ!」


 橋の起点と終点に退いた朱華と入道は武器を構え直して、再び剣戟を交える。


 すると、入道が庫裡の屋根へ移動し、妖気の斬撃を飛ばした。斬撃を身体を横にズラして避けた朱華も飛び乗り、桜の斬撃を入道に向けて放ちながら追いかける。


 二人が幾度となく放つ斬撃で、足場となる瓦屋根が破壊されていく。


「ハッ、良いぞ……! もっとだ!」


 闘争に燃え、瞳孔をかっ開いて口角をこれでもかと上げて笑った朱華は、容赦なく迫りくる斬撃を躱しつつ、自らも桜の刃を放つ。


「ここに来て笑うとは、お主も我らと同じく強者(つわもの)との戦いに生を見出す性(さが)のようだな」

「ま、そういう意味では同類なんだろうぜ。けど、まさかこんな形でじいさんと戦うことになるとは思いもしなかったがなっ!」

「それはこちらも同感よ! 『紅桜(べにざくら)』!」


 突貫した朱華が踏み込むとともに入道を叩き斬る。朱華の重い一撃を入道が刀で防いだのも束の間、彼女が放った技の衝撃波で瓦屋根が陥没し、二人は室内へと落ちる。


 畳の上へ着地した朱華と入道が広間の中で刀を手に斬り合いを繰り広げる。と、朱華の足元の畳の床から次々と鋭い杭(くい)が立ち上がり、彼女は広間の中を走って切り抜ける。


「だー! うぜえっ!」


 朱華は障子(しょうじ)を蹴り飛ばし、身体を射抜くように突き上げられる杭と随時放たれる斬撃を躱しながら、封縛陣(ふうばくじん)のある本堂を目指して縁側を疾走する。


 そしてある程度来たところで踵を返した朱華は、追ってきた辻斬り入道に対して、桜の花弁を纏わせた刀で突きを入れる。放射された無数の花弁が入道の身体を切り裂くと共に庭園へ吹き飛ばした。


 追撃に出るべく朱華が縁側の床板を蹴って突進する一方、庭園へ投げ出された入道は、莫大な量の妖気を身体から発生させると同時に、己の周囲に数十本の直剣を展開した。


「我が飛剣(ひけん)、受けるが良いっ!」


 入道が言い放つと、高速で入道の周りを回転した剣が朱華に向かって射出される。


 直ちに両手を前にした朱華は、自身を覆うようにして無数の紅葉を召喚し、竜巻の如く旋回させて降り注ぐ数十もの剣を弾いていく。


「クッソッ……!」


 だが、あまりの威力の高さに防御の穴を突かれ、合間を縫ってやって来た剣が朱華の肩口に刺さり、次いで左脚と右脇腹を裂いて後ろにある縁側へと着弾した。


 痛みのあまり膝をついていると、砂利の地面を蹴った入道が差し迫ってくる。


 次の瞬間、幾多の烏羽(からすば)が放射され、入道は走って躱す。烏羽が放たれた方向を見やれば、屋根に佇んだ司が陣を展開し、疾駆する入道へ何条もの黒い光を発射していた。


 同じく屋根にいた燎也が両手に炎を纏い、燃え盛る爆炎を打ち出した。怒涛の速さで爆炎が入道へ激突し、辺りに爆風が巻き上がる。


「お待たせしました!」

「遅なってすまん!」


 司と燎也の攻撃で入道が怯む間に屋根へ退避した朱華は、肩口に刺さった剣を引き抜いて放り、治癒水入りの注射器を腕に刺して全身の傷を癒やす。


「よぉし、来たな二人とも。んじゃ、締めにかかるとするか」


 朱華は合流した燎也、司とともに辻斬り入道を大きな梅の木の生えた本堂の中庭へと追い込んでいく。


 そして入道が本堂の屋根に降り立ったのを逃さんとばかりに朱華と燎也は刀を振るって屋根の縁へと追い立てる。司の烏羽による追撃もあってか、入道は中庭へ着地。


 屋根の縁から飛び降り、梅の木の枝を足場に跳んだ朱華が、桜の花弁を纏った刀身で入道を中庭の中心へと押し込む。


「司っ!」

「はいっ!」


 朱華が呼びかけると、中庭へ降りた司が錫杖の切っ先を地面に叩きつける。直後、烏の羽根が巫力の風とともに舞い上がり、隠れていた巨大な封縛陣(ふうばくじん)が現れた。


「何ッ⁉」


 入道が顕在化した陣に目を見開く。そんな中、司が錫杖を通して陣へ巫力を流し込む。


 すると、上空に同様の陣が出現して陣全体が黄金に光り輝き、入道諸共辺りがみるみるうちに浄化されていく。


「がああああああっ!」


 辻斬り入道が悲鳴を声を上げるのと同じくして、燎也が陣の外縁から無数の鎖を放って入道の身体を縛り上げた後、一気に炎が鎖を伝い、彼の全身を焼いた。


「朱華!」

「おうよっ!」


 燎也の声に応じた朱華は、地面を粉砕して陣の中心にいる辻斬り入道へ直進。妖魔の核に狙いを定め、桜の花弁を刀身に纏わせた彼女は渾身の突きを撃ち込んだ。


「まだ……だッ……まだ我らは……」


 浄化された影響で身体にヒビが入る中、核を貫かれた入道は必死に藻掻く。


「もう復讐は終わった。これ以上苦しむ前に安らかに眠れ」


 穏やかな声で告げた朱華は、核へ巫力を注いで刀を引き抜いた。直後、辻斬り入道の身体が割れ、光の欠片となって消滅した。


 支えを失った梅花刀(ばいかとう)が地に落ちると役目を終えた封縛陣も消える。朱華は落ちた梅花刀を拾い上げて残った鞘へと仕舞い、己の宝物庫に繋がる陣へと収納した。立ち上がってホッと息を吐いたその時――。

 

 

 器となる肉体を失った膨大な妖気が辺りに霧散し、寺の境内全体に数百体もの夥しい数の霊が出現する。


「こ、これは……!」


 無数の霊を前にして顔を強張らせた司が発すると、朱華が口を開いた。


「幽魔(ゆうま)だな。大方、寺で眠っていた霊が妖気によって呼び起こされたんだろう」

「どないする? 流石にこの数を祓い切るんは無理があるで」


 刀を構えながら燎也が言った瞬間、水と雷を纏った暴風と水の刃が飛んできて周辺にいた幽魔が一掃された。


「そういうときのための俺らってな」

「三人とも加勢に来てあげたわよ」


 朱華たちが揃って上を見上げれば、本堂の屋根に太刀を持った多守(たもり)と薙刀を脇に構えた白音(しらね)が佇んでいた。程なくして次々と巫術師たちが周囲の屋根へ着地する。

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