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第8話 そうだ、税務官を言いくるめよう!


 ギルドから手紙が届いた。


 封筒を開けると、中には一枚の書類。



 『貴パーティの経費申告について確認したいことがあります。

 つきましては、下記の日時にギルド税務窓口までお越しください。


          王国税務省冒険者ギルド税務調査部

          主任調査官 ダーツ・ゼイ・キライ』



 手が震えた。


 これ、完全にアレじゃん。税務署からの「お尋ね」じゃん。


 前世で見たことがある。テレビの半沢なんとかってドラマでやってたアレだ。 あの、偉い人が机バンバン叩いて「倍返しだ!」ってやるやつの……


「これはやばいッ!!」


「落ち着けカネスキ! お尋ねは本調査じゃない。質問に答えるだけ。まだ大丈夫だ」


「くそっ……短期間にやりすぎたか。これ、もう完全に目つけられてんじゃん」


 しかも差出人があのダーツ・ゼイ・キライ。

 あの日、ギルドの受付で俺に声をかけてきた男だ。蛇のような目。整った身なり。声こそ丁寧だが、そこに温度はない。


「……ジーコ。勝てるのか」


「勝ち負けじゃない。お尋ねってのは、向こうの質問に理屈で答える場だ。理屈が通ってれば突っ込めない。……まだ3日ある。準備するぞ」



 それからの3日間、俺たちは寝る間も惜しんで書類を作成しまくった。


 経費の根拠。減価償却の計算過程。除却損の正当性。全てに理屈をつけ、数字を揃え、反論の余地を潰していく。テーブルの上には羊皮紙の山が積み上がり、インク壺が3つ空になった。



 そして回答期限の朝。俺たちはギルドの税務窓口に乗り込んだ。



 ◇ ◇ ◇



 ギルド税務調査部。執務室。


 窓のない部屋だった。石壁に囲まれた狭い空間に、向かい合うように机が置かれている。俺たちの側にはこの数日で用意した分厚い書類の束。向かい側には――


「お待ちしておりました。勇者カネスキ様」


 ダーツ・ゼイ・キライ……!!


 ふざけた名前しやがって!!



 俺の隣にはジーコ。後ろにコーダとネキーン。全員、緊張で顔がこわばっている。


「では、始めましょうか」


 ダーツが書類を開いた。



 ◇ ◇ ◇



「まず、装備除却届について」


 来た。いきなり本丸だ。


「165件の装備が、同日に全て使用不能になっていますね」


「はい。ダンジョン『鉄甲の洞窟』での戦闘中に破損しました」


 淀みなく答えてみせる。声が上ずらないように気をつけた。


「鉄甲の洞窟。アイアンゴーレムの巣窟ですね。なるほど、あの魔物に剣で挑めば折れるでしょう。……しかし」


 ダーツが書類を一枚めくった。


「普通はハンマーか爆破魔法で挑みます。なぜ、わざわざ剣で?」


 これも想定通り。


「うちの爺さんは大剣使いです。得物が剣しかありません」


「80本もですか?」


 沈黙が落ちた。


 ダーツの目が、俺をまっすぐ射抜いている。


「ネキーン氏は歴54年のベテラン冒険者です。鉄甲の洞窟にアイアンゴーレムがいることは知っていたはず。にもかかわらず、剣で挑んだ。しかも予備を含めてこの数……これは戦闘ではなく、破損を目的とした行為ではありませんか?」


 心臓が跳ねた。こいつ、核心を突いてきやがった。だが、


「それには異議があります。まず、事実関係を整理させてください」


 俺は書類の束から戦闘報告書を引き抜いた。


「ネキーンは大剣の使い手であり、得意武器で戦闘に臨むのは当然です。次に、80本の武器は54年間の冒険者生活で蓄積されたもので、一度の戦闘用に購入したものじゃありません」


「それは承知しています。問題はタイミングです」


 ダーツが指で書類を叩いた。


「これらの装備は、固定資産台帳に登録された当日に破損している。登録と破損が同日。……偶然ですか?」


 空気が凍った。コーダが俺の袖を掴んでいるのがわかる。


「……偶然ではありません」


 ジーコが認めた。俺は内心で「おい!」と叫んだが、ジーコは続ける。


「偶然ではなく、ただ順序が重なってしまっただけです。ネキーンの装備はこれまで帳簿に記載されていなかった。我々がパーティの資産管理を始めた際に、未登録の装備を全て台帳に載せた。その後にダンジョンに潜ったので、その日に壊れただけ。登録が先なのは、管理を始めたからです。何もおかしくはないはずですが」


「……とはいえ、この数の剣全てがたった1日で? 登録評価額からして雑に放置されていた"なまくら"とも思えませんが?」


 こいつ、めざといヤツだな!!


 俺が言葉に詰まると、すかさずジーコがフォローに入る。


「私たちのパーティには魔法使いがいません。アイアンゴーレムの巣窟に剣で挑めばそうなります。1本も残らなかったのは、ダンジョンの性質を考えれば自然です」


「勇者様がおられるではありませんか?」


「カネスキは大型の個体にあたっていましたので、周りのアイアンゴーレムを私たちが担当していました。まさかダーツ殿は私たちに、勇者――仲間に全てを任せて指をくわえて見ていればよかった。とでも仰るおつもりでしょうか」


 ダーツと俺、ジーコの間で、視線がぶつかっている。


 長い沈黙の後、


「わかりました……次の質問に移ります」


 ダーツが書類をめくった。攻め手を変えてきたのだ。


「高級装備の一括購入について。パーティ結成から3日後に、最高級武器店『ミスリルの牙』で全員分の装備を購入されていますね。合計額は――かなりの金額です。カネスキ様、これは?」


「えーと……Bランクダンジョン攻略の報酬で購入しました。業務に必要な装備です!」


「業務に必要な装備を、パーティ共有資産として計上している。ここまではいい」


 ダーツの指が書類の上で止まる。


「しかし、確かあなた方は『業務委託契約』とやらのパーティでしたよね? 各メンバーは対等な個人事業主のはずだ。なのにパーティ資金で装備を買い、共有資産としている。これは実質的に……雇用関係ではありませんか?」


 バレた! 俺もそこはあやふやだったのだ。"業務委託だと安く済む"程度の知識しか持っていない! まんまと突いてきやがった!


「雇用関係ではありません」


 ジーコが間髪入れずに即答する。


「装備はパーティの共有資産であり、各メンバーに貸与しているのではなく、業務遂行のために共同で管理しているものです。使用権は各メンバーに帰属しますが、所有権はパーティにある。これは共同事業体における一般的な資産管理です」


「では、パーティの解散時には?」


「資産は分配されます。契約書の第12条に明記してあります」


 ジーコが書類の束から該当ページを引き抜いて差し出した。ダーツが受け取り、目を通す。


 俺たちが三日三晩かけて完成させた書類だ。ボロなど出ようはずがない。


「……よく準備されていますね」


「あ、ありがとうございまァす!」


「……褒めているのではありません」


 ダーツの声に、初めてわずかな苛立ちが混じった。


「最後に一点」


 ダーツが書類を閉じた。両手を机の上で組む。


「大型拠点の賃貸契約について。業務用拠点として家賃を経費計上されていますが、メンバーのコーダ氏のお子さん12名が日常的にこの拠点を利用していますね」


「ああ、それは業務時間中の託児です。メンバーが業務に集中するために必要な措置です」


「託児、ですか」


「はい。コーダは子供の世話のために業務を離脱することがある。それを防ぐために拠点で子供を預かっている。業務効率の向上が目的です」


「子供たちは拠点で食事もしていますね。これは十分居住にあたるのでは?」


「業務時間中の食事は福利厚生の一環です。それに寝泊まりはさせていません。就寝は各自の自宅です。確認されますか?」


 ここは対策済みだ。余裕の表情で涼しく返す。ダーツの目が細くなった。


 もう一度、長い沈黙。


 ダーツが椅子の背にもたれた。


「よろしい……本日のお尋ねは以上といたします」


 コーダが小さく息を吐いた。ネキーンの肩から力が抜ける。


 ――勝った。


 と思った瞬間。


「カネスキ様」


 ダーツが、俺の目を見た。


「今回の申告は、形式上の問題はありません。書類も揃っている。計算も合っている。理屈も、一応は通っている。認めましょう」


 一応は。その言い方が、背筋に冷たいものを走らせた。


「ですが――私は数字の向こう側も見ます」


 ダーツが立ち上がった。


「80本もの剣――盾やその他も含めると165件でしたか。これが同日に破損した理由。帳簿外の資産が突然登録された理由。パーティメンバーの構成が、税制上あまりにも都合が良すぎる理由。……全てに、合理的な説明がつく。あなたのパーティは実によく出来ている」


 褒められている気がしない。


「だからこそ、次に不自然な申告があれば――本調査に入ります。帳簿だけでなく、生活の全てを調べます。お覚悟ください」


 ダーツが一礼して、部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


「…………」


 俺たちは誰も口を開けなかった。


「……ジーコ。なんとか……なったな」


「……ああ。だが向こうは『今回は見逃す。次はない』と言っているようなもんだ。これから、さらに厳しくなるぞ」


 ジーコの額に、初めて汗が滲んでいた。



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