2話 『友達作りは慎重に』
「Cクラスか」
二見と別れたあと、オレは掲示板の前で自分の所属クラスを確認していた。周囲では同じように新入生たちが名簿をのぞき込み、自分や知り合いの名前を探している。
一年C組。その中に、桐原朔也の名前があった。
「Cクラスは……C棟か」
名簿の横には校舎の配置図が貼られている。場所を確認したオレは、人混みを抜けてC棟へ向かった。
一年C組の教室へ入ると、すでに半分ほどの生徒が到着していた。教室の前には座席表も貼られている。自分の名前をざっと確認したところで、窓際に見覚えのある赤い髪が見えた。
二見だ。
どうやら向こうもオレに気づいたらしい。目が合った瞬間、二見はわずかに眉をひそめ、それから何事もなかったように窓の外へ視線を逸らした。
露骨だな。
オレはそのまま二見のところへ向かった。
「よう」
「……あんたも同じクラスだったのね」
朝から何度か話しただけだというのに、ずいぶん嫌そうな声だった。あまり認めたくないが、どうやら第一印象はあまりよろしくないらしい。
「みたいだな」
「同じクラスになったのはしょうがないとしても、教室に入ってくるなり私のところに来ないで、自分の席に行きなさいよ」
「だから来たんだが」
「え?」
オレは二見の隣にある空席を指した。
「さっき座席表を見たら、ここだった」
「なっ……」
二見が目を見開いた。どうやら、自分に用があって近づいてきたと思っていたらしい。白い頬が見る見るうちに赤くなっていく。
「そ、そういうことなら最初から言いなさいよ」
「今言っただろ」
「来た時点で言いなさいって言ってるの!」
なかなか難しい注文をする。
オレは空いている椅子を引いて腰を下ろした。
「まあ、早とちりで追い返されかけたことについては水に流そう」
「……悪かったわよ。勘違いしたのは私だし」
思っていたよりあっさり謝った。
今朝もそうだったが、二見は自分が間違えたと思えば、ちゃんと認めるらしい。言い方はきついが、変なところで意地を張るタイプではないようだ。
「えー、聞こえないなー。オレ、最近耳が遠くて」
「……あんたね」
二見の目が細くなる。
さすがにやりすぎたかもしれない。
「悪かったって言ってるでしょ。もう一回言えば満足なの?」
「いや、いい。許してやる」
「なんであんたが上からなのよ……」
「あ、あの」
横から遠慮がちな声が聞こえた。
オレと二見がそちらを見ると、鞄を胸の前で抱えた女子生徒が立っていた。こちらへ声をかけるのを少しためらっていたらしく、困ったような表情をしている。
「そこ……私の席だと思うんですけど」
女子生徒が、オレの座っている席を指した。
「……そうなのか?」
念のため席を立ち、教室の前まで戻って座席表を確認する。
どうやら、オレが見間違えていたらしい。
「悪い。オレが間違えてた」
戻ってくると、二見が何とも言えない顔でこちらを見ていた。
「……そこ、あんたの席じゃなかったの?」
「違ったみたいだな」
「じゃあ私、何に謝ったのよ!」
「早とちりしたことじゃないか?」
「あんたも同じくらい早とちりしてるでしょ!!」
その通りだった。
二見の声が教室中へ響き、周囲で話していた生徒たちが何事かとこちらを見る。席の持ち主らしい女子生徒も、どう反応していいのか分からない様子で苦笑いを浮かべていた。
初日から目立っているな、二見。
原因の半分ほどがオレなので、口に出すのはやめておいた。
「はーい、みんな席についてー」
ちょうどその時、教室前方の扉が開いた。入ってきたのは、二十代半ばほどに見える女教師だった。手に何枚かの紙を持ち、そのまま慣れた様子で教卓へ向かっていく。
「ホームルーム始めるから、早く自分の席に座ってねー」
二見と騒いでいる間に、教室はいつの間にかほとんど埋まっていた。オレも自分の席の椅子を引いて腰を下ろす。
後ろから「うげっ」という間抜けな声が聞こえた。
「はい。全員座ったわね」
女教師は教卓に紙を置くと、教室を見渡した。
「まずは自己紹介から。今日から一年C組の担任になる、雨宮千景です。担当は魔術理論。あと、生活指導も少し」
生活指導。その言葉を聞いた瞬間、何人かが少しだけ背筋を伸ばした。オレも一応、姿勢を正しておく。
「そんなに固くならなくていいわよ。まだ何もしてない子を怒ったりしないから」
雨宮先生は、にこりと笑った。
「まだ、ね」
最後に余計な一言がついた。教室の空気が少しだけ引き締まる。なるほど。ただのゆるい先生ではないらしい。
「さて。みんなも知っていると思うけど、ここ星陵魔法学園は、国が管理する魔術師育成機関です」
星陵魔法学園。国中から、魔術師として優れた素質を認められた人間が集められる場所。ただの学校ではない。ここで学んだ者の多くが、卒業後は魔法省や魔術研究院、地方の行政機関などで魔術師として働くことになる。
「名家や旧家の出身でも、一般家庭の出身でも、地方育ちでも都市部育ちでも、魔術師として評価されるときに見られるのは、何ができるか。それだけです」
教室の何人かが、ちらりとA棟の方角へ目を向けた。Aクラスには、名家や旧家の子弟が集められている。
「ただし、入学時のクラス分けには出自も関わります。名家や旧家の子弟はAクラス、一般家庭の生徒はBかC。ただ、これは成績順に分けているわけじゃありません。入学したあとに成績が良ければAクラスへ上がるとか、悪ければCクラスへ落ちるとか、そういうこともないからね」
なるほど。A、B、Cと並んでいるから、てっきりそのまま実力順なのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「授業は大きく分けて三つ。基礎魔法、戦闘実技、魔術理論。そこに歴史、薬学、魔獣学、魔道具学なんかが加わります。得意不得意はあると思うけど、全部ちゃんとやること」
魔獣学。さっき二見から森には魔獣も出ると聞いたばかりだからか、その言葉が妙に耳に残った。
「基礎魔法は、火、水、風、土、光、闇の六系統。魔力があれば誰でも使える魔法だけど、同じ魔法でも術式の組み方や魔力の扱い方で、威力も精度も大きく変わります。この学園では、術式の構築や魔力制御、それを実戦でどう使うかまで学んでもらうからね」
誰でも使える、と言っても、誰でも同じように使えるわけではないらしい。
「それと、オリジナルについても最初に説明しておきます」
その言葉が出た途端、教室の空気が少し変わった。さっきまでぼんやり聞いていた生徒まで、雨宮先生の方へ顔を向ける。
「基礎魔法が誰でも学べる魔法なのに対して、オリジナルはその人にしか使えない固有の魔法です。発現するなら一人につき一つだけ。どんな力になるかも人によってまったく違います」
雨宮先生は、教室をゆっくりと見渡した。
「この中にもオリジナルを持っている生徒はいます。でも、全員が持っているわけじゃありません。むしろ、数で言えば持っていない人の方が多いです」
オリジナル。
名前だけなら、入学前から何度も聞いている。
同じものを持つ人間はおらず、どんな能力が発現するかも本人次第。便利なものもあれば、使いどころに困りそうなものもあるらしい。
「それから、誰がどんなオリジナルを持っているかを、むやみに聞き出すのは禁止です」
雨宮先生の声から、少しだけ軽さが消えた。
「オリジナルは便利な力であると同時に、本人の弱点にもなります。能力の内容だけじゃなく、発動条件や制限まで知られれば、それだけ対策もされやすくなる。場合によっては命に関わることもあるから、他人のオリジナルを無理に詮索しないこと。自分のものについても、簡単には話さないようにしてください」
オレは内心で少しだけ感心した。
確かにその通りだ。能力というものは、知られていないからこそ使える場面もある。何ができるか分からない相手と、何ができて何ができないのかまで知られている相手では、条件がまるで違う。
「あと、オリジナルを持っているから優秀で、持っていないから劣っている、なんてこともありません。基礎魔法だけでオリジナル持ちを圧倒する魔術師だって普通にいます」
雨宮先生は教卓へ軽く手を置いた。
「結局、魔術師として大事なのは、自分に何ができて、何ができないのかを知ることです。派手な力に憧れるのは別に悪くないけど、自分の持っているものを使いこなせなければ意味がないからね」
教室は静かだった。
最初に入ってきたときの緩い雰囲気とは違い、今の雨宮先生の言葉には教師らしい重みがあった。
「まあ、入学初日からそんなに難しく考えなくてもいいけどね。これから嫌というほど授業でやるから」
一瞬だけ張っていた空気が、その一言で緩んだ。
「この学園は広いです。寮もあるし、食堂もあるし、商店エリアもある。訓練場も図書館も、医務室もあります。基本的な生活は学園内で全部できます」
便利な場所だ。外に出る必要がないほどに。
「ただし、勝手に森へ入るのは禁止。夜間の訓練場使用も禁止。魔法を使った喧嘩も禁止」
「じゃあ、素手なら?」
隣の席から、男子生徒の声がした。
「それも禁止」
「ですよね」
なぜ確認した。
「――っていうのが、この学園の簡単な説明。入学前に送られてきた案内を読めばだいたいわかることだと思うけどね。誰も読んでないとは思わないけど、一応おさらい」
正直、最初のページしか読んでいなかったので、おさらいしてくれるのはありがたかった。
「案内にも書いてあったように、この後は入学式を行います」
雨宮先生は、教卓に置いた資料を一枚めくった。
「それが終わったら、午後から中央魔力観測堂で魔力測定。Cクラスだけじゃなくて、他のクラスも順番に測るから、あまり騒がないこと。見学はできるけど、からかったりしないように」
Cクラスだけでなく、他のクラスも同じ場所で測るらしい。個室で一人ずつやるものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「じゃあ、五分後に移動するから。それまでにお手洗いとか、必要なことは済ませておいてね」
雨宮先生がそう言うと、教室が再びざわめき始めた。何人かは席を立って廊下へ出ていき、別の何人かは近くの生徒に話しかけている。初日から友達を作ろうとしている奴もいれば、机に突っ伏している奴もいた。オレもどうするか考えていると、隣の席に座っていた奴から声をかけられた。
「よう。俺、花田恵。お前の名前は?」
声をかけてきたのは、明るい茶色の髪を無造作に跳ねさせた男子だった。椅子に浅く座り、こちらを見ている。初対面にしては、ずいぶんと距離が近い印象を受けた。
「桐原朔也」
今回は最初から普通に名乗った。
「桐原? なんか普通だな」
失礼なやつだ。
「どんな名前を想像してたんだよ」
「なんかこう、鳳凰院みたいな」
「急に名字が変わったな」
「じゃあ、フェニックス桐原」
「それはもう人の名前じゃない!」
花田は、悪い悪い、とまったく悪そうではない顔で笑った。
「ところでよ、フェニックス。さっきの漫才面白かったぜ」
「勝手につけた名前を定着させるな!……で、漫才って何のことだ?」
「赤い髪の子とのやつ」
どうやら、さっきの二見との会話のことを言っているらしい。傍から見たら、あれは漫才に見えていたのか。
「漫才みたいで面白かったってよ」
オレは後ろを振り返り、二見に声をかけた。
「はあ……勘弁してよね。それに、なんであんたが私の前の席なのよ」
二見は眉間を押さえながら、深いため息をついた。
あのあと座席表を確認したら、オレの席は二見の前の席だった。
「ははは。やっぱりお前ら面白れぇよ」
花田はオレと二見を見て、心底楽しそうに笑う。
「なあ、君もそう思うだろ?」
すると花田は、後ろの席――つまり二見の隣の席に座っている女子生徒へ話しかけた。
「は、はい。えっと……相性は、良さそうですよね」
苦笑いを浮かべながら答える。
「……勘弁してよね」
二見はもう一度だけ呟いた。
その後、オレたちは四人で簡単に自己紹介をした。二見の隣の席の女子は橘紗良というらしい。明るい栗色の髪は肩より少し下まであり、毛先だけがゆるく内側へまとまっている。前髪は目にかからない長さで整えられ、制服も着崩したところがない。ぱっと見れば、誰にでも愛想よく接する優等生タイプだった。そうしているうちに、廊下から教師の声が聞こえてくる。
「Cクラスー。移動するよー」
教室のざわめきが少しずつ収まり、生徒たちはそれぞれ教室を出る準備を始めた。
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