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第3話 そうだ、経費申請をしよう!(2)

 ギルド内。俺の後ろに突如として現れた男。


 丁寧に整えられた髪に隙のない身なり。柔和な微笑み。――だが、目の奥だけは笑っていない。


 窓口のお姉さんとはまるで纏ってる空気が違う。こいつはタダの事務員じゃねぇ。何かアブナイ匂いがする。


「王国税務省、冒険者ギルド税務調査部、主任調査官のダーツ・ゼイ・キライと申します」



 税務省。


 その3文字で、さきほどまでの高揚が一瞬で吹き飛んだ。



「規約書を全巻読破された冒険者様は、私の知る限り前例がございません。1週間で数十件の経費申請というのも、まず聞いたことがない記録ですね」


 淡々とした口調だが、一言一言に針が仕込まれている。


「少しだけお話を伺ってもよろしいですか?」


「……は、話って何ですか? 俺は合法の範囲でやってるだけですケド?」


 思わず声が上ずる。


「ええ。存じ上げています。現時点では」


 "現時点では"。


 こいつ、サラッとトンデモない釘を刺してきやがった。


 "今は合法の範囲だが今後はわからんから見張るぞ"ってことだ。丁寧な言葉遣いのくせに鬼みたいなことを言う。税務関連ってのはどこの世界もこんなヤツしかいないんか。



「一つ伺いたいのですが、勇者様」


 ダーツが経費申請書の束を取り出した。俺が出した全部だ。


「申請書の書式に、独特の癖がおありですね」


「……癖?」


「ええ。この世界の商人や貴族が使う書き方とは明らかに異なっています。全く別の――異なる税の仕組みの下で、申告書類を何度もお書きになった経験がある方の手つきです」


 ……ッ!



「差し支えなければ、どちらでそのようなご経験を積まれたのですか?」



 ――こいつ、あかんやつや。


 書式の癖。たかが書類の書き方から、俺が"この世界の人間じゃない"可能性まで嗅ぎつけたのか!?


 何も言うな、カネスキ。ここでボロを出したら終わりだ。



「……も、黙秘権を行使しまァす」


「黙秘権?」



 ――しまったァ!! バカか俺は!! この中世の世界にそんな権利、あるわけがなかろうッ!!



「いえ……独学です」


 嫌な沈黙が満ちる。

 

「……そうですか。失礼しました」


 ダーツは丁寧に頭を下げ、奇跡的にそれ以上の追及はしてこない。


 だが去り際に、こう残した。


「今後ともよろしくお願いいたします、勇者様。――次の経費申請、楽しみにしております」



 足音が遠ざかっていく。


 俺はしばらくその場から動けなかった。



 ……わかった。こいつだ。こいつが俺の本当の敵だ。


 Aランクの黒竜なんざ、一撃で沈めてやった。だがあの男は違う。勇者のチートパワーじゃ倒せない。


 正攻法で経費を通すだけじゃジリ貧だ。あいつに全部監視されながら2割も通らない申請を出し続ける? 冗談じゃないね!


 かといって何もしなきゃ、報酬のほとんどを永遠にむしり取られちまう。



 一人でできることには限界がある。



 だったら――(節税的に)頼れる仲間を集めよう!!!



 ◇ ◇ ◇



 ――同じ頃。ギルドの奥まった一室、税務調査部。


 ダーツは自席に戻り、経費申請書の束を丁寧に並べていた。


「主任。例の勇者、いかがでしたか」


 部下の問いに、ダーツは少し間を置いてから答える。


「税の専門家ではありませんね。申請内容に体系的な知識の形跡がない。却下された件を見れば、手探りで試しているのは明らかです」


「では問題ないのでは――」


「ただし」


 ダーツは申請書の一枚を指で示した。


「書式に違和感がある。抜け漏れのない完璧な書類。この世界の商人が書く申請書とは根本的に構造が違う。全く異なる税制の下で、何度も申告書類を書いた者特有の手つきです」


「……異なる税制? それはつまり、他国の……?」


「どの国の書式とも一致しません。私の知る限り、この大陸のどの税制にも該当しない」


 部下が息を呑む。


「それと、もう一つ」


 ダーツは書類から目を上げた。


「彼は私との会話の中で『黙秘権』という言葉を使いました」


「黙秘権? ……聞いたことがありませんが」


「ええ。この国の法律にそのような概念は存在しません。おそらく他国にも。――にもかかわらず、彼は咄嗟にその言葉を口にした。まるで、それが当然の権利として存在する世界で生きていたかのように」


 沈黙。


「……主任、それは少々考えすぎでは……」


「かもしれません。ですが、以前の一件を思い出してください。3年前、規約書の盲点を突いて免税取引を繰り返していた商人がいたでしょう。あの時も、最初は『考えすぎ』でした」


 部下の顔が引き締まった。あの事件は税務調査部の中では伝説的だ。王都の大商人が2年にわたって築いた脱税スキームを、ダーツが申請書の筆跡の揺れ一つから解き明かした。


「彼はあの商人とは違うタイプです。もっと直感的で、もっと不可解だ。――だからこそ面白い」


「しかし主任、相手は勇者ですよ? Aランクのネームドを単騎討伐した王国の英雄に税務調査をかければ、上も黙っていないのでは」


「勇者であろうと税の前では平等です。例外を作れば制度が崩壊する」


 ダーツは書類を引き出しに仕舞い、静かに呟いた。


「今後の経費申請は、全て私が直接確認します。――1件たりとも、見逃さない」




 ――だがしかし。


 このとき、ダーツは知らなかった。



 その勇者の経験とは――前世の日本で確定申告を間違えて追徴課税を食らい、修正申告を3回もやらされたトラウマから身についた書式感覚だということを! 

 なんなら最終的にAIに丸投げして書かせた"完璧すぎる"書式の模倣だということをッ!



 そして、あろうことか、このチンピラ勇者が翌日ギルドの掲示板に貼り出す1枚の募集チラシ。


 【パーティメンバー募集】

 『アットホームなパーティです。未経験可。年齢不問。家族帯同可』


 このチラシを見て集まった3人の人生が、どれほど狂わされることになるか――。


 この時点では、誰も知る由もなかったのである。


ここま読んでいただだけたということは、皆さんも税金が大キライなハズ!


恐れ入りますが、途中でも「コメント」「ブクマ&☆評価」お待ちしております!


……エタらないですみます(土下寝)

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