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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第一章 『魔術学園への入学』
27/31

番外編 『笑わせないと出られない部屋3』

「……二人だけになったわね」


 二見は高橋が消えた場所を見つめていた。


「そうだな」


 これで、どちらかが笑えば残るのは一人になる。


 その後、オレたちはもう一度話を始めた。二見が一つ話し、オレが黙って聞く。次にオレが話し、二見が無表情で聞く。最初のうちは、お互いに何とか相手を笑わせようとしていた。しかし、いくつ話しても白い部屋に変化はない。


 学園で起きた失敗。授業中に見た妙な出来事。花田や大野がやらかしたこと。思いつくものは、ほとんど話した。途中からは、自分でもどこが面白いのか分からない話まで持ち出した。結局、どちらも笑わなかった。


 どれくらい時間が経ったのかは分からない。白い部屋には窓も時計もない。オレと二見は壁際に座り込み、次に話せるものを考えていた。


「もう何も思いつかないわ」


 二見が言った。


「オレもだ」


「もう一度、卵の話をしたら怒るからね」


「オレだって、同じ話をするつもりはない」


「さっき三回目を始めようとしたじゃない」


「あれは二回目の補足だ」


「同じ話でしょうが」


 オレは立ち上がり、壁に書かれたルールをもう一度眺めた。他人を笑わせた者から、この部屋を出られる。何度も読んだ文章だったが、そこには一言も「面白い話で」とは書かれていない。


「二見。やり方を変えないか」


 二見は壁にもたれたまま顔を上げた。


「何か思いついたの?」


「くすぐって笑わせるのはどうだ?」


 一瞬だけ妙な顔をされたが、即座には否定されなかった。二見も、もう話だけではどうにもならないと思っているらしい。


「……まあ、笑わせればいいんだから、ルール違反ではないわね。でも、どっちがやるの?」


「じゃんけんで決めればいい。勝った方が相手をくすぐる」


「それだと、耐えたらまた同じことの繰り返しじゃない?」


 確かに、それでは今までと大して変わらない。少し考えてから、条件を一つ足した。


「笑わなかったら、一枚脱ぐのはどうだ」


 二見の眉が寄る。


「服を?」


「ああ。上着が減ればくすぐりも効きやすくなる。最後まで耐え続けるのも難しくなるだろ」


 二見は自分の制服を見下ろした。納得しかねる顔ではあったが、他に案があるわけでもない。


「……分かった。でも、勝った方が相手をくすぐって、笑わなかったら、くすぐられた方が一枚脱ぐ。それでいいわね?」


「ああ」


「後から変なルール足さないでよ」


「お前もな」


 こうして、よく分からない勝負が始まった。今になって思えば、この時点で二人ともだいぶ判断がおかしくなっていた。窓も時計もない真っ白な部屋に閉じ込められ、思いつく話はとっくに出し尽くしている。それでも何も変わらない状況が続いたせいで、とにかく別の方法を試したいという気持ちの方が強くなっていた。


 少なくともこのときのオレたちは、じゃんけんで負けるたびに服を脱ぐというルールを、そこまでおかしいとは思っていなかった。


 最初のじゃんけんは、オレが負けた。


 二見は遠慮なく脇腹を狙ってきたが、別にくすぐったくはない。しばらく粘ったあと、二見の方が先に諦めた。


「……全然笑わないわね」


「そうだな」


「じゃあ、一枚脱いで」


 オレは制服の上着を脱いで床へ置く。


 二回目も負けた。上着がなくなったぶん、さっきより指が直接当たったが、それでも笑うほどではない。二見が手を止める。


「じゃあ、もう一枚ね」


「分かってる」


 オレはネクタイを緩めて外し、そのままワイシャツも脱いだ。これで上半身に残っているのは肌着だけになる。二見はその格好を見て、少し眉をひそめた。


「……本当に脱ぐのね」


「そういうルールだろ」


 三回目。


 また負けた。


「なんであんた、じゃんけんこんなに弱いのよ」


「オレが聞きたい」


 二見はすでに遠慮をなくしていた。上半身に残った肌着の上から脇腹をくすぐられたが、結局それでも笑わなかった。


「……また笑わないのね」


 オレは残った一枚を脱ぐ。二見が少し呆れたようにオレを見た。


「……上、何もなくなったけど」


「そうだな」


「次は勝ちなさいよ。こっちが悪いことしてるみたいになってきたから」


「勝てるなら最初から勝ってる」


 四回目。


 ようやくオレが勝った。


「よし」


「やっと勝ったわね」


 今度はオレが二見の脇腹へ手を伸ばした。制服の上から指を動かすと、二見の身体はわずかに反応したものの、声は出ない。場所を変えて何度か試したが、最後まで口元を引き締めたままだった。


「……終わり?」


 二見が勝ち誇ったようにこちらを見る。


「ああ、じゃあ一枚脱いでくれ」


 二見の表情から勝ち誇った色が消えた。


「本当にやるのね」


「そういうルールだろ」


「分かってるわよ」


 少し不満そうにしながらも、二見は制服の上着を脱いだ。ワイシャツ姿になり、脱いだ上着を床へ置く。


「これでいい?」


「ああ」


「次、絶対勝つから」


 そして、本当に勝った。五回目のじゃんけんを見下ろし、二見は妙に満足そうだった。


「さっきのお返しね」


「好きにしろ」


「これで終わりにさせてもらうから」


 二見はさっきより狙いを変え、脇腹から腹のあたりまで何度か指を動かした。何も身に着けてないため、今度は直接くすぐられている。それでも特にくすぐったくはなかった。


 しばらくして、二見の手が止まる。


「……あんた、本当に全然笑わないわね」


「そうみたいだな」


「というか、身じろぎもしないじゃない。普通もう少しくらい反応するでしょ」


「別にくすぐったくないからな」


 二見は納得できないようにオレの脇腹をつついた。


「なんか腹立つ」


 そう言って、二見は不満そうに手を離した。そしてオレはベルトへ手をかける。


 二見が固まった。


「待って」


 構わずベルトを外す。


「ちょっと待ちなさい。なんでズボン脱ごうとしてるのよ!」


「一枚脱ぐんだろ」


「そうだけど、ズボンはくすぐるのに関係ないでしょ!」


「ルールはルールだ」


 ズボンを脱いで、他の服と一緒に床へ置いた。


 二見はしばらく何も言わなかった。それから、ものすごく嫌そうな顔でこちらを見る。


「……あんた、次も負けて笑わなかったらどうする気?」


「もちろん、もう一枚脱ぐ」


「もちろんじゃないわよ!」


「嫌ならオレを笑わせればいい。あるいは、お前が先に笑うかだな」


 二見の顔つきが変わった。ようやく気づいたらしい。心理戦がすでに始まっているということに。


 ここから先、オレが負けても困るのは二見だった。


「……絶対笑わせる」


「やってみろ」


 二見の目が、さっきまでより明らかに本気になっていた。もう、ここから出るためだけの勝負ではなくなっていた。


 六回目。


 オレが勝った。


 二見が自分の手を見下ろしたまま動かない。


「……最悪」


「今度はオレの番だな」


 二見はワイシャツ姿のまま、警戒するように腕を身体へ寄せた。


「先に言っておくけど、絶対笑わないから」


「その場合は一枚脱いでもらう」


「分かってるわよ」


 ワイシャツ越しに脇腹をくすぐる。二見の肩が跳ねた。だが、口は固く閉じたままだった。


 さっきの上着越しとは違う。明らかに効いている。二見は何度か身体をよじり、そのたびに笑いそうになるのを無理やり堪えていた。それでも、最後まで声は漏らさなかった。


 オレは手を止める。二見は息を整えながら、こちらを睨んだ。


「……笑ってないから」


「ああ」


 二見はワイシャツの裾を握ったまま動かなかった。さっきまで強気に言い返していたのが嘘のように静かだった。頬はもう赤い。それどころか、耳まで染まっている。


「別に無理なら――」


「分かってるわよ」


 二見が遮った。こちらを見ないまま、ワイシャツの一番上のボタンへ指をかける。


「自分で決めたルールなんだから……脱ぐわよ」


 小さな音を立てて、一つ目が外れた。


 二つ目。


 指先が次のボタンへ移る。ボタンを外すたび、閉じていたワイシャツの前が少しずつ開いていく。その奥に見えるのは、深いボルドーの下着だった。縁には繊細なレースがあしらわれ、中央には小さなリボンがついている。


 三つ目を外したところで、二見の手が止まった。


「……」


 唇をきゅっと結ぶ。それでも引き返さず、残ったボタンを一つずつ外していった。


 最後の一つが外れる。


 二見はすぐには脱がなかった。前の開いたワイシャツを両手で押さえ、俯いたまま座っている。


 やがて意を決したように息を吐き、片方の肩から白い布を滑らせた。袖から腕を抜き、続いて反対側も外す。


 ワイシャツが完全に身体を離れた。


 二見はもともと細身だったが、華奢というほどではない。肩や腕はすっきりしていて、腰も細い。その細さに対して胸は大きく、ワイシャツを着ていたときよりも身体の輪郭がはっきりと分かった。


 二見は脱いだワイシャツを手にしたまま、しばらく俯いていた。顔は真っ赤だった。


 俺が見ていることに気づいたのか、わずかに身を固くする。


「……何よ」


「いや」


 二見は俺の顔を窺うように見つめたあと、耐えきれなくなったように視線を落とした。


「……あんまり見ないで」


「ああ……」


 二見はますます赤くなった。


     *


 同じころ。


「絶対どっかに説明書あるだろ。これだけ魔道具があるんだから」


 高橋は棚に積まれた紙束を片っ端から確認していた。


 結界から出た三人は、残ったオレと二見をどうにか外へ出せないか倉庫の中を探し回っていた。花田は木箱を床へ並べ、大野は魔道具が置かれていた棚の周辺を調べている。


「こっちは授業用の貸出記録しかないぞ」


 花田が紙束を戻し、隣の箱へ手を伸ばした。


「そもそも、あの魔道具どこから出てきたんだ?」


「この辺じゃなかったか?」


 大野が棚の下を覗き込む。奥へ腕を突っ込み、何かを引っ張り出した。


「おい、紙があるぞ!」


「見せろ」


 高橋が受け取って広げる。かなり古い紙だったが、上部には魔道具の簡単な図と、その横に名前が書かれている。


「『笑気結界』……これだ」


 花田と大野も左右から覗き込んだ。


「解除方法は?」


「待て、今読んでる」


 高橋が指で文章を追う。


「結界内では魔法の使用を禁止。条件を満たした者から順番に解放……この辺はもう知ってるな」


「その下は?」


「あった。外から強制解除できる」


 高橋は説明書を持ったまま、床に置かれた魔道具の前へしゃがんだ。


「中央を押したまま、外側の輪を右に一回。そのあと左に二回」


「それだけか?」


「みたいだな。解除されたら、中に残ってる奴も全員戻ってくる」


 花田がすぐに魔道具を押さえた。


「じゃあやろうぜ。あいつら二人だけでいつまでやってるか分からないし」


「そうだな」


 大野が外側の輪へ手をかける。高橋が説明書を見ながら指示を出し、一度右へ回したあと、続けて二度左へ回した。


 二度目を最後まで回した瞬間、魔道具の表面に白い光が走った。


     *


 次のじゃんけんは、オレが勝った。


 二見が露骨に緊張した顔をする。


「……ちょっと待って」


「待ったら何か変わるのか?」


「変わらないけど……心の準備くらいさせなさいよ」


 二見は脱いだワイシャツを床へ置き、顔を真っ赤にしたまま両腕をわずかに開いた。上半身に残っているのは、深いボルドーの下着だけだ。


 オレは二見の前に座り、くすぐりやすそうな脇腹へ手を伸ばした。二見の身体がびくりと強張る。


 指先が肌へ触れようとした、そのときだった。


 白い床を細い光が走った。


「え?」


 光は一瞬で壁を駆け上がり、天井まで広がる。真っ白だった部屋が輪郭を失い、視界の中で崩れるように消えていった。


 次の瞬間、足の裏に硬い床の感触が戻った。


「戻ってきた!」


 花田の声が聞こえた。


 顔を上げる。


 魔道具倉庫だった。


 目の前には花田、大野、高橋の三人がいる。三人とも、こちらを見たまま動かなかった。


 オレは上半身裸で、ズボンも脱いでいる。身につけているのは下着だけだ。足元には、脱いだ制服が置かれている。


 そしてすぐ目の前には、下着姿の二見がいた。オレの右手は、その脇腹へ伸びたままだ。


「――っ!」


 二見が状況を理解した。


 真っ赤だった顔がさらに赤くなり、床に置いていたワイシャツを慌てて拾い上げる。そのまま胸元へ抱き寄せ、身体の前を隠した。


 高橋の視線がオレから二見へ移り、床に落ちている服を経由して、もう一度オレへ戻った。


 手から説明書が落ちた。


「……何してたんだ、お前ら」


「勝負だ」


「何の?」


「じゃんけんで勝った方が相手をくすぐって、笑わなかったら一枚脱ぐ」


 三人が黙った。


 二見は身体の前に抱えたワイシャツを握る指に力を込め、真っ赤な顔を伏せた。


「……なんでそんな平然としてるのよ」


「事実だろ」


「そうだけど……!」


 二見はそれ以上言えず、唇をきゅっと結んだ。高橋はしばらく何も言わなかった。


「……その勝負、お前が言い出したのか?」


「ああ。でも、二見も納得してたぞ」


 三人の視線が二見へ向いた。二見はまだ顔を赤くしたまま、居心地悪そうに顔を伏せている。


「……私も、話だけじゃ無理だと思ったから」


 しばらく沈黙が落ちた。


 高橋がゆっくりオレを見る。


「俺らが、お前らを出すために必死で説明書探してた間に……」


 一度言葉を切り、床に置かれた服と二見を見た。


「服脱ぎながら、二人でくすぐり合ってたのか?」


「……そうなるな」


「羨ましすぎんだろ!」


 花田と大野も無言で頷いた。二見の顔がさらに赤くなる。


「私たちだって必死だったのよ!」


「二見は黙っててくれ。今はこいつに腹が立ってる」


 高橋が制服の袖をまくる。花田と大野も、いつの間にかこちらへ近づいていた。


「……おい、待て。何する気だ?」


「安心しろ、桐原」


「その顔で言われても安心できるか!」


「その記憶、俺たちが消してやる」


「……念のため聞くが、どうやって?」


「記憶が消えるまで殴る」


 三人の身体に、ほとんど同時に魔力が流れた。腕、肩、脚へと魔力が巡り、身体強化がかかる。


 こいつら、本気だ。


「待て。話せば――」


 三人が同時に床を蹴った。


 視界が大きく揺れる。


 オレの記憶は、そこで途切れた。


     *


「遅くなってごめんねー。整理、どこまで終わった?」


 しばらくして、雨宮先生が開いた扉から倉庫へ入ってきた。


「あ、先生」


 二見が棚の前から顔を上げた。


「もう少しです。こっちの棚だけまだ途中で――」


 雨宮先生は倉庫の中央で足を止めた。


 床には、下着姿の桐原が大の字になって気を失っている。その少し離れたところには、脱いだ制服が妙に丁寧にまとめて置かれていた。


 雨宮先生はしばらく桐原を見下ろしたあと、二見へ視線を移す。


「……何があったの?」


 二見は少し黙った。


「……いろいろあって」


「その『いろいろ』を聞いてるんだけど……」

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