第25話 そうだ、株式を発行しよう!
チン・ピラデスたちにマルチを仕込んでから、3週間。
街の景色が変わった。商業通りにはマルチの勧誘が蔓延り、旧集会場ではハッピーカンパニーのセミナーが毎週のように開催されている。税務省はその急拡大の捜査に追われ、ダーツの足が鈍っている。
俺たちにとっては最高の展開――のはずだった。
ある朝。拠点のテーブルに、ジーコが帳簿の束をぶちまけた。整然と積まれていた13組織分の書類が、ドサッと崩れ落ちるに任せたのだ。
「……もう無理だ!!!!!!」
ジーコが苦悶の絶叫を上げながら椅子に座り込んだ。目の下に隈ができている。こいつの顔に疲労の色が浮くところを、俺は初めて見た。
「実態のあるフランチャイズギルド8つにペーパーが5つ。計13組織の帳簿を矛盾なく維持しなきゃならん。マージにも転記は手伝わせてるが、設計と整合性チェックは全部俺がやらざるを得ない。……正直、限界が来た」
「……」
「ペーパーを増やしゃ隠れ蓑は厚くなる。だが1箇所ズレたら全組織分が連鎖して崩れる。これ以上同じ手は広げられない。カネスキ、これ以上税から逃れるには別の手が必要だ」
ジーコがここまで追い詰められるのは想定外だった。こいつの頭脳に乗っかって好き放題やってきた自覚はある。会計の天才に全部任せてりゃ回ると思ってた。他力本願がモットーの俺ではあるが、甘えすぎてたな。すまん。
多数の嘘を同時に成立させ続けるのは、天才だろうが人間には荷が重い。
……となると、だ。ペーパーギルドの拡張はもう打ち止め。次の手は、帳簿を増やさない方向で考えなきゃいけない。
もっとシンプルで、もっとでかい金が動く仕組みを……
俺は椅子の背に体を預けた。
でかい金。シンプルな構造。ペーパーギルドの延長じゃないやつ。
……前世のサラリーマン時代。居酒屋で同期と愚痴り合っていた光景が、ふと浮かんだ。
『金持ちはな、給料で稼がねぇんだよ。株で稼ぐの。配当は税率が違う。俺らみたいな月給取りとは別世界なワケ。それに複利の魔力。こいつが最強なんだ』
あの時の俺は「じゃあ俺もやるか!」と意気込んで全力で突っ込み、見事に大金溶かして消費者金融のお世話になったわけだが……。
いや待てよ? あれは俺のセンスが壊滅的だっただけであって、株という仕組み自体が悪いわけじゃない。むしろ金持ちが金持ちであり続ける構造の核心がここにある。稼いだ金で株を持ち、配当と複利で暮らし、給与所得とは別枠の税率で悠々と過ごす。
前世では「乗る側」で盛大に爆死した。だが――もし「仕組みを作る側」に回れるとしたら?
「……ジーコ」
「なんだ」
「この世界に、出資って概念はあるか。誰かの事業……例えば俺ら冒険者ギルドに金を出して、儲けの分け前をもらうようなやつ」
「……あるにはあるな」
ジーコが腕を組んだ。
「貴族の間じゃ普通にやってる。上位貴族が下の貴族の事業に金を出す。目かけの商会設立には王族ですら出資するらしい。お前の言う通り、どれも事業が黒字になれば出資した側が分け前を受け取れる仕組みだ」
「ふむ。なるほど……で、一般市民は?」
「??? 何を言ってる。貴族同士の信用ネットワークで成り立ってる話だぞ? 身元保証のない一平民の事業に誰が金を出す? 門前払いだろ」
「ほ〜ん。ちなみに『相場』って知ってるか?」
「……すまんが分からんな。少なくともこの世界にそういった概念はない。お前の言い分を推察するに、それは平民含む市場全体での価値付かなにかなのだろう? ここじゃ分け前の比率は当事者間の交渉で決める。統一基準なんてものは存在しないな」
……いや、お前。頭良すぎだろ。ライアーゲーム参加してこいや。
つまるところ、この世界には「出資」っちゅうのはあるが「株式市場」がない貴族限定のクローズドな制度。相場もなけりゃ流通もない。
前世でいえば中世のパトロン制度。金持ちが金持ちに金を出す、それだけの世界ってワケだな。
こいつは使えるぞッッ!!! 久々の大チャンス到来であるーーー!!
長らく展開が動くのを期待していた皆さんッ!! 今ですよ! ブクマの用意はできましたか? さぁ!!
「その仕組みを、市民に開放する」
「……は?」
「俺たちのギルドの所有権を細かく分割して、”1口いくら”で誰にでも売れるようにするんだ。買った人間は出資者。儲けに応じて配当を出す……『株式』とでも名付けようか」
受け売りだけどね⭐︎
ジーコが黙り込んだ。
「……株式か。なかなか甘美な響きだな。出資の枠組み自体はこの世にあるが、それを平民に開放する『法律』が存在しない」
「だろうな。つまり逆に言えば?」
「……禁止する法律も存在しない、な」
「だな。それにもう一つ。配当を受け取った市民の所得に対する税法は?」
「……ない。ただえさえ上級貴族間の分け前は税務省の管轄外なところも多い。市民が配当を受け取るケースなんて当然想定もされていないし、厳格な法が制定されているわけがない。事例がないからな」
ジーコが天井を仰いだ。
「……カネスキ。お前さぁ」
「なんだ」
「たまに本当にとんでもないこと思いつくよな。黄金の天秤を起業した時もだが」
「……褒めてんのかソレ」
「7割は呆れだ」
3割は褒めてくれてるらしい。上等じゃないのッ!?
◇ ◇ ◇
「で、これがただの金集めならわざわざ市民にバラ撒く意味はない。権威にしがみ付くアホな貴族から勇者の威光で金を巻き上げりゃ済む話だ」
「そうかもな」
ジーコの表情が複雑な色をみせる。
「……含みがあるな。カネスキ。お前、一体何を企んでる?」
「考えてみろよ。市民が配当を受け取る。配当は所得だ。所得があれば課税対象になる。だが――」
「配当所得に対する税法が……ない」
「そうだ。で、配当を受け取る市民が数人ならまだいい。税務省も個別対応できるかだろうからな。じゃあ500人は? 1000人は?」
ジーコの表情がゆっくり変わった。
「……市民数千人規模が、税法に存在しない所得を一斉に得る。税務省は課税したくても法的根拠がない。法律を作るには調査と立法が要る。調査委員会の立ち上げ、専門家の招集、議会への上申……」
「で、そのリソースは?」
「……本来、俺たちの捜査に使われるはずのリソースに値する、か」
俺はまさに、ギコリと気持ちの悪い不適な笑みをこれ見よがしに浮かべてみせた。
「マルチで反社にダーツの目を向けた。今度は『株式』で、税務省のダーツ含む制度屋どもを法整備に縛りつける。やつらが条文と間抜けな格闘をしてる間、俺たちはフリーハンドになるって算段なのだが……どう思う?」
「……二方向から圧をかけるわけか。捜査部門はマルチで手一杯、制度部門は株式で手一杯。ダーツに回せる援軍がなくなる」
「んご名答ゥッッッ!!!」
コーダが台所からひょこっと顔を出した。
「……またなにか悪いこと考えてません?」
「ひ、人聞きの悪い。民に投資の門戸を開く崇高な社会貢献事業だぞ、コレは」
「その顔で言われても全然信用できないんですけど……」
「か、顔は関係ないだろッ!」
――とはいえ、見たこともない仕組みにいきなり市民が金を出すわけがない。
最初の一人。看板になる名前。「この人が出してるなら安心だろう」と思わせる信用の柱。
心当たりは、一人しかなかった。




