第二章 筋力広場の退屈な日常
翠嶺国に朝の訪れを告げるのは、鳥のさえずりでも、爽やかな鐘の音でもない。それは、何千、何万という男たちが一斉に放つ、重々しい金属の擦れる音と、大地を震わせる凄まじい咆哮であった。かつて美しい庭園であった場所は、曹操の迅速な指揮によって完全に解体され、今や大陸最大の野外ジム「筋力広場」へと変貌を遂げていた。広場を埋め尽くすマッチョたちの熱気と、全身から噴き出す汗の蒸気によって、翠嶺国の午前中は常に白い霧が立ち込めている。その濃霧の向こうから、毎朝決まった時間に、一人の「美筋公」が姿を現す。関羽雲長である。彼は、トレードマークである見事な長い髭を丁寧に結び、カタボリック(筋肉分解)を防ぐための特製アミノ酸ドリンクを一口すすると、広場の片隅へと向かった。その手にあるのは、かつて数多の敵将を恐怖に陥れた神兵「青龍偃月刀」ではない。関羽が手に持っているのは、青龍偃月刀の両端に、信じられないほどの重量を持つ巨大な岩石を幾重にも括り付けた、特製の「超重量バーベル」であった。
「フン……ッ! フン……ッ!」
関羽は静かに呼吸を整えると、青龍偃月刀をダンベル代わりに使い、丸太のような上腕二頭筋を限界まで収縮させる「アームカール」を始めた。一挙動ごとに、はち切れんばかりの大胸筋が激しく波打ち、衣服を突き破らんとするほどのバルクが強調される。「関羽さん、先ほどから何を?」「あ、あれはパンプアップだ……!」周囲の若手マッチョたちが、憧憬の眼差しでその姿を見つめる。関羽の義理堅い性格は、この筋肉の世界でも健在であった。彼は麗蓮姫への忠誠を、毎日の規則正しいプロテインの摂取タイミングと、寸分の狂いもないトレーニングメニューの完遂によって表現していたのである。
その様子を、はるか上方のテラスから見下ろしているのが、この国の絶対的な最高審査員、麗蓮姫であった。彼女は頬杖をつき、長くて美しい睫毛を揺らしながら、またしても退屈そうにあくびを漏らした。手元には、男たちの筋肉をジャッジするための、彼女独自の採点表が置かれている。「……関羽、相変わらず大胸筋の上部への効かせ方は見事ね。でも、バルクに頼りすぎて、筋肉の筋の入り方が左右でわずかに非対称。マイナス五点」麗蓮姫のジャッジ基準は、あまりにも過酷で、そして身勝手であった。どれほど巨大な筋肉を持っていようとも、彼女が「今日の気分ではない」と一言呟けば、その日の努力はすべて水の泡となる。だが、男たちはその冷徹な減点評価にさえも、至上の悦びを感じていた。「姫様が俺の広背筋を見てくださった!」「左右非対称と言われたぞ! 明日から左側を追い込むぞ!」広場は、さらなる狂気的な熱気に包まれていく。
その時、広場の中心で、一際激しい爆発音が響き渡った。「キレてるよ! 肩がメロンだよ、我が兄者――っ!」鼓膜を破らんばかりの大音声で叫んだのは、張飛翼徳である。彼はかつて長坂橋で一喝し、曹操の大軍を退けたあの声を、今や仲間への「マッスルコール」のためだけに消費していた。張飛の肉体は、関羽のそれとは異なり、皮下脂肪を極限まで削ぎ落とした、バキバキに裂けた筋線維の美「爆発的カッティング」を誇っていた。彼は自身の愛器である蛇矛の強靭なしなりを利用し、それを力任せに曲げて自作した「特製レッグプレス機」に寝そべり、数トンの大岩を両足で押し上げていた。「おおおおお! 見よ、麗蓮姫!これが俺の大腿四頭筋のカットだ!」張飛が雄叫びを上げ、下半身を限界まで追い込む。しかし、麗蓮姫は彼らの絶叫に視線を向けることすらなく、ただ爪先を弄びながら、冷ややかに呟くだけだった。「騒がしいわね。中原の英傑とやらは、声の大きさと筋肉の体積が比例しているのかしら。もっと、私の心を芯から震えさせるような、圧倒的な深みを持つ肉体はいないのかしら……」姫が求めるのは、単なるマッスル大会の勝者ではない。彼女の冷徹な美意識を完全にねじ伏せるほどの、真の鬼神の顕現であった。そしてその願い(あるいは退屈しのぎ)に応えるかのように、広場の重々しい鉄門が、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感とともに開き始めようとしていた。




