第1章-第3話 依頼と対価
「わぁ~! ここが新しい職場ですか~!」
引き戸を開けて廊下を歩いた先には、漆喰の壁と木製の床板で構成された応接間が広がっていた。
空間の中心にはローテーブルがあり、それを挟むようにして座面と背もたれがクッションになった木製の長椅子が二脚置かれている。
壁際には書物が敷き詰められた棚や掛け軸があり、障子を挟んだ向こうには廚と居間があった。
「一階が事務所兼住居、二階が各々の自室になってる。空き部屋がいくつかあるからそこ使ってくれ」
「分かりました。ところで、お二人のお名前は?」
朱華の話に首を縦に振った司は、朱華と燎也に尋ねる。
「オレは桜守朱華。ここ、侍衛・祓魔屋『朱守』の店主をやってる。これからよろしくな」
「火守燎也や。十守衆の一つ、火守衆に所属する傍ら朱華の手伝いをしとる。よろしゅうな」
「朱華さんに燎也さんですね! これからよろしくお願いします!」
張りきった声を上げた司は頭を下げる。すっかりやる気に満ち溢れているようで、司は興味津々に室内をぐるりと見て回る。
そんな彼に朱華が微かに口元を緩めていると、入口の引き戸が開いた。
「邪魔するぞ~」
「おー、邪魔するなら帰ってくれ」
焦げ茶色の毛先の生えた短髪に黒い目をした青年が入ってこようとすると、朱華は急いで引き戸を閉めた。
だが、すんでのところで手を挟まれ、防がれる。
「生憎とそうもいかないんだよッ」
「早く帰れってんだ。何回も言ってるが、テメェらの依頼を引き受ける気はねぇッ」
白縹色の着物に紺藍色の羽織、黒袴を纏った青年が青筋を浮かべて力づくで引き戸を開けようとするのを、朱華は必死に止める。
「はぁん? 先輩に向かってその口の利き方は何だ」
「テメェこそどの面下げてここに来てんだよ。後、もう先輩じゃねぇだろ」
「朱華ー、んなとこで喧嘩してんとはよ通したり」
青年と朱華が怒号を上げながら引き戸の間で攻防を繰り広げていると、二人の様子を見ていた燎也が声をかけた。
渋々諦めた朱華は引き戸から手を離し、クッションの効いた長椅子へと腰かける。
「燎也、助かった。あのままじゃ追い返されるところだったからな。って、なんだ新入りか?」
中へ入ってきた青年は燎也へ礼を言うと、見慣れない顔がいると思ったのか物珍しそうな目を司に向ける。
「はい! 今日からここで働くことになった烏守司です!」
「俺は多守士郎。こいつらとは巫守塾時代からの先輩後輩でな。よろしく頼む」
司が元気よく挨拶すれば、多守は朱華と燎也を親指で指して言った。
巫守塾とは巫術師になるための育成機関で、朱華と燎也はその時に何かと多守と関わる機会があったのだ。
「ほんで、何の用なんです?」
「あぁ、お前らに頼みたいことがあってな」
燎也が首を傾げると、多守は朱華の向かいにある長椅子へと腰を下ろす。朱華はまたかと顔を歪ませてげんなりした。
朱華が祓魔屋として活動する一方、多守は巫守寮所属の巫術師として活動しており、時折こうして依頼を持ちんでいた。
「今日の未明、城下町の南西を流れる御陰川で十七人の水死体が発見された」
「十七人って結構な数ですね……」
「だろ?」
司の反応に多守は同意するように返す。十七人もの水死体となれば、普通、集団入水でもしなければそんな数には至らないだろう。
(これは何かあるな……)
そう朱華が確信したのも束の間、多守は続けて言った。
「それで調べてみたら案の定、その水死体から妖気の痕跡が見つかった。犯人は恐らく妖魔だろうってことで寮の方で調べてるんだが、別件が忙しいあまり人手が足りなくてな。そこでお前らにも付き合ってほしい。報酬は百万両だ」
「ひゃ、百万ッ⁉」
「断る」
多大な金額に司が目を丸くして机に身を乗り出すのと同じくして、朱華ははっきりと辞退した。
「ちょっと朱華さん⁉ 百万ですよ⁉ 百万! なんで断っちゃうんですか⁉」
「煩ぇな……。断ると言ったら断る」
一刻も早くお金を稼ぎたいのか、信じられないと司に肩を強く揺さぶられるが、朱華は断じて発言を撤回する気を見せない。
「頼む! 上司から何としてでも捜査に加えさせろって言われてるんだ!」
「僕からもお願いしますよぉ!」
多守と司が両手を合わせて懇願する。喚く二人を見かねたのか話を聞いていた燎也は朱華へ視線を送る。
「朱華。俺としては、ここで寮に恩売っといて損はない思うけど」
燎也からも受けたらどうかと促され、朱華は気乗りしないながらも思考を巡らせる。
まず水死体を生み出した犯人の捜査だけで百万両というのが引っかかる。通常、巫守寮での捜査達成報酬は一案件につき一人十数万両前後。
加えて巫術師がそれなりにいる巫守寮で人手足りないのもおかしな話だ。恐らく、その別件とやらが立て込んでいるのだろうが、それにしたって違和感は拭えない。
だが、今のうちに恩を売っておけばいつかこちらが困った時に役に立つ。それに司がどれだけ使えるのかも早いうちに知っておいた方が良いだろう。
「……仕方ねぇ。司の力量を見るためにもその依頼、引き受けてやる」
「助かる」
「その代わり、報酬の百万両に加えて生駒屋の懐石料理券三人分も用意しろ」
「はぁっ⁉ あそこのめちゃくちゃ高いんだぞ⁉」
朱華が出した条件に多守はこれでもかと声を張り上げて反発する。
生駒屋は城下町の中でも随一を誇る高級料亭だ。そんな店の料理券、一介の庶民ではまず手に入れることはできない。
しかも三人分と来た。一見すると、無茶な条件に思える。だが――。
「――そんなのお前んとこの商会の伝手辿りゃあいくらでも手に入れられるだろーが。つけれねぇってんならこの話は無かったことに……」
「分かった! 分かったから! ちゃんと懐石料理券も手に入れてやるから破談にするのだけはやめてくれ……!」
朱華が話を切り上げようとすると、焦った多守は手を合わせて口にした。
「んじゃ、さっそく現場まで案内よろしくな」
彼の言葉に朱華はニヤリと笑みを浮かべて言うのだった。




