第1章-第10話 恩返し
朱華たちが揃って上を見上げれば、本堂の屋根に太刀を持った多守と薙刀を脇に構えた白音が佇んでいた。程なくして次々と巫術師たちが周囲の屋根へ着地する。
「多守さんっ⁉ それに白音さんも!」
「なんでここに⁉」
司と燎也が目を丸くしてやってきた二人へ問いかける。
「朱華に『今回の事件は本来そっちが解決すべきものなんだから、恩返しに少しくらい手ぇ貸せ』って言われてな」
「私は別途依頼料をもらっての参戦だけどね」
口々に応えた多守と白音は、屋根から飛び降りて朱華たちの傍へと降り立った。
「朱華お前、どこまで読んで……」
「さぁな」
驚きのあまり顔を強張らせた燎也に訊かれ、口元を緩めて言った朱華は幽魔たちへと向き直る。
「それよりも境内から外に出られたら終わりだ」
「えぇ、さっさと祓うわよ!」
朱華と白音の言葉を皮切りに、その場にいた巫術師たちが幽魔へと突撃する。
「はあっ!」
薙刀の刀身に巫式の水を纏わせた白音は回転斬りで周囲に群がる幽魔を一掃し、続けて眼前の幽魔の身体を薙いで両断する。
その一方、本堂前にいた朱華が桜の花弁を帯びた刀で、瞬く間に迫りくる斬り伏せていく。
間発入れずに地面を駆けた朱華が、数体の幽魔を祓うべく下段から斬り上げようとするが、近くにいた多守が巫式の嵐を宿した刀で刺突し、幽魔たちを木端微塵に裂いた。
「邪魔すんじゃねぇよ! やりにくい!」
「はぁっ⁉ そっちから割り込んで来たんだろーがっ!」
幽魔を蹴って上に乗ると同時に叩き斬った朱華が文句を言うと、横一線に刀を振って幽魔を祓った多守が怒鳴る。
「お二人とも! こんな場所で喧嘩するのはやめてください!」
屋根にいた司が仲裁するように声を上げながら生成した無数の烏羽で辺りの幽魔を祓う。そんな司へと向かってきた幽魔が身体から幽気を放ち、対峙した彼の二の腕の皮膚が切れる。
次の瞬間、向かいの屋根を蹴って大きく跳躍した燎也が炎を纏わせた刀で、幽気を放った幽魔の胴を袈裟懸けで斬った。
「あれ毎回やから気にせんでええで」
「えぇ……そうなんですか……」
司の近くの瓦屋根に着地した燎也が新たに苦無を手にしながら言うと、司は頬を引き攣らせる。その間にも、本堂前では周囲の幽魔が集合して膨れ上がり、大きな幽魔が出現していた。
巫式の出力を上げ、背を向けて周囲の幽魔を掃討していた朱華と多守は互いに交差して巨大な幽魔を斬る。桜と嵐の斬撃を一度に受けた幽魔は黒い霧となって消え去った。
と、白音が司の傍に着地と同じく踏み込み、襲来してきた幽魔を横に薙いで撃退する。水しぶきが舞う中、薙刀を降ろした白音は司へ顔を向ける。
「二人って塾の頃からあぁなのよね。それより貴方、巫力足りてないんだから手、貸しなさい」
「あ、ありがとうございます」
白音に促された司は彼女と手を合わせる。まもなく二人の手のひらの間に青い光が現れ、手を通じて白音から巫力を供給される。
補充が完了して白音が崩壊した三重塔の屋根へ飛んで移動するのに対し、司は己の周囲に陣を展開させ、下にいる幽魔たちへ向けて黒い光を放射した。
そうして祓い続けること三十分。境内に湧き出た幽魔もかなりの数を減らし、百体にまで減少していた。
「朱華、後は任せた!」
「言われなくてもそのつもりだっ!」
多守の言葉に返事をして中庭に移った朱華は、巫力を回した左手へ上部に鈴の施された杖を出現させ、足元へ突き刺した。
次いで朱華を中心として巨大な赤色の招霊陣が地面と上空に展開される。すると、陣全体が光を帯び、境内にいた幽魔たちがこぞって引き寄せられ、集結した。
「ふっ!」
杖から手を離した朱華は刀身へ桜の花弁を最大出力で纏わせ、回転すると同時に大きく刀を振るう。
直後、陣全体に視界を覆いつくすほどの桜吹雪が舞い、幽魔たちが完全排除される。幽魔たちが黒い霧となって消滅するのを目にした朱華は、刀を鞘に納め、地面に刺さった杖を抜いて手元から消した。
「お疲れ様。治してあげるからみんなこっちに来なさい」
「へーい」
白音から声をかけられ、朱華を筆頭としたみんなが彼女の元へ歩き出す。そんな中、立ち止まったままの司に気づいた白音が彼に近づいた。
「ほーら、司も。腕、怪我してるでしょう?」
「いや、僕は大丈夫ですよ。他の皆さんの方を優先して……」
司が両手を前に遠慮していると、眉を顰めた白音が彼の手首を力強く掴んだ。
「へっ? ちょっ⁉ イダダダダダッ!」
白音が掴んだ司の手首を捻じって彼の背中側に回し、締め上げると、司は絶叫する。
「些細な切り傷であっても放置したら、傷口から妖気が侵入して全身に回って徐々に身体が蝕まれ、最悪の場合死に至ることだって――」
「分かりました! 分かりましたから締め上げるのだけは止めてください……!」
白音が地を這いずるようなおどろおどろしい声でまくし立てると、怯えた表情を浮かべた司は怯えた表情を浮かべて観念する。
「よろしい」
にっこりと笑って拘束を解いた白音は、眼に巫力を回して二の腕にある切り傷へ手を翳す。翳した手から傷口へ治癒効果のある水が注ぎこまれ、腕の傷が塞がっていく。
司の治療を終え、白音は燎也の怪我を治し始める。
「白音さんって怖い……」
治療を終えた司が声を震わせながら呟くと、一連の様子を見ていた朱華が彼の肩へ手を置いた。
「あの美貌に惑わされるのも無理はねぇが、これで分かったろ? 白音がどれだけおっかねぇか」
「は、はい……」
朱華の話に司は激しく首を縦に振った。その後、全員の治療が終了したところで、境内の浄化作業が行われた。
夜が明け、指揮を執っていた多守が仕上げに結界を張り直すと、枯れていた梅の木につぼみが生えて満開になり、境内には邪気一つない空間が広がっていた。
「これでよし」
「サンキュー、先輩」
一通り境内の後処理を終えた多守へ朱華が声をかける。
「本来はこっちが片付けなきゃいけない事案だったんだ。これぐらいのことはさせてくれ。だが、この寺が廃寺になってからかなり経つ。近いうちに取り壊しになるだろう」
「そうか……」
多守から告げられ、沈んだ声で返した朱華は一度視線を落とした後、顔を上へ向けた。彼女の視線の先では、植えられた紅い梅が咲き誇っていた。
「わあ、綺麗ですね~」
「せやなぁ」
同じように見上げていた司と燎也もその光景に自然と声を漏らす。二人の様子を傍で見ていた朱華は一息つくと、両手を腰に当てた。
「頑張った褒美にしちゃあ十分だろ。そんじゃ、ちょっくら出てくるわ」
燎也と司に話した朱華は、その場を離れようと踵を返す。
「あ、朱華さん。どこへ……」
司が後を追うべく駆け出そうとすると、燎也が手で制した。
「今はそっとしといたろうやないの」
「……そうですね」
燎也が言うと、司は頷いてその場を去っていく朱華を見守った。




