第1章-第4話 水死体の調査
統治者であるヒノワが治める国の中でも主要都市となる日守城下町は、日守城を中心として東西南北に広大な町並みが広がっている。
日々多くの人が往来する城下町には大きな河川が二つ流れており、そのうちの一つ、暗摩山から流れている御陰川が、今回の依頼の発端となった場所だ。
「着いたぞ」
朱華が遠くの日守城へ目を向けていると、前を歩いていた多守が橋の前で足を止めた。橋名板には南西橋と書かれている。
その下を流れる御陰川のほとりでは、引き揚げ作業を終えた巫術師たちがイグサを編んだ敷物である筵の上に死体を並べていた。
「これ全部ですか……」
司は沈痛な面持ちで川岸にずらりと並べられた死体を見る。桜が植えられた並木道から川岸へと降りた朱華は筵を掛けられた死体を一瞥した後、多守へ顔を向ける。
「一通り見せて貰って良いか?」
「あぁ」
多守の許可を得たところで朱華、燎也、司の三人は遺体の元へ歩み寄り、順番に筵を除けていく。
「うわぁ……どれも損傷が激しいですね」
遺体の前にしゃがんだ司が頬を引き攣らせる。見ると、どの死体も青白く変色しており、打撲痕や切傷が複数箇所に渡って残っていた。
「へぇ、案外平気なんやな」
「えぇ、まぁ。一応、山にいた頃からそれなりに見てきてはいるので」
燎也が意外そうな視線を向ければ、司は苦笑交じりに答えた。
「野郎どもに追いかけられてた時には半泣きになってたってのにな」
「うっ……。それはもう良いじゃないですか……」
朱華が茶化すと、司は痛いところを突かれたようにして顔を歪める。そんなやり取りを挟みつつ、目の前の死体を隅から隅まで検分していると、心臓部分に刀で刺されたような刺し傷があった。
ざっと辺りを見回してみるも、どの死体にも血色がない。違和感を覚えた朱華は眼に巫力を回す。彼女の眼が淡く光る中、死体へ再度視線を移せば、体内の血が全て抜かれており、精気が失くなっていた。
朱華はその場から立ち上がり、少し離れたところにいた燎也の元へ向かう。
「燎。昨夜この周辺に変わったやつがいないか聞き込み頼む」
「了解や」
すれ違いざまに朱華がそう告げると、短く返事をした燎也はそのまま川岸を離れていった。その後も検分を続けていると、傍にやってきた司が腰を下ろして死体を見た。
「それにしてもこの傷跡やけに特徴的ですね。何かの花でしょうか?」
司が指差した部分には、肩から脇を大きく裂くようにしてなった切り傷から丸みを帯びた赤い五枚の花弁のようなものがところどころに刻まれていた。
「――梅」
「えっ?」
「梅の花だ」
司が訊き返すと、朱華は静かに告げて傷跡をじっと見つめる。彼女の目にはどこか哀愁や怒りといったものが漂っていた。
と、後ろの方から足音が聞こえてくる。
「何か分かったか?」
「あぁ」
歩み寄って来た多守から声をかけられ、朱華は首を縦に振った。
「ここにある遺体、どれも切り傷がある上に心臓を一突きされて血が全部抜き取られてる。恐らくは精気が狙いの辻斬りだろう」
「だろうな」
朱華がそう口にすると、多守は驚きもせずに淡々と同意した。
「既に分かってたんなら何故早く言わない」
そう言って朱華は横に立つ多守を見上げる。すると、袴の脇あき部分に手を突っ込んでいた彼は宙を見ながら徐に切り出した。
「実はここ一週間、日守城下の浪士連中や傾奇者らが次々と斬殺されててな。ずっと犯人を捜してるんだが、なかなか足取りを掴めてない」
誰に向けて語るでもなく話す多守に、朱華は溜息を吐いた。
「もしかしなくてもそれが別件か?」
「あぁ、そうだ」
「なるほどな……」
自分のところにわざわざ依頼を持ってきた本当の目的を知り、朱華はまどろっこしい手を使いやがると思う。
それならそうと、辻斬りの犯人を一緒に探し出して捕まえてほしいと最初から言えばいいのだが、一介の祓魔屋如きに頼むとなれば、巫守寮の面子が丸つぶれだ。
それを鑑みたのか、多守はあくまで水死体の調査という名目で朱華たち『朱守』に依頼をしてきたらしい。
「おーい、戻ったで」
多守と話しているうちにひと仕事終えたのか、燎也が戻ってきた。
「あ、燎也さん。いないと思ったらどこ行ってたんですか」
「ちょっと朱華に頼まれて聞き込みにな」
検分をほったらかしてどこかに行ったと思ったのだろう司が不満げに喋ると、燎也は朱華をチラ見して言った。
「どうだった?」
朱華の尋ねに燎也は周辺の住民から聞いたことを共有し出す。
「目撃した人の情報によると、犯人は笠と法衣を纏って錫杖を持った僧侶いう話らしい。なんや町の人らからは辻斬り入道や言われてるみたいやで」
「辻斬り入道ねぇ……」
燎也の話に朱華は眉を顰めながら溢した。入道というのは、出家して仏道に入った者のことを指す。
無差別に人々を斬る坊主だから辻斬り入道。なかなか板についた名前だと思う一方で、朱華の中では一つの疑問が湧き起こっていた。
「なあ、小守。例の辻斬り騒動が始まったのはいつからだ?」
足を開いてしゃがんだ状態で死体を見ていた朱華は多守へ問いかける。
「小守じゃなくて多守な。後、お前より俺の方が年上なんだからせめてさん付けしろ」
「テメェに敬うところなんざこれっぽちもありゃしねぇよ。んなことよりどうなんだ?」
そう吐き捨てた朱華は多守へ再度問いかける。と、多守は顎に手を当てて考え、少ししてから朱華を見た。
「確かひと月前からそれらしい報告が上がってたはずだ」
「ひと月前か……。じゃあ小守、後は任せるわ」
考えるようにして呟いた朱華は立ち上がって、その場から歩き出す。
「だから多守だっての。てか、何処に行く?」
「ちょいとあそこまでな」
多守が怪訝そうに首を傾げると、朱華はある場所へと顔を向けた。彼女の視線の先、城下町の中でも中心に位置する大通り沿いには大きな五重塔が立っていた。




