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第一章 筋肉の民族大移動

 中原の地図から「国境」という概念が消え失せたのは、麗蓮姫があの高らかなる宣言を下してから、わずか数日後のことであった。 それまで互いの首を獲るべく血眼になっていた魏、呉、蜀の三つの大国は、今や完全に機能停止に陥っていた。兵士たちは城壁を警備する任務を放棄し、将軍たちは軍議の席から姿を消した。戦場に残されたのは、主を失った無数の錆びた槍と、主人の代わりに草を食む馬たちの群れだけである。すべての人流は、中原のあらゆる街道を経て、一筋の巨大な大河のように南西の翠嶺国へと向かっていた。その光景は、歴史家が後に「筋肉の民族大移動」と名付けるほどの怪異であった。街道を埋め尽くすのは、鎧を脱ぎ捨てて褌一丁、あるいは粗末な布を腰に巻いただけの男たちである。彼らは徒歩で翠嶺国を目指しながらも、一刻たりとも鍛錬を怠らない。歩兵たちは互いに肩を組み合い、即席のスクワットを繰り返しながら前進し、騎馬隊の猛者たちは馬を労るように自らの背中に愛馬を担ぎ上げ、爆発的な脚力で街道を爆走していた。中原を支配していたはずの魏の覇王・曹操孟徳もまた、その大移動の渦中にいた。



「ふん、中原の覇権などという狭い器で満足していた己が恥ずかしいわ」



 曹操は、愛剣である倚天の剣を惜しげもなく肥溜めに投げ捨てると、自らの胸筋を激しく叩いた。彼の肉体は、中原の並み居る猛者たちに比べれば小柄であった。しかし、その衣服の下に隠された肉体は、極限まで無駄な脂肪を削ぎ落とした「究極のシックスパック」と、強靭な体幹インナーマッスルを秘めていた。曹操はただ盲目的に姫に狂ったわけではない。麗蓮姫が提示した「筋肉による絶対的評価」という合理的かつ実力主義的なシステムに、天才政治家としての深い感銘を覚えたのである。「これこそが、血統や策略に左右されない真の平等の世界。ならば、我が魏の精鋭たちをすべてマッスルエリートとして鍛え上げ、あの麗しき姫の宮殿を我が筋肉で包囲してくれよう」曹操はすぐさま、許褚や典韋といった元々規格外の体躯を持つ剛腕の将軍たちを集め、翠嶺国へ向かう道中で独自の「筋肉スカウト軍団」を結成した。さらに、中原一帯の良質な大豆と、特製のプロテインスープの流通ルートを瞬時に支配し、翠嶺国の中に巨大な野外ジム(筋力広場)を建設する計画を練り上げていたのである。



 一方、蜀の地からは、大徳の男・劉備玄徳が、その異様に長い腕をぶら下げて歩いていた。 「ああ、関羽や張飛が、あれほどまでに熱い眼差しで南西の空を見つめる理由がようやく分かった。あの麗蓮姫という御方は、男たちが魂を燃やすに足る唯一の太陽なのだな」劉備の背後には、すでに目が血走り、口からプロテインの泡を吹いている張飛と、静かに目を閉じて呼吸を整える関羽の姿があった。中原のあらゆる富と、あらゆる力、そしてあらゆる英傑の魂が、ただ一人の美女のあくびによって吸い寄せられていく。歴史上、これほどまでに平和的でありながら、同時にこれほどまでに狂気に満ちた大移動は存在しなかった。翠嶺国の国境に辿り着いた男たちは、一様に衣服を完全に引きちぎり、自らのバルクを周囲に誇示しながら、その狭き門へと突き進んでいった。門の向こうで待つのは、麗しき姫が統べる、真のマッスル・キングダムである。彼らの足音が大地を揺らし、地響きとなって中原全土に響き渡っていた。


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