第20話 そうだ、チェーン展開しよう!
闇市ルートが軌道に乗って1ヶ月。手取りはガッポリ増えた。
だが俺は落ち着かなかった。
「ジーコ。今期の申告書、ダーツが見たらどう思う」
「売却額が前期比で2割落ちてるのに攻略ペースは変わってない。……あの男なら、一発で違和感を持つだろうな」
「だよな」
証拠は残してない。闇市の取引は記録に残らない。だがダーツ・ゼイ・キライは数字の鬼だ。帳簿上の辻褄が合ってても、数字の「匂い」だけで追いかけてくるタイプの男だってのは、もう何回も思い知らされてる。
「このままだといずれ詰む。闇市での取引が、大きな金の流れの中に紛れて見えなくなるくらいの」
ジーコが顎に手を当てた。こいつがこの顔をする時は、頭の中で数字がグルグル回っている。
「……一つある」
「なんだ」
「冒険者ギルドを、大量に作る」
「大量に?」
「ああ。黄金の天秤の他に各地に大量の独立ギルドを起こさせる。俺たちのギルドは幸いにも上手くいっている。この功績と勇者であるお前の看板があれば他の冒険者も独立しやすいはずだ」
「なるほど。チェーン展開……いや、この場合だとフランチャイズか」
「フラン……? よく分からんが、お前の前世でも似たような仕組みはあったらしな。まぁ、要は実態のあるギルドが20も30もあれば、金の流れが複雑になりすぎてダーツでも全部は追えないってワケだ」
確かに。1本の川なら流れが丸見えだが、100本の支流に分かれたら追跡は不可能に近い。
「だが実態のあるギルドを大量に作るなら、運営する人間がそれなりに必要だな……」
「それなら問題ないよ、ジーコ。心当たりがある」
俺は窓の外を見た。
街の裏通り。冒険者ギルド協会の掲示板の前に、暗い顔をした連中がたむろしている。依頼を受けられずに座り込んでいる奴。怪我で現場に出られなくなった奴。借金で首が回らない奴。
この世界の冒険者ギルド協会はハッキリ言って中央集権のクソ組織だ。
協会に所属しないと依頼が受けられない。所属するのにも登録料がかかるし、ギルドによっちゃ報酬からいくらかピンハネもされる。
それに税金だ。
命を守るポーションへの課税でさえ購入額の1割は持っていかれる。さらにジュウミン税。翌年にがっつり引かれるこのクソ制度のせいで、借金生活に転落する冒険者が後を絶たない。
「引退した冒険者、怪我人、債務者。こいつらを焚き付けてギルドの運営をやらせる」
「……なるほど。冒険の現場には出られないが、事務仕事ならできる連中か。現役児時代の経験はあるから……確かに上手くいきそうだ」
「フフフ。それだけじゃないんだなァ〜。こいつらに節税の知識も教えてやるんだ」
「節税の知識を?」
「ぶっちゃけ、この世界の冒険者はほとんど税への知識がない。経費の落とし方も知らなければ、節税なんて概念すらない。だから国に言われるまま搾り取られて、いずれ破産するやつが出る」
「俺たちと違って悪いことはしていないのにな……」
「いや、無知は悪だ。前世でそれを思い知った」
俺は振り返った。
「これまでやってきた合法の節税テク、全部教えてやればいいんだよ。経費の使い方から減価償却。業務委託の組み方。ジーコ、お前なら分かりやすく教えられるだろ?」
「……まあ、できなくはないが」
「冒険者たちの手取りが増える。感謝される。各地のギルドに人が集まる。人が集まれば金の流れが太くなる。そうなれば――」
「闇市の取引もより紛れやすい、か」
ジーコがニヤリと笑った。
「……カネスキ。お前、マジで勇者やめて商人やれよ」
「ハハハハッ! 褒め言葉として受け取っておくよ」
◇ ◇ ◇
俺たちは翌週からさっそく動いた。
まずは手始めに、街の裏通りでくすぶっていた連中に声をかけた。
「冒険者ギルドを作らないか。俺たちの名前も貸そう」
最初に食いついてきたのは、片腕を失って引退した元B級冒険者だった。
「……俺に、ギルドの運営を?」
「運営っつっても事務仕事の延長だ。依頼の受付、帳簿の管理、所属冒険者の経費相談。お前の冒険者経験があればそんなに難しくはない」
「でも俺は、もう剣を振れない……」
「だがペンは握れるだろう? 『ペンは剣より強し』ってな……どうせ落ちゆく運命なら、ここで一花咲かせてやろうぜ?」
元冒険者の目が、少しだけ変わった。
ハハハ。チョロいチョロい! この調子でドンドンいくぜッッッ!!
次に声をかけたのは、借金で転落した元商人くずれ。ジーコと出会った時のことを思い出すなぁ。
「帳簿管理と節税のコンサルをやってくれ。お前の商才が活きる」
「……俺なんかに?」
「俺のとこの参謀も元商人で今でも借金まみれだ。ウチはそういう奴が活躍する場所なんだよ」
ジーコが横で「おい」って顔してたが、事実なんだからしょうがないじゃんね?!
こうして、最初の1週間で5人が集まった。翌週には17人。全員、どこかで挫折した奴らだ。冒険者崩れ、商人崩れ、元職人。全員、何かしらの理由で身動き取れなくなっていた。
そして、全員を何人かの班に分け、ぞれぞれに冒険者ギルドを設立させた。
「黄金の天秤、そして勇者の看板を貸す。ギルドが軌道に乗るまでも俺たちが面倒を見てやる」
「「「……ありがとうございます、勇者様……ッ!」」」
な、泣かれた。
俺としてはダーツ対策の隠れ蓑として利用してるだけなんだから……感謝なんかされると居心地が悪いのだが……
ま、結果的にこいつらが食えるようになるなら、別にいいのか!
◇ ◇ ◇
フランチャイズ第1号店がオープンした。
名前は『白銀の明星』。今回もジーコが設立書類を揃えてくれた。相変わらず、こいつの処理速度はもはや人間の域を超えている。
新設ギルドの目玉はやはり「節税相談窓口」だ。
「ジーコ先生、経費ってどうやって申告するんですか」
「まず領収書を集めろ。全部だ。ポーション代、武器の修繕費、ダンジョンまでの交通費、宿泊費。冒険に関わる支出は全部経費になる」
「え……交通費も? 知らなかった……」
「今月からは全てが変わると思え。俺がみっちり教えてやる」
「ジーコ、マニュアルでも作っておこうぜ? 今後の為に」
「そうだな。いい機会だ、マージに任せる最初の仕事といこうか」
ジーコが隣でアシスタントをやっていたマージに目配せをした。
いいね! ジーコの弟子としてメキメキ育ってるみたいだしっ!
初日に白銀の明星に鞍替えした冒険者は4人。全員新しいギルマスの知り合いだ。
だが、3日目には5倍。翌週には予約待ちが出るほどにまで爆発的な成長をみせた。
「カネスキさん、手取りが2割も増えましたよ!!」
「経費の落とし方全然知らなかったな……今まで損してた……」
「ジーコさん、教えてくれてありがとうございます!」
新設ギルド所属の冒険者たちの顔が、みるみる変わっていく。暗い目をしていた連中が、少しずつ明るくなっていく。
……こういうのも、たまには悪くないね。
◇ ◇ ◇
はい。そんな感じで、俺たちが仕組んだ独立ギルドブームは大当たりしたのだ!
1ヶ月もたたないうちにフランチャイズ店も8つに増えてた。
東地区、西地区、南地区、港湾地区、商業地区、その他この街付近の大体の場所に新設ギルド+節税相談窓口を置いた。所属冒険者は合計で……よく見てないが300人くらいは軽く超えていた。
さらにフランチャイズの噂を聞いた他の街からも「うちにも展開してくれ」との依頼がかなり来始めた。
「勇者様印のギルドに入れば税金が安くなるらしい」
「しかも協会所属のギルドより手数料まで安いらしいぜ? 登録料もいらないとか聞いたな!」
「節税の知識まで教えてくれるって……マジかよ」
――冒険者ギルド協会の独占に、風穴が開き始めていた。
今まで協会に言われるがまま搾取されていた冒険者たちが、自分で経費を管理し、自分で申告し、自分の手取りを守り始めている。
これだけは言っておきたいが、俺は別に革命を起こそうなんて思っちゃいない。ダーツ対策の隠れ蓑が欲しかっただけだ。
なのに、まさか、ここまでなるとはな……
いつも陽気なカネスキくんでも、さすがにこの状況には面食らった。いや、本当に……マイッタマイッタ。
「カネスキ」
ジーコが月次の報告書を持ってきた。
「各支部の売上と冒険者の移籍状況をまとめた。……冒険者ギルド協会の所属冒険者が、この1ヶ月で3%減ってる。着実にこっちに流れてきてるな」
「3%って……結構な数じゃないか。やりすぎたか?」
「……協会もそろそろざわつき始める頃だろうな」
ええ……ダルっ!
まぁ、向こうが何か言ってきたらその時は、その時かぁ……
◇ ◇ ◇
――なお、この時カネスキが各地に展開した冒険者支援ギルドチェーンは、後に「冒険者の働き方改革」と呼ばれることになる。
それまで協会の独占下に置かれていた冒険者たちが、初めて「自分の手取り」を意識し、自分で経費を管理し、自分の稼ぎを守る術を手に入れた。
カネスキ自身は「ダーツ対策の隠れ蓑を作っただけだ」と言い張り続けるだろう。
だが、救われた300人余の冒険者は、そうは思っていなかった。
彼らにとってカネスキは「俺たちの手取りを守ってくれた勇者」であり、その感謝は後に、想像を超える形で返ってくることになる……ッ! かも?




