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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第一章 『魔術学園への入学』
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9話  『初めての実技授業』

 訓練場へ移動すると、中央には魔法を受け止めるための標的が並べられていた。厚い石板を円形に切り出したような形で、大人の胸ほどの高さがある。表面には焦げ跡や細かな傷がいくつも残り、端の一部は欠けていた。訓練場は校舎の裏手にある。周囲を低い石壁に囲まれ、その外側には新緑の目立ち始めた木々が並んでいた。屋根はなく、春の風が制服の裾を揺らしている。


「まずは、得意な属性の初級魔法を一つ使ってもらいます」


 雨宮先生が標的の前に立った。


「今日は威力を競う授業ではありません。自分がどの程度の魔力を扱えるのか、確かめるためのものです。必要以上に魔力を込めないようにね」


 そう言われても、標的を前にした生徒たちの顔には、少なからず力が入っていた。入学して最初の実技だ。周りよりいいところを見せたいと思うのは、仕方がないのかもしれない。生徒たちは数人ずつ呼ばれ、標的の前へ並んだ。


 二見の名前が呼ばれる。二見は標的の前まで歩くと、右手を向けた。掌の前に赤い炎が生まれる。拳ほどの大きさだったが、火の粉はほとんど散らず、輪郭を保ったまま燃えていた。二見が腕を伸ばす。火球はまっすぐに飛び、標的の中央で弾けた。短い音が響き、炎が消える。焦げた石の匂いが風に乗って流れてきた。中心には濃い焦げ跡が残り、表面がわずかに削れていた。


「炎をよくまとめられてるね」


 雨宮先生が標的へ近づいた。


「火属性はよく使うの?」


「はい。一番練習しています」


「今の調子で続けて。ただ、発動する時に右肩へ少し力が入っていたから、そこだけ意識してみて」


 二見は自分の肩へ目を向けた。


「分かりました」


 満足そうに戻ってくるかと思ったが、途中でもう一度だけ標的を振り返った。焦げ跡の位置を確認するように見つめてから、列へ戻ってくる。


「かなり真ん中だったな」


 花田が声をかけた。


「かなりじゃないわ。少しずれてる」


「どこがだ?」


 オレには中央に見えた。花田も同じだったらしく、焦げ跡と二見の顔を交互に見ている。花田は何か言いかけたが、二見の顔を見てやめた。


 続いて花田が前へ出た。選んだのは風属性だった。掌の前で空気が渦を巻く。周囲の砂がわずかに浮き上がり、目に見えない塊が標的へ放たれた。直後、標的の表面で風が弾ける。砂ぼこりが舞い上がり、近くに置かれていた小さな石まで転がっていった。見ていた生徒たちが顔を背け、何人かが目を細める。威力はあったが、標的の中心からは大きく外れていた。


「花田くん、もう少し魔力を抑えて」


「抑えたつもりだったんですけど」


「最初から一気に流しすぎね。形が整う前に飛ばしてる」


 花田は標的に残った傷を見たあと、自分の掌を見下ろした。


「出すところまでは簡単なんだけどな」


「そこから狙った形にするのが魔術だからね」


 雨宮先生の言葉に、花田は少し考えるように頷いた。


「もう一回やってもいいですか?」


「全員が終わってからならね」


「分かりました」


 花田は自分の掌を見ながら列へ戻ってきた。


 その後も生徒たちが順番に魔法を使っていった。炎が標的へ届く前に消えかける者もいれば、水球が途中で崩れ、足元を濡らす者もいた。土の塊を飛ばした生徒は狙いを外し、標的の手前に小さな穴を作っていた。最初は自分の順番を気にして静かだった生徒たちも、何人かが終わる頃には、隣同士で結果を話し始めていた。標的の周りには水たまりが増え、焦げた石と湿った土の匂いが混じっている。


 橘の名前が呼ばれると、標的の代わりに人型の訓練人形が運ばれてきた。腕には、刃物で切られたような傷が作られている。橘がその前に立ち、傷口へ手をかざした。掌から淡い光が広がる。光は人形の腕全体を包まず、傷の周囲へ集まっていった。裂けていた部分が、端から少しずつ閉じていく。それまで話していた生徒たちも、橘の手元へ目を向けていた。


「はい。そこまでで大丈夫よ」


 雨宮先生に言われ、橘は光を消した。人形の腕には、傷があった痕が薄く残っているだけだった。


「きれいに治せてる。光属性はかなり練習しているのね」


「はい。昔から一番使ってきたので」


「魔力を広げすぎず、傷の周りへ集められてるのもいいわね。治療魔法は使う範囲が広いほど消耗も大きくなるから、その感覚は大事にして」


「分かりました」


 橘が列へ戻ると、近くにいた女子生徒がすぐに声をかけた。


「橘さん、今の、あとで教えてくれない?」


「私でよければ」


「俺も聞いていい?」


「もちろんです」


 さらに別の生徒からも声がかかる。橘は誰に対しても嫌な顔をせず、一人ずつに笑って答えていた。


「橘さん、可愛いよな」


「分かる。しかも優しいし」


 前に並んでいた男子たちの話し声が聞こえてきた。整った顔立ちに、誰に声をかけられても嫌な顔をしない。入学してまだ二日目だが、すでに何人かと親しくなっているようだった。あれなら、人気が出るのも分かる。


 何人かが終わったあと、オレの名前が呼ばれた。標的の前に立ち、右手を向ける。掌の前に水が集まり、小さな球を作った。魔力を流し、そのまま前へ飛ばす。水球は標的の中央へ当たり、表面で弾けた。派手な音はしない。丸い水跡が一つ残っただけだった。


「初級の水球ね」


「はい」


 雨宮先生は標的とオレの手元を順番に見た。


「形は安定しています。もう少し威力を出しても崩れないと思うけど、今日はこれでいいでしょう」


「分かりました」


 列へ戻る。花田の風魔法と比べれば、目立つところは何もなかった。周囲から声が上がることもなく、すぐに次の生徒の名前が呼ばれた。


 呼ばれた生徒も、オレと同じように水球を作ったが、飛ばした直後に形が崩れ、標的へ届く前に半分ほどが地面へ落ちた。


「途中で魔力を足そうとしたでしょう?」


 雨宮先生が尋ねる。


「はい。少し弱いと思って……」


「発動してから急に量を変えると、形が崩れやすくなります。最初に決めた量を、最後まで一定に流してみて」


 生徒は濡れた地面を見ながら頷いた。


 属性魔法の確認が終わる頃には、標的の周囲はすっかり汚れていた。一部の標的が片づけられ、代わりに厚い布を巻いた柱と、球を発射するための筒が運び込まれる。開始線から柱までは十歩ほど。柱の左右には、腰ほどの高さの筒が一つずつ置かれていた。床には開始位置と停止位置を示す白線が引かれている。


「次は身体強化と、魔力コントロールの確認です」


 雨宮先生が白線を指した。


「合図が出たら、あの柱まで走ってください。手前の線で止まり、柱を一度殴る。そのあと、左右のどちらかから球が飛んできます」


「受けてもいいんですか?」


 生徒の一人が尋ねた。


「避けても受けても構いません。ただし、姿勢を崩したらそこで終了です。球の威力は強くないけど、生身で当たれば少し痛いから気をつけて」


 最初の数人が挑戦した。走ることに集中して線を越える者や、柱を殴った直後に飛んできた球へ反応できない者が続く。単純に見えて、走る、止まる、殴る、守るという動作を続けて行うのは難しいらしい。


 花田の番が来た。開始線の前に立ち、腰を落とす。


「始め」


 合図と同時に地面を蹴った。身体が前へ飛び出す。それまでの生徒とは明らかに速度が違った。わずかな距離を一気に詰め、柱へ拳を叩き込む。重い音が訓練場に響き、柱が大きく揺れる。見ていた生徒たちから驚きの声が上がった。


 直後、右側の筒から球が放たれた。花田は腕を上げて受けようとしたが、間に合わない。球が脇腹へ当たり、身体が横へ流れた。踏ん張ろうとしたが、一歩よろける。


「終了」


 雨宮先生の声がかかる。花田は脇腹を押さえながら、白線の前へ戻った。


「速さと打撃は十分ね。ただ、走る時から殴るところまで、ずっと同じ調子で魔力を流していたでしょう?」


「分かりますか?」


「動きを見ればね。速く走ることと、止まることでは、魔力の使い方が違います。殴ったあとは、すぐに防御へ切り替えないと」


 花田は少し悔しそうに、飛んできた球を見た。


「次は受けます」


「その前に、止まる練習からね」


 次に二見が挑戦する。花田ほどの速さはなかったが、線の手前で足を止めた。柱へ拳を当て、飛んできた球を両腕で受ける。鈍い音が鳴る。衝撃で一歩下がったものの、倒れることはなかった。


「魔力を腕へ集めるのが少し早かったね。そのぶん、止まる直前に足元が不安定になってる」


「はい」


「でも、切り替えはできています。最初としては十分」


 二見は頷き、両腕を軽く振りながら戻ってきた。


 橘は柱を殴る力こそ弱かったが、球が飛んでくると半歩横へ動き、危なげなくかわした。見ていた女子生徒から、小さく感心する声が上がる。橘は少し照れたように笑って列へ戻った。


 やがてオレの名前が呼ばれた。開始線の前に立つ。柱の左右にある筒は、どちらもこちらへ口を向けていた。


「始め」


 合図に合わせて走り出す。柱の手前で足を止め、拳を当てた。柱が小さく揺れる。


 左側の筒から球が飛び出す。オレは身体を右へずらした。球が制服の袖をかすめ、そのまま後ろへ抜けていく。


「はい、終了」


 雨宮先生に言われ、列へ戻ろうとする。


「桐原くん」


 呼び止められて振り返った。


「今の、球が出る前から動いてなかった?」


「気のせいじゃないですか」


「そう?」


 雨宮先生は左側の筒へ目を向けた。それから、もう一度オレを見る。


「まあ、いいわ。戻って」


「はい」


 列へ戻ると、花田が待っていたように口を開いた。


「朔也、ずいぶん弱く殴ってたな」


「壊す課題じゃない」


「それにしても全然揺れてなかったぞ」


 花田はまだ納得していない様子だったが、すぐに次の生徒の実技へ目を向けた。


 その生徒は勢いよく走り出したものの、停止線を越え、柱へ肩からぶつかった。続けて飛んできた球を避けようとして、足をもつれさせる。雨宮先生がすぐに駆け寄った。


「大丈夫?」


「はい……」


「一度に全部やろうとしないで。走る、止まる、殴る、守る。まずは一つずつ切り替えることを意識して」


 生徒が立ち上がるのを確認してから、雨宮先生は全員へ向き直った。


「今日うまくできなかった人も、気にしなくて大丈夫。今日は、できないところを見つけるための授業だからね」


 生徒たちの表情から、少しだけ力が抜ける。


「残りの時間は、さっき指摘された部分を意識して練習してください」


 雨宮先生の言葉を合図に、生徒たちがそれぞれの練習場所へ散っていく。二見は早速、空いた標的の前へ向かった。橘の周囲には、先ほど教えてほしいと言っていた生徒たちが集まっている。


 花田は開始線の前に立ち、柱までの距離を見た。


「止まるだけなら簡単だろ」


 そう言って走り出し、今度は白線のかなり手前で止まった。


 雨宮先生が額へ手を当てる。


「極端なのよ」


 訓練場に笑い声が広がった。

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