第5話 そうだ、業務委託で組もう!(2)
三人目。
夕暮れ時のギルド。掲示板の前で、俺の募集チラシを食い入るように見つめている爺さんがいる。白髪。深く刻まれた皺。だが背筋はまっすぐで、腰には柄の革が擦り切れるほど使い込まれた大剣。
現役を退いた剣士の佇まいだ。
「あ、あんた。この募集の主か?」
「ああ」
「『年齢不問』って書いてあるが……本当か?」
「本当だ」
爺さんの目が揺れた。
「……ワシはもう72じゃ。どこのパーティにも入れてもらえん。この歳のせいでな」
72歳!? いいね! 高齢者控除に再雇用支援金、シニア冒険者向けの補助制度。全部規約の中にあったな。頭の中で数字が踊り始める。
「『爺さんは足手まといになる』『介護しながら冒険できるか』……そんなことばかり言われる。ワシはまだ戦える。54年の経験は伊達じゃない。だが誰も、ワシを見てくれん」
「……年金は?」
その瞬間、爺さんの目つきが豹変した。
「年金? 年金じゃと?!」
え、なに急に。
「ワシは54年間ッ! 54年間も冒険者ネンキンを払い続けたッ! 毎月毎月、報酬から引かれてッ! それが今年の法改正で受給が85歳に引き上げッ! ワシは72歳ッ! あと13年間も払い続けろとッ!? しかも受給が始まっても月額が減額されとるッ! 54年間の支払い総額と受給見込み額を計算したら明らかに払い損じゃッ!!」
爺さんは怒涛の勢いで捲し立てると、机をダンッと叩いた。周囲の冒険者たちがビクッとして振り返る。
……わかる。痛いほどわかるぞ、その怒り。
前世の俺も、毎月給料から引かれる年金の額を見て同じことを思ってた。「これ、本当に返ってくるのか?」ってな。
結局返ってこなかった。死んじまったからな。テヘ。
「何じゃ、さっきから黙って」
爺さんが俺の顔を覗き込む。
「……あんた、54年も戦い続けてきたんだろ」
「……ああ」
「ネンキン払い続け、身体も張り続けて、それでどこにも居場所がないってのは――おかしいだろ、普通に」
爺さんが目を見開いた。
これは本心だ。控除がどうとか関係なく、純粋にそう思った。
54年間モンスター共と戦い続けて、年金受給は引き上げられ、パーティにも入れてもらえない。あんまりだ。前世の俺がもし72歳まで生きてたら、同じ目に遭ってたかもしれない……
「うちに来い。勇者パーティは年齢なんか関係ねぇ!」
「……本当に、いいのか?」
「もちろんだ。それに、俺も税金が世界で一番嫌いだ。爺さん、あんたとは気が合いそうだぜ」
爺さん――ネキーン・オイシは、しばらく口を開けたまま固まっていた。
それからゆっくりと、深く頭を下げた。
「……ありがとう。ありがとうなぁ……」
声が震えている。
年よりに親切するのは人として当然のことだしな。よかったよかった!
◇ ◇ ◇
その夜。街の酒場で、4人がテーブルを囲んでいた。
ランプの灯りがジョッキの泡を橙色に染めている。隣のテーブルでは冒険者たちが今日の戦果を自慢し合っていて、やかましいことこの上ない。
俺、金好円。子沢山の盾使い、コーダ。借金まみれの元商人、ジーコ。年金に怒り狂う屈強な爺さん、ネキーン。
……なんだこのメンバー。全員が何かしらの金銭トラブルを抱えてやがる。ま、俺も人のこと言えねぇが。
「自己紹介はいい。目的だけ確認する」
俺はジョッキを置いて、3人の顔を見回した。
「俺たちパーティの目的は魔王討伐じゃない」
「え? 勇者なのに?」
コーダが目を丸くする。
「目的は1つ。税金から逃げること。手取りを最大化し、1リーフも国に渡さないことだァァァァ!!!」
3人が驚いた顔で見合わせる。
そして、ジーコが最初に口を開いた。
「……面白い」
ネキーンが続く。
「ワシのネンキンを返してくれるなら何でもやるぞい」
コーダが最後に、覚悟を決めた顔で頷いた。
「……子供たちのご飯が増えるなら……私もやる」
よし。俺はジョッキを掲げた。
「打倒税金!! 打倒王国税務省ーッ!!!」
4つのジョッキがぶつかる。泡が飛び散って、テーブルに小さな水たまりを作った。
安酒の苦みが喉を焼く。だが不思議と、悪くない味だった。
かくして――史上最も金に汚いパーティが結成されたのだった。
◇ ◇ ◇
――その夜。宿への帰り道。
ネキーンは一人、夜風に白髪を揺らしながら歩いていた。
酒場の喧騒が遠ざかっていく。通りには冒険者たちの笑い声が点々と落ちているが、ネキーンの耳には、さっきの若い勇者の言葉ばかりが繰り返し響いていた。
――54年も戦い続けてきたんだろ。
――どこにも居場所がないってのは、おかしいだろ、普通に。
……あの男、変わっとる。
最初に声をかけられた時、またいつもの「お見送り」かと思った。72歳の冒険者など、どこのパーティでも荷物でしかない。それはワシ自身がいちばんよくわかっている。
だが、あの勇者は違った。年齢を聞いても顔をしかめなかった。年金の話に怒っても、呆れるどころか「わかる」と言った。あの目は――嘘でも同情でもなかった。
……それに、あの契約書。
「業務委託契約」。聞いたことのない言葉だった。一方的に雇われるのではなく、対等な立場で仕事を受ける。報酬は日割りで、休暇も事前に言えば自由。
「要は個人事業主の集まりみたいなもんだ!」とかなんとか清々しい顔で言っていたが、全く意味がわからんかった。だが――このパーティの環境なら……
ネキーンは足を止め、夜空を見上げた。
星が、やけにはっきりと見える。
「……まだ、戦えるかもしれんな」
54年間の怒りが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。




