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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第一章 『魔術学園への入学』
15/31

15話 『俺の夕食とみんなの揚げ物』

 休日の夜。オレは一人で、学園内の商店街を歩いていた。目的は夕食だ。学食へ行けば無料で食べられる。料理の種類も多く、味にも不満はない。ただ、入学してからほとんど毎日、同じ場所で食べている。休日くらいは別の店に入ってもいいだろう。


 通りの両側には、衣料品店や雑貨店、書店などが並んでいる。その合間には、飲食店の看板もいくつか見えた。店先の鉄板で、肉と野菜を焼いている店がある。漂ってくる匂いは悪くない。だが、入口の前には三人ほど並んでいた。そこまでして食べたいわけではない。隣の店からは、煮込んだ料理の匂いがしていた。こちらも悪くなさそうだったが、店先の献立を見ると、料理の名前より先に値段が目に入った。


 高い。


 おそらく普通の値段なのだろう。学食の無料に慣れたせいで、金がかかるというだけで高く見えるようになっていた。たまには学食以外で食べると決めたのは自分だ。今さら戻るつもりはない。できれば、安い店がいい。さらに何軒か通り過ぎたところで、飾り気のない木製の看板が目に入った。


『食事処 麦穂亭』


 引き戸の横には、料理の名前を書いた札がいくつも掛けられている。焼き魚定食。肉野菜炒め定食。鶏の煮込み定食。値段は、さっきの店より安かった。これならいい。引き戸を開けると、頭上で小さな鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 出迎えたのは、白い前掛けをつけた若い女性だった。


「お一人ですか?」


「はい」


「こちらへどうぞ」


 案内されたのは、壁際の二人掛けの席だった。店内は思っていたより広く、奥には数人で囲める大きな卓もある。ほとんどの席が埋まり、制服姿や私服姿の生徒たちが食事をしていた。椅子へ座ると、店員が水と献立を置く。


「ご注文が決まりましたら、お呼びください」


 オレは水を一口飲み、献立を開いた。表には定食が並んでいる。店先で見たもの以外にも、いくつか種類があった。肉料理と魚料理が一緒になった定食もある。少し高いが、両方食べられるなら悪くない。そう思いながら献立をめくると、裏面の一番上に、大きな枠で囲まれた項目があった。


『超特盛定食』


 文字の横には、山のように盛られた米と料理の写真が載っている。その下には、赤い文字で説明が続いていた。


『三十分以内に完食した場合、代金無料』


 オレの指が止まった。


「ご注文、お決まりですか?」


 いつの間に戻ってきたのか、店員が席の横に立っていた。オレは超特盛定食を指さした。


「これをお願いします」


 店員は、オレの指先を確認した。


「超特盛定食ですね」


「はい」


「多いですよ」


「問題ないです」


「ずいぶん自信があるんですね」


「無料になる可能性があるなら、試す価値はあります」


「わかりました」


 店員は前掛けのポケットから、一枚の紙を取り出した。


「こちらに、学年とお名前をお願いします」


「注文に名前が必要なんですか?」


「挑戦者の記録に残しますので」


 渡された紙へ名前を書く。店員はそれを受け取り、満足そうに頷いた。


「桐原朔也さんですね。三十分以内に完食すれば代金は無料です。現在の店内記録は二十二分四十秒で、これを更新すると、店内にいるお客様全員へ揚げ物一品の無料券をお配りします」


「オレにもですか?」


「桐原さん以外の全員です」


「なら、記録は狙いません」


「即答ですね」


「オレに何の得もないので」


「皆様から感謝されますよ」


「必要ないです」


 店員は記入した紙を持ち、厨房へ戻っていった。厨房へ向かう途中、大きな卓の客に呼び止められ、挑戦のことを伝えていた。水を飲みながら料理を待っていると、少し離れた席から小声が聞こえてきた。


「記録を狙うらしいぞ」


「更新したら、俺たちにも無料券が出るんだろ?」


 記録を狙うとは一度も言っていない。訂正しようかと思ったが、わざわざ席を立つほどのことでもない。オレの目的は三十分以内に食べ終えることだ。記録を更新しなければ、客たちもすぐに興味を失うだろう。


 しばらくして、厨房の奥から先ほどの店員が戻ってきた。手に料理はない。代わりに、小さな鐘を持っていた。


「それは何です?」


「挑戦開始を皆様へお知らせします」


「静かに始めてください」


「挑戦前のお言葉は、それでよろしいですか?」


「必要ありません」


「承知しました」


 店員が大きく息を吸った。甲高い鐘の音が、店内に響き渡る。


「皆様、お待たせいたしました! ただいまより、星陵魔法学園一年、桐原朔也さんが超特盛定食へ挑戦します!」


 店内から拍手が起こった。


「挑戦前のお言葉は――『言葉などいらない』!」


 拍手が大きくなった。


「そういう意味じゃない!」


 近くの客から歓声まで上がる。


「格好いいぞ、一年!」


「無料券、頼んだぞ!」


「記録を抜いてくれ!」


 厨房の扉が開いた。二人の店員が、両手で大きな盆を運んでくる。中央には、深い器の縁を越えて山のように盛られた米。その周囲を埋めるように、たれの絡んだ肉料理や揚げ物、炒めた野菜が載っていた。料理が近づくにつれ、献立の写真との違いがはっきりしてくる。


 大きい。


 盆がテーブルへ置かれると、器に遮られて向かい側がほとんど見えなくなった。


「写真より大きくないですか?」


「同じものです」


「写真では、器の向こう側が見えていました」


「撮影する角度を工夫しております」


「小さく見せる方向へ工夫するな」


 さらに別の店員が、大きな椀を盆の横へ置いた。


「こちら、味噌汁です」


「これも含まれるんですか?」


「定食ですので」


 店員が、残り時間を示す時計をテーブルの端へ置く。改めて、目の前の料理を見る。


 多い。


 だが、注文したのは自分だ。それに、普段の夕食もおかわりを含めれば似たような量になる。一つの器に集まったせいで、多く見えているだけかもしれない。


「準備はよろしいですか?」


「はい」


 店員が鐘を構えた。


「それでは――開始です!」


 鐘の音と同時に、時計の針が動き始める。オレは肉料理へ箸を伸ばした。濃い色のたれが絡んだ肉を食べ、続けて米を口へ運ぶ。味は悪くない。見た目には驚いたが、食べ始めてしまえば普通の夕食と変わらなかった。


「速いぞ」


 近くの席から声が聞こえた。


「本当にいけるんじゃないか?」


「まだ二分だぞ」


 客たちが好き勝手に話している。オレは気にせず、肉と米を交互に食べた。


「桐原さん、まったく速度が落ちません!」


 店内が沸いた。


「余裕じゃないか!」


「新記録だ!」


「まだ決まってない」


 オレが訂正すると、奥の席にいた男が立ち上がった。


「弱気になるな! 右から攻めろ!」


 反対側の客も声を上げる。


「騙されるな! 左からだ!」


「二人で決めてから言ってください」


「俺を信じろ! 佐伯だ!」


「名乗られても知らん」


「佐伯に騙されるな! 川村を信じろ!」


「そっちも知らん!」


 なぜオレの夕食中に、知らない男たちの名前だけが増えていくのだろう。


「桐原君、頑張って!」


 今度は女子生徒の声だった。制服姿の二人組の一人が、こちらへ手を振っている。


「その調子だよ!」


「ねえ、無料券をもらったら、今度いつ来る?」


「明日でいいんじゃない?」


 応援よりも、そのあとの相談のほうがよく聞こえた。


「せめて食べ終わるまでは待ってくれ」


 二人は気まずそうに口を閉じた。


 開始から十五分。料理は半分近くまで減っていた。腹には、まだ余裕がある。このままなら三十分以内には食べ終わる。オレの夕食代は無料になる。店内記録を更新する必要はない。オレは少し速度を落とした。


「おっと」


 店員がすぐに気づいた。


「桐原さんの速度が落ちました」


「どうした!」


「頑張れ!」


「右だ、桐原!」


「左だ!」


「佐伯と川村は黙っててくれ!」


「名前を覚えてくれた!」


「喜ぶところじゃない!」


 店員が料理と時計を交互に見る。


「三十分以内の完食は可能です。ただし、このままでは店内記録を更新できません」


 客たちの声が止まった。食事をしていた者まで箸を止め、こちらを見ている。オレは構わず、肉を一切れ口へ入れた。佐伯が、恐る恐る尋ねてくる。


「……記録、狙わないのか?」


「最初から狙ってない」


 店内にざわめきが広がった。


「じゃあ、俺たちの無料券は?」


「出ないだろうな」


 佐伯は、目に見えて肩を落とした。店員が、客たちへ申し訳なさそうに頭を下げる。


「皆様。桐原さんはご自分の夕食代だけを無料にするそうです」


「言い方に悪意がある」


 佐伯が、ゆっくりと首を横に振った。


「見損なったぞ、桐原」


「俺の何を知ってたんだよ」


「短い付き合いだったな」


「始まってすらない」


 川村も立ち上がる。


「俺たちは、お前ならやってくれると信じていた」


「勝手に信じただけだろ」


「俺たちは、あれだけ応援したんだぞ!」


「頼んでない」


「少しくらい心は動かなかったのか!」


「邪魔だとは思ってた」


「邪魔だったのか!」


「かなり」


 客たちの視線がさらに厳しくなる。


「無料券、もらえないの?」


「みたいだね……」


 先ほどの二人組が、揃って肩を落とした。


「後輩よ」


 今度は、腕を組んでいた男子生徒が立ち上がった。


「自分さえ良ければ、それでいいのか?」


「夕食を食べに来ただけですから」


「一人だけ無料になって、胸が痛まないのか?」


「痛まないですね」


 周囲の空気が重々しくなる。このまま速度を抑えて食べ続けても、三十分以内には完食できる。ただし、食べ終わるまで全員から責められ、終わったあとも裏切り者のような目で見送られるだろう。


 面倒だった。


 時計を見る。店内記録の二十二分四十秒まで、あと五分ほど。料理は半分弱残っている。間に合うかは分からない。だが、あと十数分も説教を聞かされるよりは、五分で終わらせた方がいい。オレは箸を動かす速度を上げた。


「お、おい!」


 佐伯が声を上げる。


「速くなったぞ!」


「記録を狙う気になったのか!」


「信じていたぞ、桐原!」


「さっき見損なってただろ!」


「あれはお前を奮い立たせるためだ!」


「今考えただろ!」


「皆様!」


 店員が鐘を鳴らす。


「桐原さんが、皆様のために再び立ち上がりました!」


 歓声が上がった。


「頑張れ!」


「俺たちの揚げ物を取り戻してくれ!」


「最初からお前らのものじゃない!」


 オレは店員へ顔を向ける。


「こいつらを黙らせてくれ」


 店員が力強く頷いた。


「皆様、静粛に!」


 ようやく話が通じたらしい。店内が静かになる。


「桐原さんは――『一人で戦う』とのことです!」


「うおおおおおお!」


 さっきまでより大きな歓声が上がった。


「孤独な戦いだ!」


「俺たちは見守っているぞ!」


「それをやめろと言ったんだ!」


 何を言っても応援材料にされる。オレは反論を諦め、その分、食べることに集中した。残り時間が減っていく。腹は一口ごとに重くなっていった。


「記録更新まで、あと三分!」


 皿の上には、米と肉が少し。それから野菜炒めが残っている。食べ始める前なら、大した量には見えなかっただろう。


 今は違う。


「右からだ!」


「左を信じろ!」


「まだやってたのか、佐伯と川村!」


「最後まで支えるぞ!」


「最初から何も支えてない!」


 オレは二人を無視して、目の前の料理を減らしていった。


「記録更新まで、あと一分!」


 店内にいた客のほとんどが立ち上がっていた。誰も自分の食事をしていない。全員がオレと時計を交互に見ている。


「記録更新まで、残り三十秒!」


 皿の上には、野菜が一口分だけ残っていた。箸でまとめ、口へ入れる。


「記録更新まで、あと十秒!」


「十!」


 佐伯が突然、数え始めた。


「九!」


「八!」


 客たちまで佐伯に続いた。


「七! 六!」


 口の中のものを飲み込む。


「五! 四!」


 皿には何も残っていない。


「三! 二!」


 オレは口の中に何もないことを店員へ見せた。


「一!」


 店員が時計を止める。一瞬、店内が静まり返った。オレは椅子の背へ体を預ける。店員が時計を持ち上げた。


「二十二分三十九秒! 店内記録更新です!」


 歓声が上がった。


「やった!」


「新記録だ!」


「よくやった、桐原!」


 何人もの客が集まり、肩を叩いてくる。背中へ手を伸ばしてきた川村の腕だけは掴んで止めた。


「背中はやめてくれ。吐きそうだ」


「……すまん」


 川村が静かに手を引いた。近くにいた客まで、オレから半歩離れた。


 店員が鐘を何度も鳴らす。


「桐原さんが、皆様のために成し遂げました!」


「お前はこの店の英雄だ」


 佐伯が口を開く。


「夕食を食べただけだ」


「この量を食べたあとで言うと、重みが違うな!」


 何を言っても、都合よく受け取られる。それでも、これだけの人間が自分の成功を喜んでいるのを見ると、悪い気は――


「それでは、無料券をお配りします!」


 客たちが一斉にオレから離れた。


「一人一枚か?」


「今日から使えるのか?」


「早くくれ!」


 ついさっきまでオレを囲んでいた人間が、全員、店員の持つ券へ群がっていく。オレの周囲だけが、きれいに空いた。


「押さないでください! 全員分あります!」


「二枚くれ!」


「お一人様一枚です!」


「俺は右から食べろと助言した!」


「声援の内容は枚数に影響しません!」


 店内は、挑戦中よりも騒がしくなった。誰もオレを見ていない。しばらくすると、佐伯が無料券を手に戻ってきた。


「ありがとな」


「ああ」


「お前のおかげで、次は揚げ物が一品増える」


「よかったな」


「本当に助かった。ええと……」


 佐伯がオレの顔を見る。


「二十二分三十九秒」


「それは記録だ」


「右から食べた男」


「名前を忘れただろ」


「覚えてる。確か、星陵魔法学園一年の……」


「桐原だ」


「そう、それだ。よく覚えてるな」


「自分の名前だからな!」


 佐伯は満足そうに頷き、席へ戻った。覚えていたのは自分の助言と記録だけらしい。客たちがそれぞれの席へ戻ると、店内には何事もなかったように食事の音が戻ってきた。


 ……納得いかない。


「お疲れさまでした」


 店員がオレのところへ戻ってくる。手には、小さな紙とペンがあった。


「何ですか、それ」


「記録更新者のお名前と、お言葉を店先に掲示します」


「名前だけでいいです」


「せっかくなので、印象的なお言葉も載せましょう」


「別に何も言ってません」


「たくさんおっしゃっていましたよ」


「ほとんどあんたが変えた言葉だろ」


 店員はペンを構える。


「まずは『言葉などいらない』」


「挑戦前の言葉が必要ないと言っただけです」


「それから『一人で戦う』」


「客を静かにしてくれと言いました」


「最後に『これはただの夕食だ』」


「それは言ったな」


 店員が嬉しそうに頷く。


「では、この三つにします」


「せめて最後だけにしてください」


「細かい部分は、読みやすく整えておきますね」


「最初の二つは、細かい部分どころじゃない!」


 店員は紙を持ち、入口へ向かう。追いかけて止めるべきだった。テーブルへ手をつき、立ち上がろうとする。腰が少し浮いた。腹の中身も一緒に動いた。オレはすぐに座り直した。


 今は発言の訂正より、立ち上がらずにいる方が重要だった。しばらく休み、代金が無料になったことを確認してから店を出た。外の冷たい空気に触れると、店内にいたときより少しだけ楽になった。ただ、寮まで歩けるほどではない。店から少し離れた場所に、通りへ向けて置かれたベンチがあった。どうにかそこまで歩き、腰を下ろした。背もたれへ体を預ける。もう一歩も動く気になれなかった。


 少し休めば歩けるようになるだろう。目を閉じたところで、聞き覚えのある声がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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皆さまからの応援が、続きを書く大きな励みになります。

今後とも、よろしくお願いいたします!

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