第26話 そうだ、株式を発行しよう!(2)
◇ ◇ ◇
「おおッ! 勇者殿ッ! お久しぶりですなッ!」
ダイカン・アクトク。
その街一番の権力者にして、俺と同じ穴のムジナ。邸宅のダイニングに通されると、相変わらずの豪勢な食卓が並んでいた。テーブルの端から端まで料理で、この世界に来て結構経つ俺が見たことのない料理で埋まっている。前にも思ったが、こいつマジ(俺にとって)最高な貴族だ。新鮮さの提供もだが、なにより、この男ほど「経費の使い切り」を体現している人間を俺は知らない。
「さあさあ、お掛けくださいませ勇者殿! ご用件は一緒に食べながら伺いましょう!」
「せやね! いただくとしますかっ!」
食事をしながら、俺は株式の仕組みを説明した。
貴族間の出資制度を市民にも開放すること。所有権を小口に分割して、持ち分に応じて配当を出すこと。相場をつけて自由に売買できるようにすること。
説明を聞いているうちに、ダイカンのフォークが止まった。
この守銭奴が食事の手を止めるのは、マジに金勘定をしている証拠だ。三度の飯より金を優先する男。同類のよしみでよくわかるし、なによりその態度、とおぉっっっても信用できる♡
「……勇者殿。『株』とう仕組み。それを市民にも買えるようにする、と」
「そうですね。1口の金額を小さくすれば酒場の親父でも手が届く。で、ダイカン殿には最初の大口出資者になっていただきたいのですが……」
「私が出資すれば、他の市民にも信用がつく、とのことですね?」
「『あのダイカン・アクトクが出資した仕組みだ、間違いないだろう』――などと市民は考えるだろうな。ダイカン殿は曲がりなりにもそこそこ位のある貴族様なのだでしょう?」
ダイカンが目を細めた。
「……言ってくれますなぁ。して、勇者殿。率直に伺いますが」
「なんでしょう」
「この案件、本当の狙いは、何ですかな?」
鋭い。さすがだ。俺がただの善意で動く人間じゃないことくらい、この男は百も承知らしい。
ここは正直にいった方がいいか……この男には、同じ側の言葉で話した方が通る。
「市民が大量に配当を受け取ると、税務省は対応に追われます。配当所得に対する課税法がこの世界にはまだない」
「……なるほど」
「法整備に人手と時間が取られる間、俺たち、もとい仕組みを建てた側への風当たりは弱まりますよね?」
ダイカンが目を丸くして――それから、盛大に笑い始めた。
「はっはっはっはッ! なるほどッ! 市民のためと言いながら、その実は税務省を兵糧攻めにするわけですかッ!」
「ダイカン殿だって税務省にチクチクやられるの、うんざりでしょう」
「うんざりどころか領主としての人権侵害ですよ!! 交際費の伝票1枚に"趣旨の確認"やらで数十通も書簡が届くのですからッ!!」
ダイカンが大きく手を広げた。
「ご出資させていただきましょう。喜んで。最初の株主は私に務めさせてください」
「ウフフ。ありがとうございます。……で、おいくらほど?」
「まずは5000万リーフ。もちろん様子を見て追加させていただきますぞ」
「おお! 十分です」
ダイカンが立ち上がった。脂ぎった顔に、いつものあの笑み。銭ゲバの、心底楽しそうな笑い。
「いやはや勇者殿。あなたがいると退屈しませんな。……して、配当はいつ頃から?」
「四半期ごとで」
「四半期とは?」
「ああ、失礼。一年を4つに分けた1区画ずつという意味です」
「おお、楽しみですな! なにやら貴殿はこの分野にイヤに強く通じているようだ。期待しています」
「フフフ。任せてください」
「ああ、それと勇者殿。この出資金も『冒険者支援事業への投資』、ないし可能であれば黄金の天秤への出資として経費に計上できますかな?」
「もちろんですとも! 結果的にダイカン殿の領地経営に与する投資であると名目づけられるのでね」
「ふふふ……ッ」
ダイカンが相変わらず下卑た笑い声を洩らす。
この男、出資する前からもう経費計上の算段を始めてやがる。頼れる同志とはいえ筋金入りクズであることは確定だな……気持ちがいいね♪
◇ ◇ ◇
ダイカンの出資を看板にして、株式の販売を始めた。
商業通りに簡易の窓口を設置。ジーコが手書きの説明書を配る。
『勇者カネスキの冒険者ギルド株式 1口500リーフから購入可能 配当は四半期ごと勇者パーティが稼ぐほど、あなたの配当も増えます』
文面だけなら例のクソマルチに近似していて非常に嫌な気分になる。マジに|ワルイカーネ・ファミリー《あいつら》に教えなきゃよかったな……ハハ。
最初の3日間、反応はまばらだった。
そりゃそうだ。見たこともない仕組みに金を出す奴はいない。鬼才ジーコが説明しても愚鈍な平民相手じゃ「ふーん」で終わる。実際、窓口に来るのは冷やかしを生き甲斐にするバカばかりだった。危うく誅殺するところだったので、思い止まったことに褒めて欲しい。
だが4日目。
最初に買ったのは、以前俺たちが助けた商人だった。
「勇者様を応援したくて。500リーフだけですが……」
500リーフ。たったの500リーフ。
だが、この最も心意気のよく|深謀遠慮で機知縦横の虚心坦懐《とにかくいいカンジに賢い》な男が全てのトリガーになった。
その翌日。
「あの人が買ったなら、私も」
3人。
さらに翌日。
「配当ってのは本当に出るのかえ?」
「出るよ。四半期ごとにな」
12人。
そのまた翌日。
ダイカン・アクトクが公の場で――領主としての定例報告の席で――「私も出資している」と発言した。
――ありえんレベルで爆発した。
1日で800人以上が窓口に殺到。出資額の合計が4000万リーフを突破した。恐るべし貴族階級の力。
「あの悪徳ダイカン様も買ってるんだって!」
「勇者サマの稼ぎに乗っかれるらしいぞ!」
「早い者勝ちじゃないの!? 枠なくなったらどうすんのッ!!」
曲がりなりにも貴族という信用を巻き込んだおかげで、焦ったバカ共が金を出す。ここは一旦黙っておこう。でも俺は聖人なので罪なき人から巻き上げる真似はしない。ポンジスキームなど絶対しないから安心してくれ! と言ったところで意味はないのだがな。
ネキーンが窓口の行列を遠目に見ながら、ぼそっと呟いた。
「……また変なことを始めおったな。あの小僧。特に看板だけ立派なのが詐欺師の常套じゃな」
ひどい言われようではあるが。間違ってない分、まっっったく反論できないのだがねッ!
◇ ◇ ◇
株式公開の開始から2週間。
出資者は400人を超えた。
で、俺の狙い通りのことが――いや、それ以上のことが起きた。
「ジーコ。税務省の動きは」
「予想通り……それ以上かもな」
ジーコが情報をまとめた紙を広げた。
「市民400人超が四半期配当を受け取る。税務省はこれを課税対象にしたいが、根拠となる条文がない。先週、配当所得に関する法整備のための調査委員会が正式に立ち上がった」
「向こう様のメンバーは?」
「税務省から12人。全員が通常業務を離れて専任。さらにギルド税法の専門家が2人外部から招集されてる」
「うーん。つまり14人も削られたってコト?」
マルチの捜査班にもリソースが割かれている。今度は株式の法整備チームにも14人。天下の税務省サマでも流石に無限人材がいるわけじゃない。
「問題の、ダーツのもとに残っている戦力は?」
「鈍ってはいる。彼自身も調査委員会への報告書作成に駆り出されてるらしい。上からすりゃ、一介の冒険者、まして救国の勇者なんて扱い辛い者の脱税より国家規模の制度問題の方が優先するのは納得できるからな」
「…………ウヒヒ」
「気色悪いな。その下賤の笑みはやめろ」
……完璧じゃないか。
マルチで反社に税務省の目を向けた。株式で制度部門をパンクさせた。ダーツは本来の獲物である俺を追いたいのに、上から降ってくる案件処理に手足を縛られている。
直接殴り合わずに、相手の周囲の環境を変えることで身動きを封じる。兵法で言えば囲魏救趙――いや、そこまでカッコいいもんじゃないか。ただの嫌がらせだ。だが、最ッ高の嫌がらせ!!!!
「……ただし」
ジーコが急に釘を刺してきた。
「法整備が完了すれば適切な配当課税が始まる。市民も課税対象になるが、ダーツの手は真っ先に俺らの元に戻ってくるだとう。これはあくまで時間稼ぎにしかならん」
「ンなこたわかってるよ。でも時間を稼ぐことに意味がある。だろ?」
「だな。カネスキ、お前のことだ……認めたくはないが……次の手はもう考えてあるんだろ?」
「オーホホホホッ! もちろんデストモ!」
俺は社交界でイジめるカス貴族夫人よろしく、高笑いを盛大にかました。
株式の真の使い道は、まだ見せていない。
市民に開放したのは布石にすぎない。
――本番は、これからだ。




