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魔力量C評価のオレは、誰にも本当の実力を知られたくない  作者: 宗3
第一章 『魔術学園への入学』
11/31

11話 『好感度二十四点の危険人物』

 九条と図書室で話した日から、一週間ほど経ったある日。授業の終わりを告げる鐘が鳴る。授業が終わった途端、教室のあちこちで椅子を引く音と話し声が上がった。雨宮先生は教卓の上を片づけると、重ねていた資料を持ち上げた。


「二見さん、橘さん。悪いんだけど、これを職員室まで運んでもらえる?」


「分かりました」


「はい」


 二人は資料を半分ずつ持ち、教室を出ていった。ほかの生徒たちも帰り支度を始め、教室の中は少しずつ人が減っていた。オレも教本を鞄へしまおうとしたところで、机の横から声をかけられた。


「桐原。まだ帰るな」


 顔を上げる。そこには、クラスメイトの高橋司が立っていた。首元まで伸びた髪は、腹が立つほどさらさらしている。その隣で腕を組んでいるのは、同じくクラスメイトの大野信二。短く切った髪が特徴の男だ。高橋は真剣な顔をしていた。対して大野は、なぜか余裕のある表情をしていた。


「何かあるのか?」


「緊急事態だ」


 高橋がオレの斜め後ろを指さした。橘の机に、白い封筒が置かれている。表には、丁寧な文字で『橘紗良さんへ』と書かれていた。机の中央に置かれた封筒だけが、橘のいない席で妙に目立っている。


「二人が教室を出た直後、Bクラスの男子生徒が置いていった」


「そうか」


「反応が軽すぎる」


「オレ宛てじゃないからな」


「問題は、この手紙が告白である可能性だ」


 二人にとっては、それが緊急事態らしい。


「高橋。それは違うってさっきから言ってるだろ?」


 大野が断言した。


「なぜ分かる?」


 高橋が尋ねる。


「なぜって、橘さんにはすでに俺がいるからな」


 教室に短い沈黙が落ちた。大野は少しも冗談を言っている顔ではなかった。


「いつからいることになったんだ?」


「関係が始まったのは昨日だ」


「昨日?」


「橘さんと目が合った」


「同じ教室にいるんだから、目くらい合うだろ」


「俺のときだけ少し長かった」


「何秒だ」


「一秒ほど」


「それは瞬きだ」


「俺と橘さんの関係を、部外者が決めるな」


「お前もまだ部外者だ」


「嫉妬か?」


「何に嫉妬すればいい」


 高橋は呆れたように息を吐くと、持っていたノートをオレの机へ置いた。


「大野の主観的な証言は信用できない。実はここに客観的な判定基準を用意してある」


 開かれたページの上部には、大きな文字でこう書かれている。


『橘紗良・好感度判定表』


 その下には几帳面に線が引かれ、いくつもの判定項目が並んでいた。


「いつ作ったんだ?」


「三日前から少しずつだ。恋愛は事前の情報収集が重要だからな」


「本人に聞けばいいだろ」


「本人の自己申告には主観が入る。だからこそ、行動から分析する必要がある」


「好意の話なのに、本人を信用しないのか」


 高橋がペンの先で項目を示す。


『挨拶をされる――一点』


『名前を呼ばれる――二点』


『向こうから話しかけられる――三点』


『二人で会話をする――五点』


『一緒に食事をする――十点』


「三日かけて考えた配点だ。信頼性は高い」


「考えた時間と信頼性は関係ないだろ」


「まずは大野から検証する」


「待て。俺と橘さんの関係は数字では表せない」


「点数が低いと分かっている人間の発言だな」


「なんだと?なら俺と橘さんの愛を証明して見せる」

 

 高橋が新しいページを開く。


「目が合ったこと以外には?」


「昨日、橘さんのほうから話しかけてきた」


「三点だ。内容は?」


「『大野君、そこは私の席です』」


「どけと言われただけだろ!」


「だが、名前を呼ばれた。二点追加だ」


「……お前はそれでいいのか。しかし、迷惑をかけて呼ばれた場合は減点にする」


「後からルールを変えるな!」


「そもそも、なぜ橘さんの席に座っていた?」


「偶然だ」


「お前の席は教室の反対側だろ」


「無意識に引かれたのかもしれない。俺だから成立する距離の縮め方だ」


「成立していたら、席をどくように言われてないだろ」


 高橋は大野の名前の横に、マイナス五点と書いた。高橋は本気で採点し、大野も本気で抗議している。オレだけが、この表に付き合わされている理由をまだ見つけられていなかった。


「おい、高橋。それは不正だぞ」


「合理的な修正だ」


「なら、高橋は何点なんだ?」


「現在、八点だ」


 高橋は待っていたように、自分の名前が書かれたページを開いた。


「昨日、橘さんから頼み事をされた。『高橋君、そこの窓を閉めてもらえますか』とな。名前を呼ばれて二点、向こうから話しかけてくださったから三点。合計五点だ」


「どうせ窓の近くにいたんだろ」


「確かに近くにはいた。だが、教室にいた全員の中から俺を選んだ事実は変わらない。距離だけではなく、信頼も含まれていたと考えるべきだ」


「窓を閉めるのに、どんな信頼が必要なんだ」


「どうした、嫉妬か?」


「同じことを言うな!それで、残りの三点は?」


「今朝、橘さんのほうから話しかけてくださった。『高橋君、提出物がまだですよ』とな」


「それは催促してるだけだろ」


「向こうから話しかけてくださった事実は変わらない」


「俺の席の時と同じじゃないか」


「俺は橘さんの席を占領していない。迷惑行為と催促では、状況がまったく違う」


 大野には厳しいが、自分の採点になると急に寛大だった。


「桐原」


 高橋がオレへ顔を向ける。ノートがオレの机の中央へ置き直され、大野も反対側から身を乗り出した。どうやら、オレもこの調査から逃げられないらしい。


「比較対象として、お前も測定する。順番に答えろ。橘さんから挨拶をされたことは?」


「あるな」


「名前を呼ばれたことは?」


「ある」


「向こうから話しかけられたことは?」


「何度か」


「二人で会話をしたことは?」


「ある」


 高橋の表情が少しずつ険しくなっていく。


「一緒に食事をしたことは?」


「ほぼ毎日だな」


 高橋のペンが止まった。さっきまで滑らかに動いていたペン先が、紙の上で固まっている。隣では、大野の腕組みも解けていた。


「二十一点」


「許せない」


 大野が低い声で言った。


「何がだ?」


「俺がマイナス五点で、お前が二十一点なのがだ!」


 嫉妬を隠す気すらなかった。


「感情的になるな」


 高橋が大野を止める。


「ただし、この点差をそのまま認めるわけにはいかない。友人同士の会話や食事を恋愛的な好意として扱うのは、判定として不適切だからな」


「お前も嫉妬してるだけだろ」


「よって、桐原の二十一点はすべて無効とする!」


「比較対象にした意味がないな」


「無効では足りない」


 大野が高橋の手からペンを取り、オレの名前の下へ新しい項目を書き始めた。


『橘さんに敬語を使わない――マイナス十点』


『橘さんに馴れ馴れしい――マイナス十点』


『いつもスカしてる――マイナス十点』


「途中から、オレの悪口になってないか?」


「気のせいだ。とにかく、桐原は橘さんに対する礼節が足りていない」


「確かに、点数を下げるだけでは不十分だな」


 高橋はオレの名前をペンで囲んだ。


「問題は、桐原が橘さんから日常的に信用を得ていることだ。ならば、その信用そのものを失わせる必要がある」


「本人の前で話すことじゃないな」


「この判定表を、お前が作ったことにする。橘さんとの会話や食事を勝手に点数へ変換し、自分に二十一点をつけた男だと思われれば、現在の関係も見直されるはずだ」


 大野が納得したように頷く。


「点数を一つずつ減らすより早いな」


 オレの目の前で二人はノートを覗き込み、相談を進めていた。陥れようとしている相手に計画を聞かせていることは、特に問題だと思っていないらしい。


「お前たちがつけた点数だろ」


「桐原の証言は客観性に欠ける。何を言っても、自分を守るための弁明として処理できる」


「なるほど。それなら、二十一点分をまとめて失わせられるな」


 廊下から足音が近づき、教室の扉が開いた。


「ただいま」


 二見の声がした。高橋は素早くノートを閉じた。


「桐原君」


 橘が声をかける。


「先ほどの授業で取ったノートを、見せていただいてもいいですか?」


「ああ」


「ありがとうございます」


 高橋が閉じたばかりのノートを開き、オレの名前の横に三点を書き足した。


「二十四点」


 大野の声がさらに低くなる。


「今の加点は無効だ。桐原が好感度を稼ぐ目的でノートを貸す可能性がある」


「オレは頼まれたから貸すだけだ」


「二十四点を持つ男の発言には下心が絡んでいる。やはり信用できないな」


 点数が増えるほど、オレの発言力は失われていった。


「ところで、これは何ですか?」


 橘が自分の机に置かれた白い封筒へ気づいた。


「Bクラスの男子生徒が置いていきました」


 高橋がすぐに答える。橘は封筒を裏返し、差出人が書かれていないことを確かめる。封を開け、中の紙へ目を通した。高橋と大野は判定表のことも忘れたように、橘の手元を見つめていた。


「何て書いてあるの?」


 二見が尋ねた。


「今日の放課後、屋上へ来てください、と」


 二見が小さく息を吐く。


「また告白ね」


「まだ、そうと決まったわけではありませんよ」


「今週に入って二人目で、前も同じこと言ってたじゃない」


「二人目?」


 大野の顔から余裕が消えた。高橋も書きかけのペンを止める。さっきまでオレに向けられていた警戒が、今度は差出人の分からない相手へ移った。


「そんな話は聞いてません」


「どうしてあんたたちに報告する必要があるのよ」


 高橋は急いでノートを開き、新しい情報を書き始めた。


「外部からの接触が、すでに二件。想定していたよりも競争率が高い。判定項目だけでなく、今後は他クラスの動向も記録する必要があるな」


「競争ではありませんよ」


 橘が言った。


「なるほど。そういうことですか」


 大野は一人だけ落ち着いていた。


「橘さんは、ほかの男子から告白されたと知れば、俺が焦ると思ったのでしょう。つまり、これは俺の気持ちを確かめるための行動ですね?」


「お前に手紙のことを知らせたのは高橋だろ」


「桐原は黙ってろ!」


 大野は橘へ向き直った。


「ですが、安心してください。俺の気持ちは変わりません。言葉にしなくても、俺には分かっています」


「何の話でしょうか?」


 橘は返事を待っていたが、大野はなぜか満足そうに頷くだけだった。それを見ていた二見は大野を相手にするのをやめ、その横でノートに書き込みを続けている高橋へ目を向ける。

 

「ねえ、さっきから何書いてんのよ」


 二見が高橋の手元を覗き込む。高橋はノートを閉じようとしたが、その前に二見が表題を読み上げた。


「橘紗良・好感度判定表?」


 橘が瞬きをする。


「何ですか、それ?」


 高橋はオレを指さした。


「桐原が作ったものです。橘さんとの会話や食事を一つずつ点数へ変換し、自分には二十四点の好感度があると主張していました。僕たちはやめるように言ったのですが、聞き入れませんでした」


「自分だけ、高い点数をつけていました」


 大野も高橋の説明に付け加える。


「打ち合わせどおりにオレを売ったな」


「高得点を得た人間の証言には下心が絡んでいる。今から何を言っても、言い訳にしか聞こえないぞ」


「一緒に点数をつけてたのは、お前たちだろ」


 二見が高橋の手からノートを取る。


「桐原こんな字だっけ?」


「俺が桐原の発言を記録しました。証拠を残しておかなければ、あとから発言を変える可能性がありましたので」


「そうです」


 大野が頷く。


「桐原が橘さんとの会話を一つずつ挙げ、高橋に点数を書かせていました」


「急に息が合い始めたな」


「事実を説明しているだけだ」


「全部嘘だろ」


 二見はページをめくり、途中で手を止めた。


「ふーん。でも、ここだけ字が違うわよ」


 指さした先には、こう書かれている。


『橘さんに敬語を使わない――マイナス十点』


「高橋の字でも、桐原の字でもない。残るのは一人だけね」


 二見の視線が大野へ向く。大野の目がノートの上を泳いだ。それまで揃ってオレを見ていた二人の視線が、初めて別々の方向を向く。


「それは大野が勝手に書いたものです」


 高橋が即答した。


「待て、高橋」


「俺は桐原の発言を記録していただけだ。減点項目を加えたのは大野自身の判断だ」


 高橋は橘へ向き直る。


「僕はあくまで記録役で――」


「橘さん、騙されないでください。題名と配点を考えたのは高橋です。自分に八点をつけたうえ、この前橘さんを放課後に誘う台詞を二十三回も練習しているのを見ました!」


「大野!」


「自分だけ助かろうとした罰だ」


「お前も桐原を陥れることに同意しただろ!」


「それを言ったら、お前も助からないぞ!」


「もうお前が全部喋っただろ!」


 高橋は大野を指さした。


「そもそも大野は、橘さんと一秒目が合っただけで特別な関係だと思い込んでいました」


「高橋は窓を閉めてほしいと頼まれただけで、教室にいた全員の中から自分が選ばれたと言っていました」


 二人とも、助かることは諦めたらしい。最後に一つずつ相手の傷を深くして、揃って黙り込んだ。


「結局、この判定表を作ったのは二人なんじゃない」


 二見が言った。


「元は桐原の二十一点が原因です。こいつが不自然に高い点数を取らなければ、判定基準を見直す必要も、信用を失わせる必要もなかった」


 高橋が説明する。大野も大きく頷いた。


「何もせずに二十一点を取ったことが一番許せない。普通は、俺たちのように何かしてから点数を得るものだ」


 理由が完全に嫉妬だった。


 橘は二見からノートを受け取り、しばらくの間判定表を見ていた。


「私の気持ちは、点数では分からないと思います」


 そう言って、ノートを閉じる。口元には、いつもの柔らかな笑みが浮かんでいた。ただ、ノートから顔を上げ、高橋と大野を見た一瞬だけ、目元から柔らかさが消えた。


 見間違いかもしれない。そう思ったときには、もういつもの橘に戻っていた。


「それでは、私は屋上へ行ってきますね」


「じゃあ、私は先に帰るわ」


 二見が言った。


「はい」


 橘は手紙を鞄へしまう。教室を出る直前、オレへ顔を向けた。


「桐原君。ノートは今度お願いします」


「ああ」


「まだ桐原のノートをお借りになるのですか?」


 高橋が驚いたように尋ねる。


「はい。私がお願いしたので」


「ですが、その男は二十四点も持っています」


 大野が言った。二十四点を持ってるから何だというのか。言っていることがもうよく分からない。


「私は、その点数を気にしていませんので」


 橘はそれだけ答え、教室を出ていった。二見も鞄を肩にかける。


「じゃあ、私も行くから」


「二見さん待ってください!なぜ桐原は疑われていないんですか? 俺たちがこれだけ説明したのに、橘さんの態度がまったく変わっていない」


「説明したことが全部嘘だったからでしょ」


 二見は呆れたように言い残し、教室を出ていった。扉が閉まり、教室にはオレたち三人だけが残った。


 高橋と大野が、ゆっくりとオレへ顔を向ける。二人の視線には、反省よりも殺意が強く残っていた。


「桐原。二十四点の件については、あとで必ず責任を取ってもらう」


「お前たちが勝手につけた点数だろ」


「その言い訳もあとで聞く」


 高橋が言い切ったところで、橘の空席へ目を向けた。


「……大野」


「何だ?」


「今は屋上の男が先だ!」


「そうだった!」


 二人は同時に教室を飛び出そうとした。狭い戸口で肩がぶつかり、高橋の足が大野の前へ入る。つまずいた大野が高橋の制服をつかみ、二人揃って廊下へ倒れた。


「すまん!」


「気にするな!」


 二人はすぐに立ち上がった。先に走り出した大野の踵を、高橋が後ろから踏み、大野が倒れる。


「何すんだ!」


「さっきの仕返しだ!」


 大野が倒れている間に高橋は前に駆け抜けようとする。その足を大野がつかみ、高橋が床へ転がった。


 オレは鞄を持ち、教室後方の扉から廊下へ出た。数歩進んだところで、背後からまた二人分の転倒音が響く。


 結局、橘の好感度は最後まで測れなかった。ただ、あの二人の点数だけは、本人に確認するまでもなさそうだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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