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第30話 そうだ、言い訳しよう!


 ――2ヶ月後。



 その日は、いつもと同じ朝のはずだった。


 拠点で朝飯を食っていた。コーダが作った卵焼きがいつも通り美味い。ネキーンがお茶を啜っている。カネスキッズが庭で騒いでいる。ジーコは帳簿を広げている。


 いつもの朝。いつもの光景。


 扉が叩かれた。


 コンコンコン。丁寧な、だが有無を言わせない3回のノック。


 この叩き方を、俺は知っている。反社はもっと乱暴だった。ダイカンの使いはもっと慇懃だった。この叩き方は――


「……ジーコ」


「ああ。来たな」


 扉を開けた。



 ダーツ・ゼイ・キライが立っていた。


 その後ろに、武装した衛兵が4人。さらにその後ろに、書記官らしき男が羊皮紙の束を抱えている。


 ダーツの手には、一通の令状。王国税務省の紋章が押されている。



「おはようございます、カネスキ殿」


 丁寧な声。だが、目が笑っていない。いつも通りではある。だが、いつも以上に温度がない。


「本日、王国税務省の権限により、黄金の天秤および関連組織に対する強制調査を実施いたします」


「強制調査……?」


「令状はこちらです。ご確認ください」


 紙を受け取った。手が震えなかったのは、たぶん意地だ。


 ……待て。前の「お尋ね」とは次元が違う。あの時はギルドの税務窓口に呼び出されて質問に答えただけだった。今回は令状付きの強制調査。衛兵までいる。ステージがまるっきり変わってやがる。


「なお、本件の調査は冒険者ギルド協会大広間にて公開形式で行います」


「……公開? なんでッ!?」


「カネスキ殿の事業は市民への株式発行を含む公共性の高い活動です。よって公開の場で行うことが適切と判断されました」


 公開。市民の前で。俺たちの帳簿を広げて。


 ……最悪だ。これは最悪の展開かもしれん。



「……何時からだ」


「本日午後2時より。……準備のお時間は差し上げます。せいぜい足掻くといい」


 ダーツが一礼して去っていった。衛兵は拠点の前に残った。見張りだ。逃げるなということだ。


 扉を閉めた瞬間、コーダが俺の袖を掴んだ。手が震えている。


「カ、カネスキさん……」


「……大丈夫だ」


 まずいィィィィッッ!! これは大丈夫じゃあない。マジにまずい。


 だがここで俺がパニックになったらコーダもネキーンもカネスキッズも全員が崩れる。


「ジーコ。帳簿を全部出せ。午後2時まで3時間ある。整合性を確認するぞ」


「……ああ」


 ジーコの顔が白い。こいつがここまで動揺するのを見たのは、フランチャイズ13組織の帳簿をぶちまけた朝以来だ。


 ネキーンだけが、黙って大剣を壁に立てかけた。


「……いくら腕が立っても、剣じゃどうにもならん相手じゃな」


「そうだな爺さん。今回ばかりは……な」



 ◇ ◇ ◇



 午後2時。冒険者ギルド協会大広間。


 入った瞬間、胃が縮んだ。


 広い。やたらと広い。石造りの大広間に、傍聴席がずらりと並んでいる。そしてその席が――埋まっている。満員だ。


 市民。商人。冒険者。ギルド関係者。


 ダイカン・アクトクまでいやがった。一番後ろの席で、あの脂ぎった顔をいつになく深刻そうに歪めている。目が合った。ダイカンが小さく頷いた。「頑張れ」なのか「終わったな」なのか判別できなかった。ぶっちゃけ後者っぽかった。野郎、貴様だけは味方であれよ!


 正面の席にダーツが座っている。机の上に書類の山。その横に書記官。さらにその横に、見知らぬ男が2人。税法の専門家だろう。


 俺たちの席は向かい側。俺とジーコが前列。コーダとネキーンが後ろに控える。


 お尋ねの時はギルドの窓のない小部屋だった。あの時はまだ、俺たちとダーツの間だけの勝負だった。


 今は数百人が見ている。



「――では、始めましょうか」


 ダーツが書類を開いた。


 大広間が、水を打ったように静まった。



「まず、売上について」


 来た。


「黄金の天秤の今期売却額は、前期比で32%減少しています」


 ダーツが書類を指でなぞる。


「一方、ダンジョン攻略頻度は前期と変わっていません。それどころかSランククエストの実績も加わっている。戦力は上がっているのに、売上だけが落ちている。……カネスキ殿、この差をご説明いただけますか」


「ドロップ運の問題です。Aランク素材の出現率は一定ではありません。今期はたまたま高額素材のドロップが少なかった」


「なるほど。『運』ですか」


 ダーツが書類を1枚めくった。


「過去3年間のAランクダンジョンにおけるドロップ統計を調べました。平均的なAランク素材のドロップ率は、攻略回数に対して約18%です。黄金の天秤の今期攻略回数から算出すると、Aランク素材のドロップ数は統計的に24〜30個が妥当な範囲です」


 ……統計データ!? 持っていやがったのか。


「しかし、黄金の天秤が正規市場に売却したAランク素材は……たったの7個」


 傍聴席がざわついた。


「……フッ。統計はあくまで平均値なのでは? ダーツ殿。個別のパーティに必ず当てはまるとは限りません」


「その通りです。統計と個別は異なります。これだけでは何も証明できません」


 ダーツがあっさり認めた。


 ……嫌な予感がする。こいつが簡単に引く時は、次の弾が装填済みの時だ。


「では次に、経費について」


 書類をめくる音が大広間に響く。


「黄金の天秤および関連8ギルドの経費を精査しました。特にお聞きしたいのは、関連ギルド間の取引についてです」


「……どうぞ」


「『聖竜騎士団』から『東方調査団』へのコンサルティング費用、200万リーフ。『東方調査団』から『蒼穹遊撃隊』への業務委託費、180万リーフ。『蒼穹遊撃隊』から『鉄壁防衛連合』への……」


 ダーツが、5つのペーパーギルド間の取引を全て読み上げた。金額まで正確に。一つの数字も間違えていない。


 こいつ、やはり全部調べ上げてやがるな。


「これらの取引について、具体的な業務内容をご説明いただけますか」


「冒険者指南、節税コンサルティング、ギルド経営のアドバイザリー業務です」


 ジーコが即答した。声は安定している。さすがに場数が違う。


「成果物はありますか。報告書、資料、議事録など」


「口頭でのコンサルティングが中心です。形に残る成果物は限定的ですが――」


「つまり、500万リーフ分の口頭助言の内容を、今この場で再現していただけますか」


 沈黙。


 ジーコの額に汗が浮いた。大広間の傍聴席が固唾を呑んでいる。


 危なかった。500万くれたらやってやってもいいがな! とかうっかり言ってしまうところだった。


「……全てを逐一記録しているわけではありませんので、完全な再現は難しいかと」


「500万リーフもの取引に、物的記録がない」


 ダーツの声は穏やかだった。責めてるんじゃない。事実を述べてるだけだ。だからこそ、重い。傍聴席の市民にも「おかしくないか?」が伝わる。


「記録がないことが直ちに虚偽を意味するとは申しません。しかし、5つの関連ギルド間で合計4000万リーフ以上の取引が行われ、その全てに成果物がなく、口頭助言のみで完結している。……これは極めて異例と言わざるを得ません」


 傍聴席のざわめきが大きくなった。


「さらに」


 ダーツが新しい書類を取り出した。


「これら5つのギルドの代表者は、全て『オイシ』姓です。設立日も同一日」


 ネキーンが後ろで小さく息を吞んだのが聞こえる。


「所在地を確認しました。3箇所は空き家。1箇所は更地。残り1箇所はパーティメンバーのネキーン殿ご本人のご自宅でした」


 大広間がどよめいた。


「……代表者が同じ姓であることは、血縁者による共同事業です。不自然ではありません」


 ジーコが食い下がる。だが声にいつもの切れがない。


「もちろんです。血縁者の共同事業は何ら問題ありません。ただ、各ギルドの実態を確認させていただきたい。所属冒険者リスト、過去6ヶ月の依頼達成記録、活動報告書をご提出いただけますか」


 出せるわけがない。実態がないのだから。


 俺はジーコを見た。ジーコも俺を見ていた。


 ……ここは詰んでいる。


「……準備に時間をいただきたい」


「もちろんです。5日間の猶予を差し上げましょう」


 5日間。捏造するには短すぎるし、逃げるには長すぎる。ダーツはそれをわかっている。


「……では、最後の質問に移ります」


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