8話 『魔力量だけでは決まらない』
翌朝。一時間目の鐘が鳴ると、雨宮先生は教室へ入ってきた。
「最初の授業なので、基礎の確認から始めるね」
教卓に教本を置き、黒板に二つの言葉を書く。
――魔法。
――魔術。
教室に目立った反応はなかった。どちらも、魔法を学ぶ者なら入学前に知っている内容だ。
「魔力によって起こされる現象そのものを、魔法と呼びます。炎が生まれる、水が動く、傷が治る。そうした現象のことね」
雨宮先生は、続いて魔術の文字を指した。
「魔術は、その現象を起こすための技術や手順。術式、魔法陣、呪文、魔力の流し方なんかが含まれます」
「火が出るのが魔法で、火を出す方法が魔術ですか?」
花田が尋ねる。どうやら曖昧だったらしい。
「そういうこと。日常では、どちらもまとめて魔法と呼ばれることが多いけどね」
雨宮先生は黒板に、新たな言葉を書いた。
――基礎魔法。
――オリジナル。
「魔法は、大きく分けるとこの二種類です」
雨宮先生は、基礎魔法の文字を指した。
「基礎魔法は、正しい術式を学べば誰でも使えます。生まれつき特別な能力を持っている必要はありません。同じ術式を覚えれば、別の人でも同じ魔法を使えるということね」
続いて、その指がオリジナルへ移る。
「対して、オリジナルは、その人物にしか使えない固有魔法です。学習によって身につけることはできません」
「オリジナルを持っていない人もいるんですよね」
教室のどこかから声が上がった。
「ええ。むしろ、持っていない人のほうが多いわね。それに、オリジナルの性質は一人ひとり違います。似た能力が現れることはあっても、まったく同じ能力は、まだ確認されていません」
雨宮先生は黒板に、威力、範囲、持続時間、対象の数、といくつかの言葉を加えた。
「オリジナルを使う時にも、魔力は消費します。威力を上げる、広い範囲に使う、長く維持する。そうすれば、その分だけ消費する魔力も増えるわね」
強力な能力でも、使う本人の魔力には限りがある。一度使っただけで魔力の大半を失うなら、使いどころを選ぶ必要があった。
「それから、オリジナルには、その人自身の特性が現れると考えられています」
雨宮先生は一度、教室を見渡した。
「性格や価値観、欲求、恐れ。本人も気づいていない部分が、能力として現れることもあるの」
「能力を見れば、その人の内面も分かるんですか?」
そこで、橘が質問する。
「完全には分からないわ。ただ、推測する材料にはなるでしょうね」
だから、オリジナルの詳細を話したがらない者は多い。戦闘で使う手札だけでなく、自分の内側まで勝手に探られることになるからだ。
「だから、他人のオリジナルを無理に聞かないこと。どこまで話すかは、本人に決めさせてあげてね」
雨宮先生は、次に六つの属性を黒板へ書いた。
火。水。風。土。光。闇。
「基礎魔法は、この六つの属性に分けられます」
雨宮先生は、一番左に書かれた文字を指した。
「火属性は、熱や炎を生み出す魔法です。攻撃だけでなく、火をつけたり、明かりや加熱に使ったりもできます」
指先が、その隣へ移る。
「水属性は、水を生み出したり、操ったりする魔法です。消火や冷却のほか、相手の動きを妨げるのにも向いているわね」
「水なら、火に強いんですか?」
花田が尋ねる。
「同じくらいの出力ならね。でも、小さな水で大きな炎を消せるわけじゃない。属性の相性だけで勝敗が決まるほど、単純ではないということよ」
「風属性は、空気の流れを操ります。攻撃だけでなく、移動の補助や落下速度の軽減、飛んでくる物の軌道をそらすことにも使えます。応用範囲が広くて、熟練すれば空を飛ぶこともできるわね」
雨宮先生の指が、土の文字へ移る。
「土属性は、土や石を操ります。壁や足場を作ったり、地面を変形させて相手の動きを邪魔したりできます」
黒板に、短く言葉を書き加える。
――生成。
――操作。
「水や土は、魔力から新しく生み出すこともできます。ただ、周りにあるものを使ったほうが、消費する魔力は少なくて済みます」
何もないところから作るより、すでにあるものを動かすほうが楽ということだ。
「光属性は、回復や結界が得意です。初級なら軽い傷、中級なら深い傷や骨折にも対応できます」
「上級なら、どこまで治せるんですか?」
教室のどこかから声が上がった。
「上級なら、失った腕を再生することもできます。ただし、死んだ人を生き返らせることはできません」
教室の何人かが、黒板の光属性へ目を向けた。
「最後は闇属性ね。幻術や認識の妨害に使われます。存在しないものを見せる、音の方向をずらす、自分の姿を認識しにくくする。相手の感覚を惑わせる魔法です」
雨宮先生は教室を見渡した。
「闇という名前だけど、使う人の善悪とは関係ありません。どの属性も、結局は使い方次第だからね」
次に雨宮先生は六属性の下へ、三つの言葉を書いた。
――初級。
――中級。
――上級。
「基礎魔法には、初級、中級、上級の三つの段階があります。ただし、誰でも上級まで使えるわけではありません」
「術式が難しいからですか?」
教室の前のほうから質問が飛んだ。
「それだけじゃないわ。上級魔法を使うには、一度にたくさんの魔力が必要です。それに、複雑な術式へ正確に魔力を流す技術も必要になります」
術式を覚えただけでは足りない。必要な量の魔力を、決められた場所へ正確に流し込まなければ、上級魔法は発動しないということだ。
「ここまでは、入学前に習った内容の復習ね」
雨宮先生は黒板の文字を消していった。教室の様子に大きな変化はない。魔法と魔術の違いも、基礎魔法の六属性も、今さら初めて聞くような話ではなかった。
「次に、昨日の測定結果について確認します」
黒板の中央へ、新しい言葉が書かれる。
――総魔力量。
「総魔力量は、身体の中に蓄えておける魔力の総量です。上限は生まれつき決まっていて、訓練しても増えることはありません」
雨宮先生は、その下に評価基準を書いていく。
S――一万以上。
A――七千五百以上、一万未満。
B――五千以上、七千五百未満。
C――五千未満。
「この学園では、B評価が平均です。昨日は、この総魔力量をもとに評価がつけられました」
オレはC。二見、花田、橘はAだった。総魔力量の多さが生まれ持った才能として重く見られるのは、後から増やすことができないからだ。
「総魔力量については、みんな知っていると思います」
雨宮先生は、その下へ新しい言葉を書いた。
――一度に使える魔力量。
「ここからは、昨日の測定だけでは分からない話ね」
何人かが教本を開いた。
「身体にある魔力を、一度に全部使えるわけではありません。一度に扱える量には、人それぞれ上限があります。これを瞬間出力と呼びます」
「総魔力量が多ければ、瞬間出力も高くなるんですか?」
花田が尋ねた。
「基本的にはそう。総魔力量が多い人ほど、瞬間出力も高くなるわね」
雨宮先生は、黒板のSとCを指した。
「S評価とC評価くらい総魔力量に差があれば、瞬間出力にも大きな差が出るのが普通です」
教室の空気が、そこで初めて少し変わった。総魔力量に差があることは知っていても、それが一度に使える魔力へどう影響するのかまでは、詳しく習っていなかったらしい。総魔力量が少ない者が、瞬間出力だけは高い。そんな都合のいい例外は、基本的に存在しないということだ。
「例えば、S評価の九条さんの瞬間出力が二百、C評価の桐原くんが百だとします」
「……なんでオレで例えるんですか」
「んー、昨日の結果で一番分かりやすかったから」
……解せぬ。
百と二百。黒板に二つの数字が書かれる。
「同じ魔法を同じ条件で正面からぶつければ、二百を使える九条さんが勝ちます」
雨宮先生は、その横に新たな言葉を書いた。
――魔力効率。
「ただ、術式へ流した魔力が、全部そのまま魔法として働くわけではありません」
黒板に短い流れが書かれる。
魔力→術式→魔法
「魔力を術式へ流して、炎や水のような現象へ変える途中で、一部の魔力が失われます。魔力効率というのは、流した魔力をどれだけ無駄なく魔法へ変えられるか、ということね」
術式へ流す魔力、百五十。
実際に魔法として働く魔力、百二十。
「この場合、三十の魔力が変換の途中で失われています」
花田が、黒板に書かれた数字を見比べた。
「魔力効率を完璧にすれば、朔也でも九条さんに勝てるんですか?」
「正面から出力を競うなら、難しいわね」
雨宮先生は、先ほど書いた二つの数字を指した。
S評価――二百。
C評価――百。
「魔力効率を極めた達人でも、一割ほどは途中で失われると言われています。仮に桐原くんが百をすべて魔法に変えたとしても、百は百。九条さんが三割を無駄にしても、実際に働く魔力は百四十になります」
「それでも届かないんですね」
魔力効率が高くても、瞬間出力の上限は変わらない。どれだけ無駄を減らしても、一度に使える量そのものが増えるわけではないということだ。
「じゃあ、朔也はどうやっても九条さんには勝てないのか」
正面から魔法をぶつけ合うなら、その通りだろう。
「実戦は、そこまで単純ではないけどね」
雨宮先生は、魔力効率の横に新たな言葉を書いた。
――身体強化。
「瞬間出力は、魔法にだけ使うものではありません。魔力を身体へ直接流せば、肉体そのものを強化できます」
「身体強化も魔法なんですか?」
「術式を使わないから、厳密には魔法とは違います。魔力をそのまま身体へ流す、魔力操作の一つね」
黒板に、人の身体を模した図が描かれた。
「足へ魔力を流せば、走る速さや蹴りの威力が上がります。足そのものの防御力も高くなる。腕や胴体でも同じです」
戦闘中に攻撃を受けても、すぐに身体が壊れないのは、魔力で肉体を守っているからだ。
「身体強化でも、魔力効率による損失は出るんですか?」
「出ません。身体強化は、魔力を別の現象へ変えずに、そのまま身体へ流しているからね」
身体強化なら、五十流せば、その五十がそのまま働く。術式を通して別の現象へ変える魔法とは、仕組みが違う。雨宮先生は、人型の足を塗った。
瞬間出力、二百。
足の強化、五十。
残り、百五十。
「一度に二百を扱える人が、足へ五十流しているなら、ほかに使えるのは残りの百五十です」
「足を強化したまま、二百の魔法は使えない?」
「使えません。同時に扱える魔力の合計は、二百までだからね」
花田は黒板を見ながら、少し考えた。
「それなら、魔力が流れていない場所を攻撃すればいいんですね」
「どこに流れていないか分かればね」
雨宮先生は、人型全体を薄く塗った。
「魔力は普通、目には見えません。相手のどこに魔力が流れていないのか、見抜くのは難しいでしょうね」
雨宮先生は、人型全体を薄く塗った。
「一方で、防御する側も、どこを狙われるかは分かりません。だから、戦闘中は全身へ魔力を流しておくのが基本です」
魔力を流していない場所へ攻撃を受ければ、生身で受けることになる。初級魔法といえど大けがをすることになるだろう。
「ただ、全身へ広く流せば、一か所あたりの強化は薄くなります。一か所へ集中させれば、そこは強くなるけど、ほかの場所が薄くなるわね」
相手がどこを厚く守っているのか。どこが薄いのか。普通なら、外から見ただけでは分からない。
「だから戦闘中は、必要な場所へ素早く魔力を動かさないといけません」
黒板へ、新しい言葉が書かれる。
――魔力コントロール。
「自分の魔力を、狙った場所へ正確に、素早く動かす技術です」
踏み込む瞬間に足へ集める。殴る瞬間に腕へ移す。攻撃を受ける直前に、胴体へ集める。
「魔力コントロールは、身体強化だけでなく、魔法を使う時にも必要です。術式の決められた場所へ、必要な量の魔力を正確に流さないといけません」
「上級魔法ほど、難しくなるんですね」
二見が言った。
「ええ。瞬間出力が高くても、魔力コントロールが未熟なら、上級魔法は使えません」
雨宮先生は、黒板に並んだ言葉を順に指した。
「総魔力量を増やすことはできません。でも、魔力効率と魔力コントロールは、訓練で伸ばすことができます」
雨宮先生は、人型の胴体を薄く塗った。
「自分より魔力量の多い相手と戦うなら、正面から魔法をぶつけないこと。大きな魔法を使おうとすれば、その分だけ身体強化へ回せる魔力が減るからね。一か所へ集中させれば、別の場所も薄くなります」
「その瞬間や場所を狙う?」
「判断できるならね」
普通は、相手の魔力配分を見ることはできない。動きや構えから推測するしかない。
「技術で魔力量の差を埋めるのは、簡単なことじゃありません。でも、不可能でもない」
雨宮先生が教室を見渡した。
「実際、《星冠》の一人である学園長の総魔力量は、SではなくB評価だからね」
そこで教室がざわついた。国内最高位の称号を持つ魔術師が、総魔力量だけなら学園の平均にすぎない。その事実が、生徒たちには意外だったらしい。
その時、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「それじゃあ、次は訓練場へ移動してね。基礎魔法と魔力コントロールを確認します」
雨宮先生が教本を持ち上げる。教室のあちこちで、椅子を引く音が重なった。花田は真っ先に席を立ち、訓練場へ向かう生徒たちの列へ加わった。
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