12話 『人気投票』
あれから二週間ほどが過ぎた。昼休みの食堂は、今日も生徒で埋まっていた。料理を受け取る列は途切れず、盆を手に空いた席を探す生徒が通路を行き来している。広い室内には、食器の触れ合う音と話し声が絶えず響いていた。オレたちは壁際の四人掛けを確保し、昼食を取っていた。
「桐原、それ何個目だ?」
向かいに座る花田が、オレの手元を見た。
「パンなら三個目」
「お米も食べてたわよね。午後は実技よ」
二見が呆れたようにオレの盆を見る。最初に載っていた料理は、もうほとんど残っていなかった。
「食べすぎて動けなくなっても知らないから」
「その時は休む」
「食べる量を減らしなさいよ」
残っていたパンをちぎっていると、隣の橘が食事の手を止めた。携帯の画面を見つめたまま、何度か指を動かしている。
「何を見てるんだ?」
花田が尋ねた。
「先ほど、クラスの方に面白いものがあると教えていただきまして。学園の裏掲示板だそうです」
橘は携帯を机の中央へ置いた。
「裏掲示板?」
二見が画面を覗き込む。学年や授業について、生徒が自由に書き込める掲示板らしい。学園が運営しているものではなく、書き込んだ生徒の名前も表示されていなかった。
「こんなのあったのか」
「最近、一年生の間でも広まっているそうです」
「裏ってことは、先生には内緒なのか?」
「これだけ利用されていれば、先生方も知っていると思いますよ」
「じゃあ、あんまり裏じゃないな」
「学園非公認という意味では、裏なのではないでしょうか」
橘が画面を動かす。
「それより、こちらを見てください」
画面の上部には、大きな文字で題名が表示されていた。
『一年生限定・学園内人気投票』
その下には、いくつもの項目が並んでいる。
『彼女にしたい女子生徒』
『彼氏にしたい男子生徒』
『一緒に勉強したい生徒』
『喧嘩を売ってはいけない生徒』
「最後だけ人気と関係あるか?」
「知っておいて損はなさそうね」
二見が『喧嘩を売ってはいけない生徒』を開いた。一位――鷹宮蓮。魔力測定でA評価を受けていた、Bクラスの男子生徒だ。測定のときにも目立っていたが、入学してからは二人の男子生徒を連れて歩いているところを何度か見かけている。
「鷹宮か」
花田が画面を覗き込む。
名前の下には、投票した理由が並んでいた。
『目が合っただけで絡まれた』
『いつも取り巻きを連れている』
『魔力量評価A』
『関わらない方がいい』
「最後、理由じゃなくて忠告じゃん」
「親切な人が書いたんでしょ」
二見が画面を一覧へ戻し、今度は『彼女にしたい女子生徒』を開いた。一番上には、橘紗良と書かれていた。
「一位じゃん」
花田が声を上げる。
「やっぱりね」
「二見さんまで」
「驚く方が無理でしょ。この二週間だけで、もう四回も呼び出されてるのよ」
「数えていたんですか?」
「あなたが呼び出されるたびに教室で話題になるんだから、嫌でも覚えるわよ」
「そうでしたか」
「本人が一番気にしてないのね」
二見は呆れたように息を吐き、画面を下へ動かした。橘の名前の下には、投票した理由が短く並んでいる。
『可愛い』
『優しい』
『誰に対しても態度が変わらない』
『笑顔で話を聞いてくれる』
『断られるときも優しそう』
「最後のやつ、最初から諦めてるな」
「橘さん相手なら仕方ないんじゃない?」
二見がさらに画面を動かす。
『一度でいいから冷たくされたい』
その指が止まった。
「……こういう人もいるのね」
「そうですね」
橘はいつもと同じ笑顔で答えた。ただ、画面へ向けた目には、少しも笑みが浮かんでいない。
今度は『彼氏にしたい男子生徒』を開く。画面には、男子生徒の名前が順位順に並んでいた。
「俺、入ってるかな」
花田が身を乗り出す。
「どうして入っていると思えるのよ」
「期待するくらいいいだろ」
橘が上から順に名前を見ていく。
「花田くんの名前は見当たりませんね」
「ちゃんと最後まで見たか?」
「はい。二十位までしかありませんが、花田くんの名前はありません」
「じゃあ、二十一位だな」
「そういうことにしておきましょうか」
橘が優しく笑う。
「その言い方、絶対違うと思ってるだろ!」
花田がオレを見る。
「桐原は?」
「オレはいい」
「俺だけ入ってないのは不公平だろ」
「オレも入っていなければ公平になるのか?」
「なる」
「ならないわよ」
二見が呆れた声を出す。橘が一覧を上へ戻した。
「桐原くんは九位ですね」
花田が黙った。画面を確認してから、オレの顔を見る。もう一度画面へ視線を戻し、今度は少し長めにオレの顔を見た。
「なんでブサイクな桐原が九位なんだよ!」
「お前は二十位にも入ってないけどな」
「今は俺の話じゃないだろ」
「さっきまでずっとお前の話だったぞ」
「それとこれとは別だ」
二見が呆れたように花田を見る。
「別にこいつが入っててもおかしくないでしょ」
「おかしいだろ。こいつ、女子とほとんど話してないぞ」
「話した人数を競うランキングではありませんから」
橘がオレの名前を押す。投票した理由がいくつか表示された。
『顔がいい』
『静かで落ち着いている』
『何を考えているのか気になる』
『食堂でいつもたくさん食べている』
「顔がいいって書かれてるわよ」
「投票したやつの好みがおかしい」
「何人にも投票されて九位なんだけどね」
二見に言われ、花田は何も言い返さず画面へ目を戻した。
「最後のやつ、彼氏にしたい理由か?」
「よく食べる男性が好きなのかもしれません」
橘が真面目な顔で言う。
「なら、俺も明日から増やす」
二見が花田の盆へ目を向けた。料理はまだ半分ほど残っている。
「まず今日の分を食べ終えてから言いなさいよ」
「まだ昼休みは残ってるだろ」
「桐原はもう食べ終わりそうよ」
「こいつが早すぎるんだよ」
花田が言い返したところで、一覧へ戻した橘が別の項目に気づいた。
「別の項目にも、桐原くんの名前がありますね」
「どれ?」
二見が携帯へ顔を近づける。
橘が開いたのは、『一年生イケメンランキング』だった。
一位――桐原朔也。
「顔だけなら一位なのかよ!」
花田が信じられないように言う。
「彼氏にしたい方では九位なのにね」
二見が二つの順位を見比べた。
「中身で八つ落ちてるじゃん」
花田が少し嬉しそうに笑う。
「お前、オレの順位が下がる話になると元気だな」
「俺が入ってないんだから、それくらいいいだろ」
「よくない」
「顔は一位なんだから我慢しろよ」
花田はオレの順位をしばらく眺めたあと、項目の一覧へ戻った。
「ほかのランキングも見ようぜ」
「自分が入ってそうなものを探すつもりね」
「俺の良さは、彼氏にしたいかどうかだけじゃ分からないからな」
「それなら、こちらはどうですか?」
橘が『友達にしたい男子生徒』を開いた。
「あったわよ」
二見が画面を指さす。三位――花田恵。
「ほら、入ってるじゃん!」
先ほどまで沈んでいた花田の声が、一気に明るくなった。
「三位なら、かなり高いですね」
「やっぱり見る目があるやつはいるんだな」
「彼氏にはしたくないけど、友達ならいいってことね」
「言い方に悪意があるぞ」
花田は気にせず、自分の名前を押した。
『話していて楽しそう』
『誰とでも仲良くなれそう』
『一緒にいると退屈しなさそう』
『困ったときに助けてくれそう』
「これ、かなり褒められてるじゃん」
「花田くんらしい理由ですね」
「やっぱり見る目があるな」
花田は自分の順位を満足そうに眺めたあと、オレたちを順番に見た。
「お前らは俺に入れたのか?」
「入れてないわよ。そもそも今この掲示板を知ったばかりだし」
「私もです」
二人の返事を聞き、花田がオレを見る。
「桐原は?」
「オレもだ」
「じゃあ、お前ら俺に入れろよ。三票増えれば、もっと上に行けるだろ」
「本人に頼まれて入れるものじゃないでしょ」
「友達なら応援してくれてもいいじゃん」
「そんなことを言われると、余計に入れたくなくなるわ」
「言わなかったら入れてくれたのか?」
「それは知らない」
花田が抗議する横で、橘が小さく笑った。オレは携帯から目を離し、残っていたパンへ手を伸ばす。
入学してから、女子生徒とまともに話した覚えはほとんどない。投票したのも、廊下や食堂でオレを見かけた程度の相手だろう。投票理由を見ても、オレの性格について具体的なことは一つも書かれていなかった。顔だけで選ばれたというのが、なんとも複雑だった。
パンをちぎろうとしたところで、食堂の中央から短い悲鳴が上がった。続けて、食器の割れる音が響く。
顔を向けると、通路に皿や椀が散らばっていた。その中で、一人の女子生徒が床に手をついている。肩まで伸びた淡い金色の髪。制服の胸元には、Aクラスの徽章がついていた。
女子生徒のすぐ前には、Bクラスの鷹宮が立っている。上着の袖から胸元にかけて、こぼれたスープがかかっていた。
「ちょっと、何をなさいますの!」
女子生徒は床へついた手を離し、乱れた髪を払いながら立ち上がった。鷹宮は何も答えず、スープのかかった上着へ目を落とす。濡れた袖をつまみ、軽く持ち上げた。
「おい」
低い声に、女子生徒の動きが止まる。
「これ、どうしてくれんだ」
女子生徒は一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐに眉をつり上げる。
「どうしても何も、そちらからわたくしにぶつかってきたのでしょう。責められる覚えはありませんわ」
「俺がぶつかった?」
「ええ。突然、わたくしの前へ出てきたではありませんか。おかげで、こちらの昼食まで台無しです」
「そうなのか?」
鷹宮が後ろを振り返る。そこには、二人の男子生徒が立っていた。どちらも鷹宮と同じBクラスで、普段から一緒にいるところを何度か見かけている。
「お前らも見てただろ。この女からぶつかってきたの」
「はい。そっちの女がぶつかってきました」
「鷹宮さんは普通に歩いてただけっす」
二人は迷うことなく答えた。女子生徒の眉が大きく動く。
「嘘をおっしゃらないでくださいませ!」
「嘘?」
「あなた方は、この方の後ろを歩いていたでしょう。まともに見えているはずがありませんわ」
取り巻きの一人が鼻で笑った。
「見えてたけど」
「そっちから突っ込んできたのを、はっきり見た」
「そのような――」
女子生徒が周囲を見回す。食堂にいた生徒の多くが、すでに手を止めていた。だが、誰も口を開かない。
「どなたか見ていたでしょう?」
女子生徒の声が食堂に響く。
「この方が、急にわたくしの前へ出てきたところを」
返事はなかった。近くにいた生徒たちも、互いに顔を見合わせるだけだ。食器の割れる音がしてから振り向いた者がほとんどなのだろう。
「桐原、見てたか?」
花田が声を落として尋ねる。
「いや」
オレが見たときには、すでに女子生徒が床へ手をついていた。
「二見は?」
「私も見てないわよ」
「橘は?」
「見てません」
オレたちにも、どちらからぶつかったのかは分からない。ここで口を挟んだところで、見ていたのかと聞かれれば、何も答えられなかった。
「……本当に、どなたも見ていませんの?」
先ほどより、わずかに声が小さくなる。それでも、名乗り出る者はいない。
鷹宮が口元を歪めた。
「誰も見てねえってよ」
「だからといって、あなた方の話が正しいことにはなりませんわ」
「俺の連れは二人とも見てるけどな」
「あなたのお仲間でしょう。証言になるとでも思っていらっしゃるの?」
「少なくとも、お前は一人だ」
「人数の問題ではありません!」
女子生徒の声が食堂に響いた。まだ鷹宮から目を逸らしてはいない。だが、先ほどまでの余裕は、表情から消えていた。
鷹宮は床に散らばった食器を見下ろしたあと、女子生徒へ視線を戻す。
「それで?」
「……何ですの」
「俺の制服、どうすんだよ」
「どうするも何も、そちらが勝手にぶつかってきたのでしょう」
女子生徒は言い返したが、先ほどまでの勢いはなかった。
「それに、わたくしの制服も汚れていますわ。昼食まで台無しになったのですから、被害を受けたのはこちらも同じです」
「お前の話はしてねえよ」
「な……」
「俺は、この制服をどうするのかって聞いてんだ」
鷹宮が濡れた胸元を指で叩いた。女子生徒は口を開きかけたが、すぐには言葉が出てこなかった。周囲へ視線を向ける。目が合った生徒は、巻き込まれたくないのか、そっと顔を逸らした。
「洗浄に必要な費用でしたら、お支払いしますわ」
しばらくして、女子生徒が答えた。
「わたくしに非があるとは認めませんが、これ以上騒ぎを大きくするつもりもありません。必要な金額を後ほど――」
「百万」
鷹宮が言った。女子生徒の言葉が止まる。
「……何ですって?」
「百万払え」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下部の評価欄から☆を入れていただけると嬉しいです。
皆さまからの応援が、続きを書く大きな励みになります。
今後とも、よろしくお願いいたします!




