第9話 そうだ、起業しよう!
ギルドを出た夕暮れの街。俺たちは無言で歩いていた。
コーダが時折振り返る。誰かにつけられていないか確認しているんだろう。ネキーンの足取りも重い。
「……これ個人じゃ限界じゃないか?」
俺はぽつりと言った。
「このまま続けてても、いずれあの男に必ず潰される。次は本調査だって宣言されたし……帳簿の数字だけじゃなく、生活の全部を調べるってことだよな?」
「ああ。あいつの目は本気だった」
ジーコが頷く。
だったら、いっそ――
「起業、しちゃいますか!」
「……本気か?」
ジーコが足を止めた。
「ああ、マジだ。前世でも思ってたんだよ。サラリーマンは経費もロクに使えないし、控除も限られる、やれることが少なすぎるんだ。個人事業主でもまだ足りない。だったら次のステージに行くしかねぇだろ。自分たちのギルドを立ち上げる。法人として活動すれば、実質資産もめちゃくちゃ増えるはずだ!」
ジーコが顎に手を当てて、しばらく黙った。頭の中で数字を回しているのだろう。
「……法人税率は俺らレベルの稼ぎだと個人の所得税よりかなり低い。経費の幅も格段に広がる。構成員報酬の設定で所得のコントロールもできる……いけるな!」
「だろ? しかも――」
俺は振り返った。
「独立ギルドになれば、今のギルド税務調査部の管轄外だ。あのダーツの野郎とも、おさらばできる」
ジーコの目が見開かれた。それからゆっくりと、不敵な笑みに変わる。
「……お前、たまにとんでもないことを思いつくな」
コーダが不安そうに口を開く。
「でも……ギルドを作るって、そんな簡単に……」
「手続きは俺に任せろ。商会の設立なら何度もやってる。冒険者ギルドとて、似たようなもんだろ」
ジーコが胸を叩く。こいつ、こういう時は本当に頼もしいな。
「ネキーンはどう思う?」
「ワシはカネスキについていくだけじゃ。どこにいようが、ネンキンへの怒りは変わらんからな」
この爺さんはいつだってブレない。その頑固さ、俺は好きだぜ。
「よし。決まりだな」
俺は夕暮れの空に拳を突き上げた。
「冒険者ギルドを脱退する。俺たちは……俺たちのギルドを作る!」
◇ ◇ ◇
翌日。ギルドの受付に脱退届を出した。
受付のお姉さんが目を丸くしている。
「た、脱退……ですか? 勇者様が?」
「ああ。世話になったな」
「あの、何か不満が……」
「もう、わかってるくせにぃ〜」
お姉さんが苦笑した。
それから3日。ジーコは驚くべき速さで書類を揃えてきた。定款、設立届、構成員表。元商人の本領発揮だ。
王国冒険者協会に届け出を出し、正式に独立ギルドが設立された。
名前は――
「ギルド名、何にする?」
「『ゼイキン・イーター』でどうだ」
「却下。税務省に直接喧嘩を売ってどうする」
「じゃあ『黄金の天秤』は? 公正にして公平。税という搾取への反逆の意志を込めて」
「……悪くないな」
「決まりだな」
こうして『冒険者ギルド・黄金の天秤』が誕生した。
ギルドマスターは俺――カネスキ。経理兼サブマスはジーコ。メンバーはコーダとネキーン。たった4人の、世界で最も税金から逃げることに特化したギルド。
設立届の控えを受け取った帰り道。コーダが珍しくはしゃいでいた。
「私たちのギルド……なんか、すごいですね。自分たちで自由に決められる組織って」
「ワシは54年冒険者をやってきたが、こんなギルドに入るのは初めてじゃ。感慨深いのぅ」
ネキーンが目を細めている。
「これであの男の管轄からも逃れられる。もう税務調査部に怯える必要はない」
ジーコが伸びをした。こいつも相当ストレスだったんだな、あのお尋ね。
なにはともあれ、これで俺たちは自由だ!!!!
新しいギルド。新しい出発。新しい帳簿。
最ッ高の気分だった。
◇ ◇ ◇
一週間後。
黄金の天秤の拠点。テーブルで朝飯を食っていると、扉をノックする音がした。
「はーい」
コーダが扉を開ける。
「おはようございます。王国税務省より派遣されました、新ギルドの税務監査担当です。これからよろしくお願いいたします」
聞き覚えのある声。温度のない、丁寧な声。
俺はゆっくりと振り返った。
扉の前に立っていたのは――
ダーツ・ゼイ・キライだった。
「…………は?」
「冒険者ギルド・黄金の天秤、設立おめでとうございます。御ギルドの税務監査を担当させていただくことになりました。改めまして――」
「ちょッ……待っ……お前、あのギルドの税務調査部の人間だろ!? なんで俺たちのギルド監査に来てんだよ!!」
「先日付で管轄の変更申請を出しまして。昨日、承認されました」
――なんッッッじゃコイツ!!! そこまでして追いかけてきたのかよ!!!!!
「御ギルドの……そうですね、税務上の独自性に"個人的な関心"がありまして」
ダメだこのサイコストーカー野郎。はやくなんとかしないと!!!
コーダが青ざめている。ネキーンは大剣に手をかけプルプル震えている。落ち着け、ジジイ。こいつを斬っても税は減らない。気持ちは分かるがな!!
「……だから嫌な予感がしたんだ」
ジーコが天井を仰いで深く溜息をついた。
サイコ税務調査官が部屋を見回す。テーブルの上の朝飯。壁に掛けた装備。隅に積まれた帳簿の束。
「なかなかいい拠点ですね。業務用途の按分比率、楽しみにしております」
さっそく穴を探してやがる。もうやだこいつーー!
――俺たちの自由は、たった一週間で儚くも散ったのだった。




