第29話 そうだ、税務官を買収しよう!
インサイダー取引で6億8400万リーフを稼いだ翌週。
俺はふと、不安になった。
マルチで反社に目を向けた。株式で制度部門をパンクさせた。ダーツの手足は縛れている――はずだ。
はずなのだが。
あの男の目を思い出す。港町で偶然会った時の、魚の紙袋を抱えたあの顔。穏やかに見えて、その裏で49人の子供を一瞬で数えていたバケモンの目。「数字の向こう側も見る」と宣った時のあの声。
ダーツ・ゼイ・キライは忙しいだけであって、死んでない。あいつのリソースが戻った瞬間、全力で追いにくる。
マルチも株式も、所詮は時間稼ぎだ。根本的な解決にはなっていない。
……根本的な解決。
調査が来なきゃいいのだ。そもそも、調査に来る人間が味方だったら?
「そうだ、税務官を買収しよう!」
焚き火を囲んだ夜。俺が切り出すと、ジーコの箸が止まった。
「カネスキお前……正気か?」
「正気も正気。真面目に言ってる。調査に来る前に、金で黙らせるんだよ」
「あのダーツをか?」
「いや。あいつは流石に無理だ。買収できそうな税務官を探す。あいつの部下でも同僚でもいい。要は、ダーツと俺たちの間にクッションを立てる」
「……なるほど。ダーツの調査権限を、内部から骨抜きにするってワケか」
「そうだ。前世の営業時代、接待で取引先を落とすのは日常茶飯事だったからなぁ。人間ってのは……意外と安く買えるもんだぜ。特に、金に困ってる奴は……」
◇ ◇ ◇
ジーコの情報網を使って、買収できそうな税務官を探した。
条件は3つ。ダーツの管轄と重なる担当を持っていること。金に困っていること。そして――小物であること。
1週間後。
「見つけた」
ジーコが一枚の紙を持ってきた。
「ギルド税務調査部、調査官。ゴーマン・ワイロスキー」
……また露骨な名前だな。この世界の親御さんたちはもうチョイ子供の将来を考えて名前をつけなさいよネ〜
「賭博好きで借金持ち。金には相当に困ってるらしい。こういう奴は簡単に堕ちる」
ゴーマン・ワイロスキー。40代半ば。太った体型。脂ぎった顔。
ジーコが入手した人物像を聞くだけで、小物感がプンプン漂ってくる。ダーツとは対極にいるタイプの税務官だ。
「こいつなら、いける」
確信した。俺の営業魂が言っている。こいつは落ちる。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺はゴーマンを街で一番の高級酒場に呼び出した。
個室。重厚な木のテーブル。壁には鹿の角の飾り。こういう店は前世の接待で散々使ったタイプだ。金はかかるが、その分「あなたは特別ですよ」と相手に思わせる効果がある。接待の基本中の基本。
「いやぁ、勇者様から直々にお誘いいただけるとは光栄ですなぁ!」
ゴーマンは最初から上機嫌だった。
席に着くなり高級酒を次々と空け、運ばれてくる料理を夢中で頬張っている。肉汁が顎を伝っているのに本人は気づいてすらいない。
……ダーツだったら絶対にこうはならない。あの男は接待に呼んでも背筋を伸ばしたまま水だけ飲んで「では本題をどうぞ」と言うタイプだ。格が違いすぎて比較にもならん。
「調査官殿も毎日大変でしょう。帳簿とにらめっこで」
「いやいや、慣れたもんですよ。数字を見れば、大体わかりますからな」
大体わかる。こいつが言うと、本当に「大体」しかわかってなさそうなのが逆に安心する。ダーツは「全部」わかった上で「気づいていないフリ」をする男だからな。
「さすがですね。……ところで」
俺は懐から革袋を取り出した。テーブルの上に置く。ずしりと重い音。金貨がぎっしり詰まっている。
「これは、日頃の感謝ですよ。ゴーマン殿」
ゴーマンの目が、ギラリと光った。
酒の赤みとは別の色が、顔に差す。欲望。こういう瞬間を、俺は前世で何度も見てきた。取引先の部長が封筒の厚みを指で確かめる時の、あの一瞬。
「……これは、これは」
袋を手に取る。重さを確かめる。紐を緩めて中身をちらりと覗く。
そして、にやりと笑った。
「勇者様は、話がわかるお方ですなぁ」
「お互い様ですよ、ゴーマン殿」
取引成立。
あまりに簡単すぎて、拍子抜けしたくらいだ。ダーツとの知恵比べが頭脳戦のフルコースなら、こっちは自販機にコインを入れただけだった。
◇ ◇ ◇
それから、ゴーマンは俺たちの守護神になった。
「勇者様のパーティは、今期の調査対象から外しておきましたよ」
「ありがとうございます。今月分です」
「いやいや、お互い様ですからな。はっはっは!」
毎月、金を渡す。ゴーマンは受け取るたびに上機嫌で笑う。
調査が来ない。帳簿を見られない。脱税がバレない。
……完璧だ。
そう思った俺は、ブレーキを完全に外した。
闇市への売却額をさらに増やした。架空経費をもっと積み上げた。ペーパーギルド間の循環取引の規模を膨らませた。もはや誰にも止められない俺!! 圧倒的ッ!! まさに無敵ッ!!
「カネスキ。ペースが速すぎないか」
ジーコが珍しく心配そうな顔をした。
「大丈夫だって。ゴーマンが守ってくれる」
「……本当に大丈夫か。あの男一人に頼りすぎてないか」
「大丈夫だよ。金さえ渡しておけば、あいつは俺たちの味方だ。なんたって『ワイロスキー』だぜ? 名前からして賄賂のために生まれてきた男だろ」
ジーコが黙った。何か言いたそうだったが、飲み込んだ。
今思えば、こいつの勘が正しかった。だが当時の俺は聞く耳を持たなかった。
金で人を買えると思っていた。人間を管理できると思っていた。
前世でもそうだった。FXで溶かした時も、消費者金融に手を出した時も。俺はいつも「大丈夫」と言いながら、足元の穴に気づかない。気づかないフリをする。
……この悪い癖が、俺の人生を何度目かの地獄に叩き落とすことになる。




