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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第一章 『魔術学園への入学』
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番外編 『高橋くんが選ばれた理由』

 放課後のホームルームが終わり、教室のあちこちで椅子を引く音が鳴り始めた。オレも席を立とうとしたところで、見覚えのない女子生徒が教室へ入ってきた。胸元の飾り布はオレたちと同じ青色。一年生らしい。


 女子生徒は教室内を見回すと、窓際で前髪を整えていた高橋のもとへ向かった。


「高橋君、ですよね?」


「そうだが」


「これ、読んでもらえますか」


 差し出されたのは、二つ折りにされた一枚の紙だった。高橋が受け取ると、女子生徒は軽く頭を下げる。


「すみません、今ちょっと急いでいるので。詳しいことは旧飼育棟で説明します」


「分かった」


「それでは、あとで」


 女子生徒は早足で教室を出ていった。高橋は紙と扉を交互に見たあと、ゆっくりと紙を開く。その横顔が、目に見えて得意げなものへ変わっていった。


「桐原」


「なんだ」


「どうやら俺は、今日を境に一段上の男になるらしい」


「階段なら廊下にあるぞ」


「そういう意味じゃない」


 高橋が何かを言い返そうとしたところで、教室の前方から雨宮先生の声が飛んできた。


「桐原君、二見さん、花田君。三人とも、少し手伝ってくれない?」


「何をですか?」


「飼育棟から魔獣が逃げたのよー」


 帰ろうとしていた生徒たちの動きが、一斉に止まった。


「大丈夫。危険な魔獣じゃないから。みんなは普通に帰っていいわよー」


 その説明で安心したのか、生徒たちは再び教室を出ていく。オレは鞄を置き、二見と花田とともに教壇の前へ向かった。


 教室を出る直前、高橋へ目を向ける。高橋は手紙を丁寧に畳み、制服の胸ポケットへしまっていた。なぜか窓硝子を使って髪型を確認している。


 高橋が自分の顔を眺めているのは、いつものことだ。気にせず教室を出た。


     *


「逃げたのは、感情喰いの幼体よ」


 飼育準備室へ移動すると、雨宮先生は棚から丸めた網を取り出した。


 感情喰い。人間の強い感情に引き寄せられる、小型の魔獣らしい。個体によって好む感情が異なり、今回逃げたものは自信の強い人間に反応するという。


「今は旧飼育棟に追い込んであるわ。裏口も塞いであるから、逃げ道は正面だけ」


 雨宮先生は、丸められた捕獲網をオレたちに一つずつ渡した。広げれば、かなりの範囲を覆えるほどの大きさがある。縁には重りが取りつけられており、投げると空中で広がる仕組みらしい。


「俺たちは、この網で捕まえればいいんですか?」


 花田が手にした網を確かめるように持ち上げた。


「そう。三方向から同時に投げて、逃げ道を塞いでちょうだい。ただ、警戒して奥から出てこないのよ。だから、囮を一人用意してあるわ」


「まさか、生徒を囮にするつもり?」


 二見が疑わしそうに眉を寄せる。


「危険はないわよー。飛びついて首元にしがみつくだけだから」


「その説明で安心できると思いますか?」


「幼体だから、感情を少し吸われても疲れる程度よ。ちゃんと最適な人を選んだから大丈夫」


「最適な人?」


「高橋君よ」


 オレたちはそろって黙った。


 自信の強い人間。高橋以上の適任は、学園中を探しても簡単には見つからないだろう。


「飼育委員の一ノ瀬さんが、もう声をかけに行ってるはずよ。詳しい手順は向こうで聞いて」


 どうやら、さっき高橋へ手紙を渡していた女子生徒が一ノ瀬らしい。手紙の内容までは知らないが、旧飼育棟で説明を受けるなら、オレたちから伝える必要はなさそうだった。


     *


 オレたちは捕獲用の網を抱え、校舎の裏手へ向かった。使われなくなった旧飼育棟は、現在の飼育棟から少し離れた場所に建っている。周囲には背の高い木々が並び、校舎から離れるにつれて生徒の声も聞こえなくなっていった。


 旧飼育棟へ続く道の途中で、高橋が一本の木にもたれて待っていた。オレたちに気づくと、わずかに眉を寄せる。


「なぜお前たちがいる?」


「雨宮先生に頼まれた」


「先生まで知っているのか?」


「先生から頼まれたんだぞ。当たり前だろ」


「学園という場所は恐ろしいな。もう少し人の秘密を尊重するべきじゃないか?」


「別に隠すようなことじゃないと思うが」


「それを決めるのは本人だろ」


 高橋の視線が、オレたちの抱えている網へ移った。


「ところで、その網はなんだ?」


「捕獲用だ」


「……捕獲?」


「ああ。詳しくは向こうで説明する」


 高橋は納得していない様子で網を眺めていたが、それ以上は聞かなかった。


「一ノ瀬から、何をするかは聞いてるんだな?」


「わざわざ口に出させる必要はない。手紙を読めば、おおよその察しはつく」


「なら話は早い」


 詳しく説明しなくて済むなら助かる。


 旧飼育棟へ到着すると、オレたちは正面の広場へ網を運んだ。壁はところどころ黒ずみ、窓は板で塞がれている。入口の扉だけがわずかに開いていたが、その奥は暗く、外から中の様子を確認することはできなかった。


 二見と花田はそれぞれ捕獲網を持ち、建物の左右へ回る。オレは高橋を入口の前へ連れていった。


「それで、会ったらどうすればいい?」


「なるべく刺激するな。興奮すると飛びかかってくる」


「初対面からか?」


「そういう性質らしい」


「随分と積極的だな。なるほど、そのための網か」


「ああ、首を狙われるから気をつけろ」


「俺の首筋を?」


「ほかに誰の首を狙うんだ」


 高橋は少し考え、照れたように笑った。


「人目のない場所を指定したのは、そういうことか」


「目撃者がいると逃げる可能性があるからな。オレたちもすぐに隠れる」


「恥ずかしがり屋なんだな」


「いや、かなり凶暴だぞ」


「普段は大人しいが、二人きりになると大胆になるタイプか」


「どこからその好意的な解釈が出てきた?」


 高橋は制服の襟を正し、一人で扉の前に立った。


 オレたちが網を持って物陰へ隠れていると、建物の裏手から一ノ瀬が小走りで近づいてきた。


「遅くなってすみません。裏口の確認に手間取ってしまって」


 一ノ瀬は呼吸を整え、高橋の前に立つ。


「高橋君、本当に来てくれたんですね」


「女性からの頼みを無視するほど、俺は冷たい男じゃない」


「助かります。急なお願いだったので、断られるかと思っていました」


「安心してくれ。君が俺を選んだ理由は分かっている」


「本当ですか?」


 一ノ瀬の表情が明るくなった。


「私も、誰にお願いするか迷ったんです。でも、高橋君を見たとき、この人しかいないと思いました」


 高橋が満足そうに頷く。


「見る目は間違っていない。俺に任せてくれ」


「ありがとうございます。高橋君なら最高の囮になると思ってました」


 前髪に触れていた高橋の手が止まった。


「……囮?」


 その直後、背後で扉が勢いよく開いた。高橋が振り返るより早く、灰色の魔獣が地面を蹴る。


「高橋、後ろだ!」


「何――」


 飛びかかった感情喰いが、高橋の背中にしがみついた。


「うおおっ!?」


「今よ!」


 二見の声と同時に、左右の物陰から二枚の網が投げられた。オレも正面から網を投げる。空中で広がった三枚の網は感情喰いを覆い、その下にいた高橋までまとめて地面へ押さえ込んだ。

 

「捕まえた!」


「俺も捕まっている!」


 網の中で高橋が暴れる。その背中では、感情喰いが首元へ向かって必死に前脚を伸ばしていた。


「刺激するな。興奮すると飛びかかってくると言っただろ」


「魔獣のことだったのか!」


「オレは最初から魔獣の話をしていたぞ」


 一ノ瀬が網の上から感情喰いを押さえ、首元に拘束用の輪を取りつける。輪に刻まれた術式が淡く光ると、感情喰いはしばらく網の中でもがいたあと、力を抜いて大人しくなった。


「捕獲成功です。ありがとうございます、高橋君」


「礼を言う前に、ここから出してくれ」


「本当に助かりました。やっぱり高橋君は最高の囮です」


「もう少し別の褒め方はないのか?」


 オレと花田が重なった網を持ち上げると、高橋はその下から這い出した。そのあいだに、一ノ瀬が大人しくなった感情喰いを捕獲箱へ収め、格子戸を閉める。

 

「ところで高橋君。もしかして、私の手紙を告白だと思っていたんですか?」


「いえ、まさか」


 高橋の声が、わずかに上ずった。


「いや、絶対に勘違いしてただろ」


 花田がすかさず口を挟む。高橋はその指摘を無視し、制服についた土を払って何事もなかったように背筋を伸ばした。


「俺ほどの男になれば、女子にも魔獣にも好かれる。そこに大きな違いはない」


 捕獲箱の中で、感情喰いが高橋に向かって牙を鳴らした。


「まだお前を狙ってるぞ」


「困ったな。よほど俺を気に入ったらしい」


「食料としてだろ」


 感情喰いが格子へ勢いよく飛びつき、捕獲箱が大きく揺れた。高橋は素早く花田の後ろへ回り込んだ。


「高橋?」


「……好意にも、適切な距離というものがあるな」


 どうやら感情喰いは、高橋の自信をほんの少しだけ吸い取ることには成功したらしい。

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