第6話 そうだ、減価償却をしよう!
――パーティを結成してから3日後。俺たちは初めてのダンジョンに挑んでいた。
Bランクの難関ダンジョン『灼熱の迷宮』。
名前の通り、中は地獄みたいに暑い。壁から噴き出す蒸気、足元を流れる溶岩、そして炎属性のモンスターがうじゃうじゃ。普通のパーティなら攻略に1週間はかかる難所だ。
ま、チート勇者の俺には関係ねーけどなっ!
「暑っつ……」
コーダが盾で顔を扇ぎながら悲痛の声を漏らす。ネキーンは汗だくになりながらも大剣を構え、ジーコは後方で涼しい顔をしている。
……あいつ、絶対自分だけ冷却の魔道具かなんか使ってるだろ。ずるいぞ。
「カネスキ、この先は罠が多い。ワシに任せろ」
ネキーンが前に出た。長年の冒険者経験は伊達じゃないらしく、壁の微かな変色を見ただけで落とし穴の位置を正確に見抜いていく。
「ここじゃ。踏むなよ」
「ネキーンさん、すごい……」
コーダが感心している。俺もだ。正直、無敵の俺1人なら強行突破で何とでもなるが、仲間を持った以上、こういう隠れた危険は前世のゲーム知識でもどうにもならん。この爺さん、マジで頼りになるぜ。
「この先に抜け道がある。前に一度だけ通ったことがあるが……まだ塞がれておらんようだな」
ネキーンの案内で、本来なら3日かかるルートも半日で突破できた。
そしてボス部屋。巨大な扉。その向こうに、このダンジョンの主がいる。
「よし。俺が先に行く。お前らは下がってろ」
「え? 一人で?」
「任せろいっ!」
扉を蹴り開ける。中にいたのは、全長10メートルはある炎の巨人。『灼熱の守護者ヴァルカン』とかいうネームドらしい。
熱波が肌を焼く。常人なら呼吸するだけで肺が焦げそうだ。
巨人が咆哮した。空気が震え、天井から岩が崩れ落ちる。炎を纏った拳が振り上げられ――
俺は聖剣を一閃した。
ズドンッ!
「はい。終わり!」
炎の巨人が、真っ二つになって崩れ落ちる。断末魔すら上げる暇もなかった。
「……」
「……」
「……」
3人が絶句している。
「つ、強すぎない……?」
「ワシの現役時代でも、あのボスにはかなり手こずったぞ……」
「勇者の肩書きは伊達ではないらしい。問題はその後、報酬だ」
ジーコだけが冷静だった。さすが元商人。金の話になると目の色が変わる。
◇ ◇ ◇
ダンジョンから帰り、ギルドで報酬を受け取った。
明細を見る。Bランクダンジョンのボス討伐報酬。レアドロップ品の買取額。諸々合わせて――
俺は神妙な顔になった。
「ナニこのすごい額!? え、喜ばないの?」
コーダが不思議そうに聞いてくる。まぁ嬉しくないことはないんだが……
「また稼いじまった……ショトク税が……累進で税率上がるだろうな……」
稼いだら稼いだ分だけ持っていきやがる。な〜んもしていないお上に強制的に持ってかれるのは実に許せん! ただの搾取じゃんね!? こんなん。
「カネスキよ」
ネキーンが声をかけてきた。
「そんなに税を取られるのが嫌なら、最高品質の武器でも買えばいいんじゃないのか? 仕事関連で金を使えばショトクは減るんじゃろ?」
……確かにィ! その発想はなかった。これまでチマチマと小銭を経費にしていたが、これなら一括でかなりの額を相殺できそうだな!
「それだ!」
俺が浮かれてルンルンでいると、ジーコが口を挟んできた。
「おいカネスキ、その方法でもおそらく経費にはできる。ただし……」
「ただし?」
「高額な資産は一括で経費にできない。減価償却っていって、毎年少しずつしか費用にできない仕組みだ」
「はァ!? 100万の剣を買っても今年100万落とせるワケじゃないのか!?」
「そうだ。耐用年数(業務で使える期間)が5年なら毎年20万ずつしか落とせない。一括でやりたい俺らみたいな節税屋にとっての足枷とも言えるな」
なんやそれ! くっそ……せっかくの必殺技だと思ったのに。減価償却か。前世でもワードだけは聞いたことがあったな、全然覚えてないが。しがないサラリーマンの俺には関係のない話だったし。
「そう落ち込むなカネスキ。逆に言えば、今年使った金が来年も再来年も自動で経費として効き続ける。何もしなくても毎年勝手にショトク額が減っていくってことだ」
「……ほう?」
「耐用年数は類似資産の前例を根拠に、なるべく短い年数で申請する。短ければ短いほど1年あたりの償却額がデカくなる。装備は冒険者稼業に直接必要だから、経費としてもまず通るだろう」
「毎年何もしなくても税金が減り続ける自動装置の誕生ってことか?」
「そういうことだ」
ジーコがニヤリと笑う。
なるほど。稼いだ金で装備を買う。装備代は減価償却で毎年経費になる。つまり――
「爆買いすればするほど、税金が減る……?」
これだ。これが俺の求めていた答えだ!
お買い物三昧で節税。最高じゃねーかッ! なんか金持ちがワケわからん絵とかを買ってる理由がわかった気がするぜ!! ゲハハハハハハ!!!
◇ ◇ ◇
街で一番高級な武器屋『ミスリルの牙』。
店内には磨き上げられた剣や盾がズラリと並んでいる。値札を見るだけで目眩がしそうな金額だ。店主が揉み手をしながら近づいてくる。
「いらっしゃいませ! おや、勇者様ではありませんか! 本日はどのような……」
「全員分、とにかく高くて最強の装備をくれ」
「ぜ、全員分……!?」
店主の目が金貨の形になった。比喩じゃなくて、本当にそう見えた。
「か、かしこまりましたッ! すぐに最高級品をご用意いたしますッ!」
店主が奥に走っていく。しばらくして、キラキラ光る装備の山を抱えて戻ってきた。
コーダには『聖女の守護盾』。神聖魔法が付与された最高級の盾だ。ネキーンには『竜殺しの大剣』。伝説のドワーフが打ったとかの業物で、ドラゴンの鱗すら両断できるらしい。ジーコには『影縫いの短剣』。護身用だが、魔法で相手の動きを封じる効果がある。俺には『叡者の指環』。効果はよくわからんがこの店で一番高く、一番光っていた。
「支払いはパーティの共同資金から出す。全部パーティの業務用資産だ。領収書の宛名は……空白で頼む」
「空白?」
「この方がナニカと都合がいいんだ」
いやらしい守銭奴の笑みを浮かべてみせるジーコを前にして、俺はこいつを仲間にして本当によかったと心底感動した。
全員がピカピカの装備を身につけて並ぶ。馬子にも衣装。なかなか似合っているじゃないか君タチ。
「こ、こんないい盾、初めて持ちました……」
コーダが盾を抱きしめて震えている。
「おお……この重み……この切れ味……ワシの全盛期の武器より数段上じゃ……」
ネキーンが大剣をブンブン振り回しながら涙ぐんでいる。危ないなぁ。
「あの、カネスキさん」
コーダが遠慮がちに声をかけてきた。手には何かの紙切れを持っている。
「これも経費になりますか?」
見せてもらう。子供用の学用品の領収書だ。クレヨン、画用紙、絵の具。
「いや、これは……さすがに無理だろ」
「ですよね……すみません。厚かましいことを……」
コーダがしゅんとした。いや、謝るでない。税に対するその貪欲な姿勢は嫌いじゃない。それでこそ勇者パーティの一員だ。
「しかし高額装備にも限界はあるな……そう何本も剣とか買っても疑われるし……あ。家は?」
「家?」
「バカでかい家を借りて、パーティの拠点にする。冒険の準備も打ち合わせも全部そこでやれば、家賃が経費になるんじゃないか?」
ジーコの目が光った。
「カネスキお前……天才か? しかも賃貸なら減価償却と違って払った分がそのまま今年の経費になる。即効性も抜群だな」
「フッ。だろ?」
俺はコーダに向き直った。
「コーダ、子供が12人もいると何かと手狭だろ。とびきりデカい家を借りるから、そこに子供を連れて来るといい」
「え……っ」
「まてカネスキ。住居扱いの部分が増えると経費にできる割合が減る。コーダ、今の家はそのまま残しておけ。で、寝る時だけは自宅に帰れ。それ以外ずっと拠点にいる分には問題ない」
そうなのか。ジーコってマジで頼りになるなぁ。
「カネスキさん、ジーコさん……子供たちのことまで、そんなに考えて……」
コーダの目がまた潤み始めた。
「あの子たちに広い場所でご飯を食べさせてあげられるなんて……っ、ありがとうございます……!」
「何を言う。パーティ仲間なんだから当然じゃないかっ!」
「……ッ!!」
何もしないで国に吸い取られるくらいなら、身近な同志にパーっと使った方がいいに決まってるじゃんね!
ピカピカの装備を抱えて武器屋を出る。夕陽が鎧に反射して眩しい。
減価償却。響きは難解だが、やってることは最高に気持ちがヨイ。
買い物して、税金が減る。こんな素晴らしい制度が、前世にもあったらなぁ――。
いや、あったわ。俺がサラリーマンだったから使えなかっただけで。こんなことなら起業の一つや二つでもしておけばよかったぜ。
……ん? 起業……!?




