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第2話 そうだ、経費申請をしよう!

 その日、冒険者ギルドの窓口職員は奇妙な光景を目にしていた。


 つい先日、単独でAランクのネームドモンスターを討伐し、ギルド内で一躍注目の的となった若き勇者。


 彼はなぜか報酬を受け取った後も窓口に居座り続け、一枚の紙切れを食い入るように見つめているのだ。


「……あの、カネスキ様? 他のお客様もいらっしゃいますので、ご用件がお済みでしたら……」


「ああ、悪い。一つ聞きたいんだが――冒険者ギルドの規約書って、閲覧できるか?」


「き、規約書ですか……?」


 職員は困惑した。


 規約書。冒険者ギルドの規則を定めた分厚い書物のことだ。存在自体は一般公開されてはいるが、あれを自ら読みたがる冒険者など前代未聞である。


 なにせこの規約書、役人ですら嫌がるほどの難解な法律文書な上に、専門用語だらけで字は小さく、全3巻で計800ページもある。

 そんなものを、戦うことに極フリしている冒険者の誰がわざわざ読むというのか。


「ええと……ございますが、かなり分量が多いですし、そもそも冒険者の方が読まれるようなものでは……」


「いいから出してくれ」


 平坦ながらも有無を言わさぬ声色だった。まるで重要な作戦を前にした将軍のような、静かな気迫がにじんでいる。


「は、はい……少々お待ちください……ッ!」


 職員は慌てて書庫に走った。

 そして、ハ()ー・()ッターくらい分厚い書籍を両腕に抱えて戻った時――勇者は待合の椅子に深く腰かけ、腕を組みながら目を閉じていた。


 これから膨大な法律文書と向き合おうというのに、その姿には一切の怯えがない。


「……お待たせしました。こちらが冒険者規約書になります」


「ありがとう!」


 短く礼を述べ、勇者は一冊目を開いた。



 ◇ ◇ ◇

 


 はい、そんなわけで俺は今、ギルドの片隅で分厚い規約書を読みまくっている。


 いや正直このページ数は完全に舐めてたわ。800ページ。やべーよ。前世の確定申告の手引きですらまともに読んだ記憶もないのに。

 しかも全部手書きの上に専門用語まみれ。ここまでで既に誤字脱字が3か所もあった。しっかり仕事しろよこの国の法務部。


 だが――俺は読む。1文字たりとも見逃さない。


 こういう難解な書類の中にこそ、お宝が眠っているものなのだ。

 前世の投資で痛い目を見た時だって、規約を隅まで読んでなかったせいで追証を食らったからな。

 搾取する側は、難しく、細かくすることで俺たちが抗うのを防いでいやがるのだ。そのことに気付いて以来、契約書は隅々まで読む主義になった。

 やっぱ人は大きな傷を負うと成長するもんですよね!



 ――と、2巻目の中盤に差し掛かった時だ。


 俺の目が、小さな条文の一節に吸い寄せられた。


 『業務遂行に直接必要と認められる支出については、所定の手続きを経て申告することで、課税対象となる所得額から控除することが認められる場合がある。ただし、認定には所轄ギルド支部の審査を要し、虚偽の申告には重加算税が課される』


 ゆっくりと規約書を閉じ、天井を見上げた。



「――これ、経費ですやん!!!」



 間違いねぇ。業務に必要な支出を申告すれば、課税対象から引いてもらえる。前世のサラリーマンには縁のなかった、魔法の言葉――『必要経費の控除』。


 これが、この世界にもあったのだ。


 ふふふ……ふふふふふ……ッ!


 いいじゃねーか。いいじゃねーかよッ! つまりやり方次第では、俺の実質資産を大幅に増やせるってワケだ!?

 

 やべぇ……手が震えてきた。ネームドだのなんだのより余程苦しい戦いだったが……勝った!!


 これが賭けに勝った時の感覚。競馬で万馬券を握った時と同じ――心臓がバクバクいって――気ン持ちイイイイイーー!!!


 よぉーーーーーーーーし、さっそく試しちゃうぞ!



 俺は規約書を抱えたまま窓口に突撃し、剣の研ぎ代を『業務用装備メンテナンス費』として申請してやった。


 分厚い申請書類を前に一瞬ひるんだが、税をむしり取られる苦痛に比べりゃ屁でもねぇ。



 ◇ ◇ ◇


 

 審査には3日かかった。


 長っ。どんだけ厳しいんだよこの世界。


 ――だが、


「……基準は満たしているようですので」


「ありがとうございます!」



 通った。通ったぞォ!!! 


 ギルド窓口のお姉さんが渋い顔で許可印を押してくれた瞬間、俺は人生で3番目くらいに嬉しかったね。


 はーっはっはっはっは! 経費制度バンザイッ!


 よし、この勢いでガンガンいくぞ。



 武器の購入費は『業務用装備費』。宿代は『出張宿泊費』。飯は……うーん、飯はどうするか。


 ――あ、そうだ。毒耐性をつけるために色んなものを食べる必要があるって建前にすれば……『毒耐性訓練の研修費』でいけるんじゃねーか?


 ナイスアイディアじゃねーかカネスキくんッ! 天才かよ俺ッ!


 そうと決まれば善は急げだ。さっそく街に繰り出して買い物しまくってやる。


 俺は意気揚々とギルドを飛び出し、最初に立ち寄った武器屋で店主にこう告げた。



「新しい剣が欲しいんですけど――これ領収書出ます?」



 店主はキョトンとした顔をしていた。


 ウフフ。まぁ今はわからなくていいさ。いずれこの言葉の偉大さを思い知ることになるだろう。


 経費、経費ッ! どんどん申請しちゃうからなッ!!!


 ――と、意気込んで経費ラッシュを仕掛けまくった結果。


 通ったもの。剣の購入費(業務用装備費)。研ぎ代(装備メンテナンス費)。地図の購入費(業務資料費)。


 通らなかったもの。宿代(『出張の定義を満たしていません』)。飯代(『研修費としての根拠が不十分です』)。ポーション代(『汎用性のある消耗品は原則対象外です』)。などなど。


 通過率たったの1割4分。プロ野球なら即刻クビレベルだ。


 しかも申請のたびに分厚い書類を書かされて、窓口のお姉さんドン引いた顔を向けてきやがる。こちとらまだ真面目に節税してるだけだってのに、そんな犯罪者を見るような目で対応されるのは心外だぜ。


 だからこう言ってやった。


「却下した件数分、却下理由を書面で出してくれ」


 窓口のお姉さんが青い顔で奥に引っ込んでいった。


 クックック……書面化を要求するだけで相手の顔色が変わる。前世の消費者金融との交渉で覚えた最強のチンピラテクニックだ。理屈はよくわからんが、とにかく『書面で出せ』って言えば相手がビビるらしい。実際、俺もビビり散らかしてた。



 ――よし。この調子で攻めまくって、税金をゼロに――。



「初めまして」



 背後から、声がした。


 振り返ると、一人の男が立っていた。

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