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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第二章 『学生会からの招待』
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3話  『白鷺奈央のお礼』

 学園長室へ呼ばれた日から、数日が経った。朝の教室では、いつもと変わらない話し声があちこちから聞こえていた。久世先輩の事件について、教室で表立って話す生徒もずいぶん減った。休み明けにはあれだけ飛び交っていた噂も、授業や課題や次の休日の話に押し流されて、少しずつ過去のものになり始めている。


 オレも席に座り、鞄から一時間目の教本を取り出していた。


「桐原くん、それ今日使いませんよ。一時間目は魔術史です。基礎術式論は三時間目ですよ」


 机の横から声をかけられ、顔を上げる。橘がこちらの手元を見ていた。


「そうなのか?」


 時間割を確認すると、その通りだった。


「ほんとだ」


「まだ寝ぼけてるんですか? 朝からぼんやりしてるから、教本まで間違えるんですよ」


「教本を一冊間違えただけだろ」


 橘は少し笑ったが、自分の席へ戻る様子はない。そのまま机の横に立ち、オレが教本を入れ替えるのを眺めていた。基礎術式論の教本を鞄へ戻したところで、教室の入口近くから声が上がった。


「橘さん」


 橘が振り返る。入口に、一人の女子生徒が立っていた。


「白鷺さん?」


 数人の生徒も気づいたらしく、教室の中から視線が集まる。白鷺奈央はその視線に少しだけ戸惑った様子を見せたものの、そのまま教室へ入ってきた。病院へ運ばれたと聞いてから直接顔を見るのは初めてだったが、顔色は悪くない。制服もきちんと着ていて、歩き方にも無理をしているようなところはなかった。少なくとも、森の建物で意識を失っていた姿からは想像できないくらい普通だった。


「もう学校に来ても大丈夫なんですか?」


 橘が尋ねると、白鷺は小さく笑った。


「ええ。ご心配をおかけしましたわ。しばらく無理はしないよう言われていますけれど、授業を受けるくらいなら問題ないそうですの」


「よかったです」


 橘の表情が目に見えて緩む。白鷺はその顔を見たあと、こちらへ視線を移した。一度目が合い、わずかに間が空く。


「桐原朔也くん、ですわね? きちんとお話しするのは初めてですから、改めて。白鷺奈央です」


「ああ。何度か見かけてるから、名前は知ってる」


「そうでしたの。桐原くんは、お怪我などありませんでした?」


「オレは何ともない」


「それなら安心しましたわ」


 白鷺は少しだけ表情を緩めると、一度姿勢を正した。


「今日は、お二人にきちんとお礼を申し上げたくて参りましたの。橘さん、桐原くん。わたくしを助けに来てくださって、本当にありがとうございました」


 白鷺はそう言って、深く頭を下げた。近くにいた生徒たちの話し声が少しだけ小さくなる。聞き耳を立てているというより、こういう場面で騒ぐほど無神経ではないらしい。


「白鷺さん、顔を上げてください。無事だったなら、それで十分ですから」


 橘が慌てて声をかける。


「オレも同じだ。そんなにかしこまらなくていい」


 白鷺はゆっくり顔を上げた。


「ですが、わたくしのことで、お二人まで危険な目に遭わせてしまいましたもの」


「それは白鷺さんが気にすることじゃありませんよ。森へ行くって決めたのは、私ですから。白鷺さんが謝ることではありません」


 橘は穏やかな声でそう言った。白鷺は何か言いかけたものの、しばらく橘の顔を見たあと、小さく息を吐いた。


「そう言っていただけるのはありがたいですわ。でも、それと助けていただいたことへのお礼は別ですの。お二人が気にしていなくても、わたくしが気にしますわ。何か、お礼をさせていただけませんこと?」


「本当に気にしなくて大丈夫ですよ」


 橘が困ったように笑う。


「オレも別にいい」


「ですが、このまま何もしないというのは、わたくしが落ち着きませんの」


 白鷺はわずかに眉を寄せ、少し考えるように視線を落とした。


「では……せめて、お食事でもいかがですの? これくらいは受けていただかないと、わたくしも困りますわ」


「食事ですか……」


 橘が少し考える。


「それなら、せっかくだし三人で街に出ませんか?」


 白鷺が目を瞬いた。


「街へ、ですの?」


「はい。食事だけのために集まるより、その方が楽しいでしょうし」


 白鷺は一度こちらを見て、それから橘へ視線を戻した。さっきまで少し困っていた表情が、ゆっくりと明るくなる。


「それなら、ぜひご一緒したいですわ」


「じゃあ決まりですね。予定はあとで合わせましょう。白鷺さんも、まだ無理はしない方がいいでしょうし」


「ええ。それなら――」


「ちょっと待て。オレも街まで行くのか?」


 二人が揃ってこちらを見る。白鷺は一瞬きょとんとしたあと、不思議そうに首を傾げた。


「当然ではなくて? 桐原くんにもお礼をしたいのですから」


「嫌なんですか?」


「いや、そういうわけじゃないが」


「では問題ありませんわね」


 白鷺は満足したように頷いた。


 話が決まるまでが早い。


「ただし、お食事くらいはわたくしに払わせてくださいませ。そこまで断られたら、さすがに納得できませんわ」


「それくらいなら」


 橘が答える。白鷺は今度こそ安心したらしく、肩から少し力を抜いた。


「では、日取りはまた改めて決めましょう。朝からお邪魔してしまって申し訳ありませんでしたわ」


「全然。白鷺さんの元気な顔が見られてよかったです」


「ありがとうございます」


 白鷺は教室の入口へ向かいかけ、途中で一度振り返った。


「桐原くんも、当日になって面倒だから行かない、なんて仰らないでくださいね」


「そこまで信用ないのか?」


「いいえ、念のためですわ」


 白鷺は少し楽しそうに笑うと、今度こそ教室を出ていった。来たときにはどこか固かった表情も、帰る頃にはだいぶ柔らかくなっていた。


「よかったですね」


 橘が白鷺の消えた扉を見ながら言う。


「ああ」


 何が、とは聞かなかった。白鷺が無事に戻ってきたことも、普通に笑っていたことも、たぶん全部含めての話なのだろう。


 橘も自分の席へ戻り、オレは改めて一時間目の教本を机の上に置いた。


 今度は間違っていない。

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