第22話 そうだ、マルチを始めよう!
ペーパーギルドが始動して2週間。帳簿上の経費はモリモリ膨らみ、課税所得はガリガリ削れていく。ジーコの管理能力がバケモノじみているおかげで13組織の帳簿に矛盾はゼロだ。
順風満帆。天下太平。俺たちの脱税ライフは最高潮を迎えていた。
――そんな折である。
ドンドンドンドンッ!!!
拠点の扉が、朝っぱらからぶち破れそうな勢いで叩かれた。
「なんだなんだ。ダーツか? いやアイツはもうちょい上品に叩くか……」
扉を開けた。
入口を塞ぐように、3人の男が立っていた。
全員仕立てのいいスーツに身を包んでいる。真ん中の男が一番図体がでかく、顎に古い刀傷がある。左の男は着衣の上からでもわかる筋肉の塊。ボディーガードかなにかだろう。
そして右の男。こいつだけ毛色が違った。細身に片眼鏡をかけている。その目つきは鋭く知的で、どことなくジーコ味を感じさせる。
……なるほど。これ、反社や!
「勇者カネスキだな」
真ん中の一番でかいのが口を開いた。図太い声がギルド内に響く。
「……え、え〜と……どちらさまで?」
「チン・ピラデスだ。この辺り一帯の夜の経済を預かる『ワルイカーネ・ファミリー』のボスだ。……まあ、堅気のあんたらに馴染みのある言い方をすれば、裏社会の元締めってトコだ」
こりゃまた堂々と名乗りやがるものだ。こっちの世界の暴力団はオープンなのか?
「……で、そのマフィアのボスさんが善良な市民である俺たちに何の用ですかね」
「リザードレースの件だ」
ギクゥ。
「お前ら、赤雷のヴォルトが出たレースで大儲けしたらしいな? あの回、本当は俺たちの不正を知ってたんじゃないのか? ドーピングを仕込んだ俺たちのレースに、あえてタダ乗りした。だろ?」
ギクギクゥッ。
「あれは俺たちのシノギだったんだ。お前らが大穴に賭けたせいで、配当が動いて足がついた。あのレースで損をしただけじゃなく、運営から不正調査が入って、ヴォルトのラインごと潰れちまったよ」
ほ〜ん? 俺たちの英断のおかげで不正がバレたのか。
つまり俺たちは八百長にタダ乗りしただけじゃなく、間接的に犯罪行為を潰したってワケだ! 実質依頼達成じゃないの〜これェ?
「テメェなにニヤついてやがる! さっさと弁償しろ。レース5回分の稼ぎ、2000万リーフで勘弁してやる」
「に、2000万ッ!?」
「これでも安い方だぜ。本来ならお前らの指を何本かもらうところだ」
指。物騒なこと言いやがる。まぁ俺はチート勇者なのでこの3人をまとめて地面にめり込ませることなど朝飯前なのだが……暴力でなんでも解決したらこいつらカス共と同レベルにまで落ちちまう。
俺は別に犯罪者になりたいワケではないからな。税金が嫌いすぎた結果、犯罪まがいな領域まで来てしまっただけで……
それに、ぶっちゃけ向こうの言い分は正しい。俺たちが八百長にタダ乗りしたのは事実だし、依頼で得た不正の事前情報を利用してボロ儲けしたのも事実。
こっちに非がないとは、さすがの俺でも言い切れない。
「……ジーコ」
俺は後ろを振り返った。ジーコは腕を組んで壁にもたれ、こっちを眺めていた。
「2000万、払えるか?」
「払えるが……黙って払う気はない」
「まぁ、そうだよな」
「……だが、代わりになる面白いモノなら提案してやってもいいか」
ジーコの目がギラッと光った。帳簿操作してる時と同じ、大変イヤらしいあの目だ。何か思いついたな。
◇ ◇ ◇
「あんたらに現金より価値のあるものをやる。それは『仕組み』だ」
ジーコがテーブルに紙を広げた。
反社3人が椅子に座っている。コーダは子供たちを連れて避難済み。ネキーンは奥の部屋で大剣を磨いている。いつでも出張れる態勢だ。
「あんたらの組織が扱ってる商品――まぁ、何かは聞かないが――それを組織の外の人間に卸せ」
「外の人間?」
「『会員』だ。構成員とは全く別枠の、独立した個人。会員はあんたらから商品を仕入れて、自分のシマで売る。売上の何割かがあんたらに入る」
「……それだけなら今と大して変わらねぇだろ」
「最後まで聞け。ここからが面白いところだ」
ジーコが矢印を描き足した。
「要するにこういうことだ。会員が、別の会員を勧誘する。新しく入った会員が商品を買うたびに、連れてきた会員に利益の一部が紹介料として入る」
「紹介料?」
「そうだ。で、その新しい会員がさらに別の奴を連れてきたら? 元の会員にもまた紹介料が入る。2段目、3段目、何段でも。下が増えるほど上の取り分が膨れていく」
ジーコが紙にピラミッド型の図を描いた。
うん。これ、マルチだね!
「つまりボスのあんたはもちろん、ワルイカーネ・ファミリーそのものがこの仕組みの一番上にいるだけでいい。下の会員が勝手に仲間を増やして、勝手に商品を売って、勝手に金を上に流してくれる。つまり寝てても金が入るってワケだ」
この魅力的すぎる提案にチン・ピラデスたちの目は、まるでちょいと高めの喫茶店で話を聞かされている大学生のように変わった。
「……会員は俺たちの組織の人間じゃなくてもいいんだな?」
「そうだ。独立した個人。だから組織の頭数は増えないし、管理コストも増えない。情報統制を徹底しておけば、仮に会員の何人かが捕まることになっても、あんたらの組織に波及しないだろうな」
「……こ、これは……」
モノクルの男が初めて口を開いた。メモ帳を閉じて、片眼鏡を指で押し上げる。
「ボス! これはいけます。現行の流通構造より遥かに効率がいい。リスクが分散される上に、俺たちが末端の売買に直接関与しない。足のつきようもない。さらに――」
「気づいたかね? メガネくん。その通り! この仕組みで得た金はクリーンな金だ。末端は一般人なのだからな」
ドヤ顔を決めて言い放ってやると、メガネくんは何やら感動した様子でプルプル震え出した。
「……だとよ」
ジーコがチンを見てニヤリと笑う。
「2000万は帳消しだ。……面白ぇ話だった。今後もよろしく頼むぜ、勇者サマたち!」
手を差し出してきた。俺はその手を握った。
……マフィアのボスと握手を交わす勇者。絵面最悪である。だがまぁ、2000万浮いたんだから良しとしよう。
帰り際、メガネくん――ボウ・タクリバという名前らしい――が振り返った。
「……ジーコ、と言いましたか」
「なんだ」
「あなた、ただの商人じゃなさそうだ」
「……かもな」
「フッ。また会いましょう」
メガネくんが薄く笑って、ボスの後を追っていった。
こいつとジーコ、妙にウマが合いそうで怖いんだが……もし引き抜きでもかけてきたらアイツの組織潰してやろっと♪
◇ ◇ ◇
反社どもが帰った後。
「……カネスキ」
奥の部屋からネキーンが出てきた。大剣を肩に担いでいる。
「全部聞こえておった。お前たちが教えたあの仕組み。あれは結局のところ――」
ネキーンが俺の目を見た。
「下が売って、上に金が流れる。下がさらに下を連れてきて、上の上に金が流れる。……ワシはこういうモンに詳しくはないが、これは『人を使って金を吸い上げる構造』じゃないのか」
「まぁ、そうだな。ただこれはMLMといって、商品の実体がある限りは一応合法のビジネスモデルなんだぜ。まあ、かなりグレーではあるがな……。おお! これが『オフホワイト』ってやつか!」
「……何を言ってるのかよくわからんが、カネスキ。お前はそれでいいのか?」
「俺は楽に稼げる仕組みを教えただけだ。あいつらが何をするかは、あいつらの問題だと割り切る」
実際、MLMは印象こそ最悪だが、ビル・ゲ◯ツも「ゼロからやり直すならMLMをやる」って言ってた(らしい)くらいには最強のビジネスモデルなのだ。
ま、俺はあんなアヤシイものをやる気は起きんが、実際この世界でも通用するのか興味はある。
そこで、チンたちの登場だ。やらせてみない手はない。別にアイツらどうせ反社だから今更捕まっても心傷まないしね〜
ネキーンが大剣を壁に立てかけた。
「……都合のいい理屈じゃな。お前はいつもそうだ。教えるだけ教えて、手は汚さん」
「……ウフフ。神算鬼謀のカネスキさんと呼んでくれ」
「ただ小狡いだけじゃろうて」
なんてこと言うんだこのジジイ。
ネキーンがお茶を淹れ始めた。なんだ、怒っているのか? どう思っているのかその表情からは読めない。実際、本人も気持ちの整理がついていないのかもしれないな。
「……ただな、カネスキ」
「?」
「あの3人を力で追い払わなかったのは、よかったと思うとる」
「……当然だ。暴力はコスパ最悪だからな」
「そういう言い方をするから可愛くないんじゃコイツは……」
爺さんがお茶を2つ持ってきた。1つを俺の前に置く。
これで面倒見がいいんだよな。心配してくれているのだろうか。ネンキンの恨みで倫理は全壊してるはずなのに、根っこの部分がまともなの……少しタチが悪すぎるぞ。
◇ ◇ ◇
――4日後。
俺とジーコは街に出ていた。ペーパーギルドの備品購入――もちろん架空の備品を帳簿に載せるための、実在する領収書を確保しに行くだけなのだが。
「……ん?」
商業通りを歩いていると、小洒落た喫茶店のテラス席から聞き覚えのあるフレーズが耳に飛び込んできた。




