第23話 そうだ、マルチを始めよう!(2)
なにやら聞き覚えのあるフレーズに『喫茶店』のテラス席。
まさか、これは……
「――だからさ、今がチャンスなんだよ。早く入った方が絶対に得なの。ダイアモンド会員にまでなれば、自分が何もしなくても下からの紹介料――つまり不労所得だけで月収100万リーフも夢じゃないんだぜ?」
胡散くさそうな若い男が、向かいの冒険者風の男に身を乗り出して何かを説明している。テーブルの上には紅茶が2つ。そして1枚の紙――ピラミッド型の図が描かれた紙。
――やっぱり!! これ勧誘現場や!!
振り返ると、ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるジーコと目が合った。
あのピラミッドの図――俺たちがチン・ピラデスに見せたのと全く同じやつだ。
「俺が紹介者になるから、入会金は特別に5万リーフだけでいい。で、君がさらに3人連れてきてくれたら、その5万なんてすぐ取り返せるから」
「え、でも……何を売るんだ?」
「これだよ、これこれ! すっごいポーションだよ。飲んだら疲労がポンと抜けてと〜ってもハッピーになれるヤツ。この超優良な商品を色んな人たちに使って欲しいと思わない? その販売権利を俺たちだけで独占しちまうんだ!」
「ほ、本当にいいポーションなのか? そ、その、危険性は……」
「まぁ、ぶっちゃけ効果はよく分からんが、そんなことはどうでもいいの!! 大事なのは『今』始めると、後から乗っかる人からの紹介料が一生入ってくるってこと。まさに権利収入! 不労所得! 寝てても金が入るってくるんだ。どうせ始めるなら少しでも早い方がおトク……そうだろ?」
……ヤバい。あまりにも聞き覚えがありすぎる。
というか俺たちがチンに言ったセリフがほぼそのまま末端に伝言ゲームされている。「寝てても金が入る」ってかなり強強なキラーフレーズだからなぁ。
「どうする」
ジーコが小声で聞いてきた。
「……どうもしねぇよ。あいつらが勝手にやってることだ」
「だな」
俺たちは何も見なかったことにして、足早にその場を離れた。
――しばらくして。
離れた先の路地でも同じ光景があった。
今度は八百屋の横で、中年の女性が別の女性に説明している。
「あたしもね、最初は怪しいと思ったの。でもやってみたら本当にお金が入ってきて! 先月なんて《《1日5分しか働いてないのに》》30万リーフも稼げたのよ?」
「30万!?」
「そう! で、あなたが始めれば、あたしにもさらに紹介料が入るの。お互いにwin-winでしょう?」
win-win。この言葉が出てきたら大概どっちかがlose確定なんだよなァ。
さらに歩くと広場のベンチでも。酒場の入口でも。冒険者ギルドの掲示板の前ですら、ピラミッドの図を片手に熱弁を振るう会員の姿があった。
「…………」
「…………」
ジーコと顔を見合わせた。
「……め、めちゃくちゃ流行ってんな」
「たった4日でここまで広がるか。反社の営業力をナメてた」
「営業っていうか、もう半分脅しだろコレ……」
街の景色が微妙に変わっている。商業通りに『仲間と一緒に夢を叶えよう!』と書かれた手書きの看板が貼られていた。その下に小さく『会員募集中 入会金5万リーフ』
遠くで変なオバさんたちが『大大大大大・大・出・世!!』などという奇声を上げながら群がっているのも見えた。なにコレ、恐い……!!
俺たちが教えたマルチのスキームが、想定の10倍くらいのスピードで街を侵食していた。
「……まぁ、いいか」
「いいのか」
「いいだろ。俺たちには直接関係ない」
2人して目を逸らして帰路についた。
コーダとネキーンには黙っておこう。絶対怒られる気がする。
◇ ◇ ◇
――さらに2日後。
ジーコが珍しく慌てた顔で拠点に飛び込んできた。
「カネスキ。ちょっと来い」
「なんだよ急に」
「いいから来い! 西区画の旧集会場だ。面白いものが見れるぞ!」
連れていかれた先は、かつて自治会の集まりに使われていたらしい大きな建物だった。入口には真新しい看板が掲げてある。
『第1回 ゴールデンライフ・サクセスセミナー ~あなたも今日から成功者の仲間 に~ 主催:ハッピーカンパニー』
……猛烈にイヤな予感がする。
「ハッピーカンパニーって何だよ。フザけた名前しやがって」
「ワルイカーネ・ファミリーの新会社らしい。一応マフィアとの関係は完全に切った独立した会社ってことにしてるみたいだな」
「フロント企業というわけか。見るからに胡散臭いけど……」
外壁の窓からこっそり中を覗いて――思わず絶句した。
広い集会場に、200人くらいはいるだろうか。びっしりと椅子が並べられ、その全てが埋まっている。前方にはステージが設けられ、花が飾られ、横断幕には『仲間と共に、夢を共に!』などと寒気のするスローガンが掲げられている。
壇上にはメガネくん――ボウ・タクリバが立っていた。高級スーツをビシッとキメて片眼鏡を光らせながら、滑らかにプレゼンテーションをしている。
「――皆さん。ゴールデンライフは単なるビジネスではありません。これは、人生を変える『仕組み』です」
喝采。割れんばかりの拍手が会場を包みこむ。
「皆さんの周りを見てください。ここにいる全員が、同じ夢を持った仲間です。上も下もありません。全員が成功のパートナーであり、人生のパートナーなのです!!」
マフィアのお前らに上も下もないワケないだろうが。いっそここまできたら清々しいな。
「さあ、ここで本日のスペシャルゲストをお呼びしましょう。入会わずか5日でプラチナランクに到達した、ゴールデンライフの期待の新星――ゴウ・ヨクバリさんです!」
ステージ袖から、花束を抱えたガタイのいい男が出てきた。……見覚えがある。あれワルイカーネ・ファミリーの構成員じゃねぇか? 両腕にゴッソリ入ったタトゥーをスーツと手袋で隠してるのが丸わかりだ。
「あ、あの……み、皆さん……」
ゴウ・ヨクバリ(構成員)がマイクに握り変えて震える声で話し始めた。
「俺は……昔は何をやっても上手くいかなくて……毎日が辛くて……でも、このビジネスと……なにより支え合える皆さんに出会って……人生が変わりました……ッ!」
目に涙を溜めている。
よくもまぁ……思ってもないことを、こうもペラペラと言えるものだ。だが、俺もジーコもこういうのは得意分野なので今回だけは特別に見逃してやろう!
会場がもらい泣きし始めた。「ゴウさーん!」「感動しました!」「俺もプラチナ目指すぜ!」
ジーコが窓枠に額をつけてため息混じりに声を漏らす。
「……俺が教えたのは販売の仕組みだけだったんだがな」
「いや〜人間の欲望ってすごいよなぁ。まさか、ここまで進化しちゃうとは!」
壇上ではメガネくんが「成功者」を次々と紹介していた。全員、どう見てもワルイカーネの連中だ。だが会場の一般人はそんなこと知る由もない。
「短期間で高ランク」「すぐに稼げる」の裏にはドス黒い反社のネットワークによる先行者利益であるとは夢にも思っていないのだ。
「さあ皆さん! 本日のセミナー特別価格、入会金が通常10万リーフのところ、今日だけ5万リーフ! 今、この場でご決断した方だけの特典ですよ〜ッ!!」
即座に10人以上が手を挙げた。メガネくん。詐欺トーク仕上がりすぎだろ。
『今日だけ』も当然、嘘である。あいつは来週も同じことを言うに違いない。100万リーフ賭けてもいいね。
「……帰るか」
「……ああ」
俺たちは静かにその場を離れた。
◇ ◇ ◇
――翌日。
拠点のドアが叩かれた。
開けると、チン・ピラデスが立っていた。隣には――メガネくん。
手に、酒瓶を大量に抱えている。
「な、何の用だよ。またカツアゲか?」
「いや。今日は飲みに来た」
「……はぁ?」




