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第19話 そうだ、闇市に流そう!


 さて。脱税するぞと啖呵を切ったはいいものの、具体的にどうすんだ? という話である。


「売上を帳簿に載せない。これが基本だ」


 翌朝の作戦会議。ジーコが帳簿を広げた。昨晩あれだけ「命を賭す」とか言ってイキり倒していた男が、今では淡々とした顔で実務の話を始めている。切り替えが速すぎるよね。


「ダンジョンでドロップした素材を正規ルートで市場に売れば、取引記録が残る。記録が残りゃ課税される。だから――」


「正規ルートは通さない、と」


「そういうことだ。裏の市場に流す」


 裏の市場。つまり闇市ってやつだ。


 ぶっちゃけ前世でも聞いたことはあった。競馬場の周りで「記録に残らない馬券」を売ってる連中がいるって噂。都市伝説かと思ってたけど、まさか異世界で自分がそっち側に回るとはね。人生ってわからんもんだ。


「俺の商人時代の取引先に、そっち方面に明るい人間がいる。値段は正規の8割になるが、取引記録は一切残らない」


「8割ッ!? 2割も抜かれんの!?」


「記録が残らない代償だ。だがな、カネスキ。正規で売って4割税金を取られるのと、闇市で2割のピンハネ。どっちが手元に残る?」


 ……8割と6割。


 小学生でもわかる算数だ。闇市のほうが2割もお得。うん、決定。


「コーダ、ネキーン。ここまでの話、理解できたか?」


「……つまり、高い素材は裏で売って、安いのだけ表に出すってことでしょ」


「その通り」


「……さっそく犯罪ですよね?」


「もちろん犯罪だな」


「…………わかりました」


 コーダの目が据わっている。昨晩のあの宣言が効いてるんだろう。腹を括った母親はいつだって強い。下手なAランク冒険者より肝が据わってるかもしれん。


「ワシにはよくわからんが」


 ネキーンが腕を組んだ。


「金が増えて、誰も傷つかないんなら、それでいいんじゃないか。国に搾り取られ、苦しめられてきたワシに今さら順法精神を求められても困るぞい」


 爺さんのモラルも無事にネンキン搾取で全壊済みだ。



 ◇ ◇ ◇



 では、さっそく実践に移ろう。


 その日の午後、Aランクダンジョン『灼熱の迷宮』をブチ抜いた。ボスのフレイムドラゴンとやらは、お決まりの3秒即殺で終了。風情もへったくれもないが問題ない。


 BOSS戦でドロップしたのは『炎竜の鱗』3枚と『溶岩の心臓』1個。どれもAランク素材で、正規市場に出したらとんでもない値がつくらしい。


「よし。これは全部裏に回す。正規には雑魚のドロップだけ申告しとけ」


「了解」


 ジーコが帳簿を取り出した。


 正規の帳簿だ。ギルドの市場に売った安い素材だけが記載される、お上に見せるためのキレイな帳簿。


「裏の帳簿はつけない。証拠を一切残さない。数字は全部この頭に入れる」


 ジーコが自分のこめかみをトントンと叩く。


「……お前の頭をそこまで信用していいのか?」


「舐めるなよカネスキ。俺は借金の利率を小数点第三位まで暗記していた男だぞ」


 それは記憶力の問題なのだろうか。まぁこんなことをマージに頼むのアレだし、仕方ない。



 ◇ ◇ ◇



 街の裏路地に来た。


 表通りの喧騒がピタッと消えて、急に別世界に迷い込んだような感覚。狭い路地。苔だらけの壁。陽が差さない。空気が湿っぽくて、なんか変な匂いがする。前世の新宿のガード下を思い出した。あそこもこんな感じだったな。


「ここだ」


 ジーコが一軒の建物の前で止まった。看板も窓もない。古びた木の扉がポツンとあるだけ。

 控えめに言って怪しすぎる。あのモーモーファイナンスがまだ良心的に見えるくらいだ。


 ジーコが扉を叩いた。3回。間を置いて2回。また間を置いてさらに1回。


 何その暗号!? 映画みたいでメチャかっこよい……!!



 扉が、ギィと開いた。


「……なんだ、ジーコか。久しぶりだな」


 中から声だけが聞こえる。フードを目深に被った男。顔が全く見えない。


「ああ。仕事の話だ」


「入れ」


 足を踏み入れた店内は、思ったより広かった。棚にはゴチャゴチャと品物が並んでいる。武器、宝石、薬品。どれもこれも正規店じゃ絶対にお目にかかれないような胡散臭いラインナップだ。


「名前は聞くな。顔も覚えるな」


 ジーコが俺たちに念を押す。



「見せろ」


 闇商人が、こちらの袋を開けた。炎竜の鱗と溶岩の心臓。品定めするように手に取って、光にかざしている。


「……いい状態だ。そうだな……このくらいで買い取ろう」


 男が一枚の紙に額を殴り書く。


 ジーコが了承すると金貨が紙袋に詰められて渡された。


 ずしりと重い。


 これが帳簿に載らない金か。

 税務省のスキャナー野郎の目が届かない金。申告されない、記録に残らない、存在しない金。この重さは金貨の重量だけじゃない。


 ……ふふふ。悪くないじゃないか!



 ◇ ◇ ◇



 表通りに戻った。

 日差しが目に刺さる。裏路地にいた時間は、たぶん15分くらいだったろうか。なんだか妙に長く感じた。


「これを繰り返す」


 歩きながらジーコが言う。


「高額素材は闇市。安い素材は正規ルート。帳簿上は『今期はドロップ運が悪かった』で通す」


「ダーツにバレないのか? アイツ、頭おかしいくらい数字見てるぞ」


「気づくだろうな。売却額が減ったのに攻略ペースが変わってなけりゃ、何かやってるとは思うだろう」


「えっ?! じゃあダメじゃないですかっ!」


 コーダが案の定ツッコんできた。


「気づくのと証拠を掴むのは別の話だ、コーダ。闇市の取引は記録が残らない。ダーツがいくら疑おうが、帳簿上は問題ない。立証できなきゃ、あの男でも手は出せない、というワケだ」


 ジーコが振り返って、ニヤリと笑った。



 ◇ ◇ ◇



 それから、俺たちの生活が変わった。


 表向きはいつも通りの冒険者ギルド。ダンジョン潜って、魔物倒して、素材を売る。キッズたちの面倒を見て、たまにSランククエストを受けて、世間的には「聖者」と呼ばれている。


 だが高額素材は全部闇市に流してる。正規ルートには安いのだけ。帳簿上の売却額は前期より落ちた。でも実際の手取りはありえないほど増えている。


 その差額が、帳簿のどこにも載ってない俺たちの金だ。


 俺の金は、俺のもんだ。


 国に4割持っていかれるいわれはない。取り返してやっただけだ。


 ……そう自分に言い聞かせるのが、だんだん楽になってきている。つまり、慣れてしまったのだ。それがちょっとだけ怖い。


 ま、考えすぎか。さて、今日も闇市に行こう。



 ◇ ◇ ◇



 王国税務省。臨時執務室。


 ダーツの机に、黄金の天秤の今期申告書が載っていた。


 ダーツはそれを前期の申告書と並べて、10分ほど眺めていた。


 ダンジョン攻略の頻度は変わっていない。パーティの戦力も変わっていない。Sランククエストの実績まで加わっている。


 にもかかわらず、ドロップ品の売却額が前期比で3割も落ちている。


 ダーツは2枚の申告書を重ねて引き出しに仕舞った。


 それから白紙の紙を1枚出して、ペンで一行だけ書いた。



 『売上の過少申告。正規外ルートの疑い。』



 証拠はない。


 だが数字は嘘をつかない。人間は嘘をつくが、数字はつかない。

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