第1章-第1話 出会い
満開の桜が舞い散り、広大な城下町に春の訪れを感じさせる暖かい風が吹きつける。
着物を纏った人々が石畳で舗装された通りを行き交う中、団子屋の店先にある縁台に一人の若い女が座っていた。
「はい朱華ちゃん、いつものね」
「サンキュー、おばちゃん」
胸下までの赤毛混じりの明るい茶髪を赤いリボンと金の簪で纏め上げ、肩出しの赤い着物に紺袴、黒の草履を身に着けた彼女は、店の老婆にお礼を言うと、出された山盛りの串差し団子を頬張る。
名を桜守朱華。刀を腰に携えた彼女が早くも三本目の団子を口にしていると、ふと話し声が耳に入ってきた。
「ちょっと聞いた? 昨日また浪士が殺されたんですって」
「確かなかなかの強者だって噂だったわよね。最近どんどん治安が悪くなってるから何とかしてほしいわ」
同じく団子屋でお茶をしていた二人の若い女が話しているのを興味なさげに聞きつつ、朱華は脇に置いてある団子をみるみるうちに平らげていく。
と、何やら大勢の足音がこちらに向かって近づいてきた。
「おい、待てこらぁ!」
「そこの餓鬼、さっさと止まりやがれ!」
「この状況で止まれと言われて誰が止まるんですかっ! 後、僕は子供じゃなああいっ!」
傾奇者集団の先頭を走っていた尻からげの大柄な男と細身の男が言い放つと、追いかけられていた小柄な若者が言い返す。
腰までの黒髪を首元で一つ括りにし、薄鼠色の着物に黒袴を纏って黒の羽織を肩から掛けた若者は身の丈の大きさがある錫杖を両手に通りを爆走する。
その直後、細身の男の手から苦無が投げられ、若者の足元へと刺さった。
「ひいいいいっ!」
逃げ道を塞ぐかのようにして突き刺さった苦無に若者は悲鳴を上げる。
と、ここで団子へ夢中になっていた朱華の赤い瞳と若者の黒い瞳が交差した。若者は一瞬立ち止まった後、すぐさま朱華の元へと駆け寄って来た。
「あのっ! すいませんが、助けていただけませんか!? あいつらに金品奪われた挙句追われてるんです!」
「んだよ急に、面倒臭ェ」
半泣きになりながら頼み込んでくる若者に対して、団子を食べていた朱華は手でしっしとあしらう。
「そこを何とかっ!」
若者は土下座をして助けを乞う。目の前で頭を下げられた朱華は最後の一本を食べ終わると、溜息を吐いて舌打ちをした。
「しゃーねぇな。依頼料はこの団子代で頼むぜ」
「ありがとうございます!」
若者は組んでいた足を解いて腰を上げる朱華にお礼を言う。その後、朱華はぞろぞろとやってきた男たちに臆することなく司を庇うようにして立った。
「テメェらこんな白昼堂々、餓鬼追い回すったぁ良い度胸だな。あ゛ぁ?」
朱華のドスのきいた声で「あの僕、餓鬼じゃないです」という若者の呟きが搔き消える。
「げっ、お前は……」
朱華を目にした細身の男が顔を引き攣らせる。
「んだとテメェ! やんのかぁ!?」
「ちょっ、兄貴! こいつ相手にするのだけは止めましょう!」
傾奇者衆の頭らしき大柄な男が朱華に突っかかるも、即座に細身の男が青ざめた顔で制止する。
「お前、何言ってやがる!」
「敵に回したらヤバいんですって! 逃げましょう!」
「——今更逃げようたってもう遅せぇよっ!」
男たちが言い合っていると、腰を低く落とした朱華が地面を蹴ると同時に抜刀する。
朱華が回転斬りした瞬間、刃から無数の桜の花弁が放たれ、衝撃波とともに周囲にいた男たちの身体が一斉に吹き飛んだ。
「あれは……巫式……?」
縁台に身を潜めながら朱華の動向を見守っていた若者が宙を舞う桜の花弁に目を見開く一方、地面に伏せっていた男たちが斬りかかってくるのを、朱華は瞬く間に斬り伏せていく。
そうして最後に残った大柄の男がやけになりながら朱華へ刀を振り回すが、彼女は最低限の動きで躱し、体勢を崩した男の後頭部を刀の柄で殴る。
すると、抗う間もなく男はそのまま気絶して地面へと倒れた。
「ふぃ~、いっちょ上がり~」
軽く肩を回してから刀を鞘に納めた朱華は、一連の流れを見ていた周囲から歓声が湧くのも気にせず、こめかみに二本の指を当てて念話を飛ばす。
『あ、燎。悪ぃけど団子屋の前で伸びてる奴ら片しといてくれ』
『ええけど、今度は何やったんや……』
『ちぃとばかしひと悶着あってな。じゃ、頼むわ』
『ちょっ! おい——』
朱華がこめかみから手を離すと、脳内に響くヒノワ弁口調の若い男の声が途絶えた。
「ほれ、これ取り返しといたから団子代払ってくれ」
朱華は大柄な男にトドメを刺す直前、すれ違いざまに掏ったのだろう、手のひらサイズのがま口を若者へと差し出した。
「ありがとうございます。って、高ッ!」
受け取ったがま口を開いた若者は、団子屋の老婆から提示された代金表を見て驚愕する。朱華は十五本の団子を注文したようで、合計で三千両と記載されていた。
若者は渋々、財布の中から小銭を取り出して老婆へと支払った。
「はい、毎度あり~」
「ぼ、僕のお金が……」
朱華の団子代を払ったことにより、財布の中身が空になってしまったようで、若者は呆然とがま口の中を見つめる。
「じゃあな。あぁ言う輩にはもう出くわすんじゃねぇぞ」
「ちょっ! ちょっと待ってください!」
そう言って去ろうとする朱華を若者が呼び止めた。朱華は振り返って若者へ視線を向ける。
「あ? まだなんかあんのか?」
「そ、その……僕を雇ってもらえませんか!?」
朱華が尋ねると、若者は意を決したように声を張り上げて言った。
「はっ? お前何言って……」
突然の申し出に朱華は怪訝そうな表情を浮かべた。朱華が混乱していると、若者は躊躇いながらも話し出す。
「田舎から出て来たばかりで右も左も分からない上に、さっきので貯金がゼロになってしまって他に行く当てもなくて……。それにさっきの立ち回りで巫式使ってたってことは巫術師ですよね!? 僕もあなたみたいな強い巫術師になりたいんです!」
——巫術師。それは世に蔓延る妖魔や幽魔と言った妖魔奇怪を祓う存在。
巫式というのは、巫力という浄化作用を持った気を用いる異能力のことで、先ほどの傾奇者衆との戦いで朱華が放った桜の花弁がそれに当たる。
乱闘騒ぎのさ中、朱華の剣技と巫式を見て感化されたのかそう話す若者に、朱華は眉を寄せて口を開く。
「悪いがうちはお前みたいな女の餓鬼が居座るところじゃねぇ」
朱華がきっぱり言い放つと、若者は俯いて拳を握りしめ、何かを口にした。聞き取れずに朱華が訊き返せば、若者は顔を上げて彼女をまっすぐ見た。
「——女でも無ければ子供でもないです!」
「へっ?」
若者の言葉に朱華は思わず目を丸くする。
「だから! 僕、男ですって! というか、女が居座るような場所じゃないって言ってるあなたこそ女性じゃないですかぁ!」
「オレにはこれを扱える技量があるからいいんだよっ」
指を差して言う少年へ腰に下げた刀を軽く叩いて告げた朱華は、巫力を脚に回して地面から二階建ての瓦屋根の上へと飛び乗った。
「あ、ちょっと待ってくださいよぉ!」
そのまま屋根を伝って遠くへ行く朱華に、手を伸ばした少年は声を荒げるのだった。




