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第18話 そうだ、脱税しよう!



「休暇です。たまたまこの港町に保養に来ておりまして」


 珍しく私服の男がそこにいた。手には市場で買った魚の紙袋。


「たまたまァ? お前のその言葉ほど信用できないモンがこの世にあるかッ!」


「失礼ですね勇者様。私だって休暇くらいとりますよ。見てくださいこの魚。今朝の水揚げだそうで……脂の乗り具合が実に見事ではありませんか?」


 全然わからん。


 それよりクソッ! どっちだ……まさか本当に休暇できたのか? こちとらガキ共わんさか引き連れてバカンス中なんだ。こんなとこでサイコストーカー野郎に出くわしてる暇はないってのに。


「……で、カネスキ様はこちらで何を? なにやらずいぶんな大所帯ですが」


「研修旅行です。冒険者育成プログラムの一環で」


 ジーコが割って入ってきた。


「49人……もですか」


「……なんで知ってんだよ」


「目の前にいますので」


 一瞬で数えたのかッ!? 目、良すぎだろ……税務調査なんかやってないで狩人ハンターとかに転職して即刻魔王を討ち取ってきてほしいものだ。


「お子さんたち、楽しそうですねぇ」


 ダーツが遊歩道で遊ぶカネスキッズを眺めている。穏やかそうに見えるが俺は騙されない。あの目の奥では宿泊費やら食費やらを暗算しているに決まってる。間違いないね。


「……では、私はこれで。魚が傷みますので」


 ダーツが踵を返しかけた――その時だった。



 ◇ ◇ ◇



 運河が噴火した。


 水面が爆発して水柱が10メートルぶち上がり、屋台がなぎ倒され、住民が悲鳴を上げて逃げ惑っている。


 水の中から這い出てきたのは、巨大な甲殻の化け物だった。体長6メートルほどの蟹型海獣が3匹。ハサミの先端が鉄みたいに鈍い輝きを放っている。


「シザークラブ! C級の海獣じゃぞ!」


 ネキーンが叫んだ。


「コーダ! ちっこいのを建物に突っ込め!」


「はいッ!」


 コーダが幼児を3人まとめて抱えて走る。カン・リーニンも無言で残りのチビたちを石造りの建物に押し込んでいく。やはりあの男、こういう時の判断も異常に速い。戦闘経験はなかったはずなのに、大したやつだ。


 俺は聖剣に手をかけた。

 C級ごときが、俺の前に出てきたことを後悔させてや――


「キャー様、待ってッ!」


 モートだ。


「僕たちがやるッ!」


 ……は?


 振り返ったら、ネキーンの訓練を受けた年長組が8人、その辺に落ちてた木の棒やらモップの柄やら拾って前に出てやがった。


 おいおいおいおい。


「足を動かせ! 腰を落とせ! 師匠に教わった通りだ!」


 モートが号令をかけている。ネキーンの受け売りだが、声に迷いがない。顔だけは精悍なキッズどもが半円形の陣形を組んだ。これがネキーンが叩き込んだ基本陣形なのか……え、いや大丈夫なん? これ。


「チョー、左に引きつけろ!」


「おうッ!」


 チョー・カネスキが棒振り回しながら蟹の左側に走る。シザークラブの注意がそっちに向いた。


 その隙に右からズートが突っ込んだ。泣き虫だったあのズート・カネスキが、歯を食いしばって棒を蟹の関節にブチ込んでいる。なかなか逞しい少年になったじゃあないかッ!


 甲殻には1ダメージも通らない。だが関節は別だった。蟹がバランス崩して片膝をつく。


「マージ、目を狙え!」


「了解ッ!」


 マージ・カネスキが走り込んで、棒の先端を蟹の目に突き刺した。ソロバン弾いてるだけの子だと思っていたが、狙いが正確すぎる。演算で軌道とかも割り出してるのかな? だとしたら、ヤバすぎてコワイんだが……


 シザークラブが暴れる。

 カネスキッズどもが散開して距離を取った。深追いはしない。態勢立て直してから次に備える。訓練通りだ。


 ――だが残り2匹もまだいる。


 そのうちの1匹がこの現場を見み集まってきた群衆に突進していった。さすがに危ないので3匹まとめて両断しておきました。


 海獣が運河の水面に沈んでいく。


「「「やったァァァァァ!!!」」」


 子供たちが歓声を上げて駆け寄ってくる。と同時に、


「お前ら何をやっとるんじゃァァァァッ!!」


 ネキーンが血相変えて飛んできた。


「C級海獣に棒切れで突っ込むバカがどこにおるッ! 死にたいのかッ! ワシの教えは『勝てない敵からは逃げろ』が第一条じゃろうがッ!!」


 ……初めて聞いたんだが?


「で、でも師匠、僕たち勝っ――」


「勝ってないッ! カネスキに助けてもらっただけじゃろうがッ!」


「……でも」


 ネキーンの怒声にガキどもがシュンとなる。だが爺さんの目は潤んでいた。ただ怒っているのではない、心配で心配でたまらなかったんだろう。初めてできた弟子たちへの師匠の愛が、怒鳴り声に全部乗っていた。



 コーダが子供たちの前にしゃがみ込んだ。目が真っ赤だ。


「すごかったよ。みんな、すごかった。ちゃんと連携できてた。逃げないで、立ち向かえた。……ママ、びっくりしちゃった」


「コーダさん……」


「えらいよ。みんな、本当にえらい」


 子供たちがコーダに群がって泣き始めた。本当に安心したんだろう。戦ってる間は必死で泣けなかった分が、今になって全部出てきたんかね?


 で、俺はというと。


「すみません、この海獣の討伐って報酬出ますかね? 市場にも被害出てますよね? え、これ俺たちが処理しなかったらもっとエグいことになってたと思いません?? なら、緊急討伐の特別報酬とか――」


 運河沿いの市場の管理人を捕まえて交渉中。隣ではジーコが被害状況をメモりながら「修繕費の見積もりと討伐報酬は別建てで請求できるはずだ」とか呟いていた。


「まさか……お宅らの子供がこの海獣を呼び寄せたんじゃないでしょうね……」


「ンだとコラァ?! おい聞いたかジーコ! このトンチキ、トンデモねぇ言いがかりつけて来やがったぞ!!」


「ああ聞いた。これは誅殺案件だな」


 ジーコがペン先を向けた。


「大体よォ〜……俺たちゃ研修旅行中に襲われたんだぜ〜?? ここのセキュリティどうなってんスか? むしろ俺たちこそ被害者!! 慰謝料でも貰らいたいくらいで――」


 と、管理人の向こう側に、見覚えのある顔――ダーツの野郎が魚の紙袋を抱えたまま、こっちをずっと見つめていた。


 あの顔、完全に「全部聞こえてますよ」と言っているようだ。



「――と、まあ報酬の件はまた後日ということで! 行くぞジーコ」


「あ? なんだカネスキ、もうちょい粘れば――」


「は、早く来なさいッッッ!!」



 俺たちはそそくさとその場を撤退した。



 ◇ ◇ ◇



 拠点に帰ってきた夜。


 俺たちは焚き火を囲んでいた。


 カネスキッズは保育園でカン・リーニンたちに預けてある。今は俺たち4人だけだ。



「正直に聞く」


 俺は3人の顔を見回した。



「ここから先は合法の範囲から出る……つまり犯罪だ。捕まったら全員の人生が終わるだろう。……それでもついてくるか」


 焚き火がパチンと鳴った。しばらく誰も口を開かない。


「軽い話ではない。十分悩んで決めてくれ」


 答えは明日の朝にでも聞こうかな〜っと思っていた矢先、



「……私は」


 意外にもコーダが最初に切り出した。


「ここに来る前はどこのパーティにも入れてもらえなかったんです。子持ちってだけで門前払い。そんな私を拾ってくれたのはカネスキさんでした」


 コーダが火を見つめている。


「ギルドも作ってくれて。子供たちがのびのび過ごせる大きな家も。旅行なんて、この子たちが生まれてから一度も連れていけなかったのに。……今さら『犯罪だから降ります』なんて、言えません」


「いや、そんなこ――」


「わかってます。カネスキさんはこういう恩返しを望んでいないことも。でも私がそうしたいんです。私自身で決めたことなんです」


 ……そう言われると否定しづらいじゃないか。

 


「ワシはもう72じゃ」


 ネキーンが火を見つめたまま声を漏らす。


「残りの人生で、やれることは全部やりたい。54年間真面目に働いて、残ったのはスカスカのネンキンだけじゃった。正しく生きて報われなかったんじゃから、正しくない道を試したって罰は当たるまい」


 爺さんらしいめちゃくちゃな理屈だ。だが、確かに筋は通っていた。



「……俺はな」


 最後にジーコが口を開いた。


「ぶっちゃけ、この仕事が好きなんだ」


「……は?」


「帳簿で国と戦うのは、商いより面白い。頭使って数字を組み替えて、法の隙間を縫っていく。……これが天職だと思ってる。借金返すためってのも本当だが、正直それだけじゃない。やめられねぇんだよ、これ。」


 ジーコがニヤリと笑った。


「しかも次は国を欺く、だァ?……見ろよカネスキ、俺の足をよォ」


 ジーコの足はブルブルと震えていた。だが、その震えから怯えは一切感じない。高揚に似た、何か変態染みたものを感じる。


「嬉しいねェ……!! カネスキ。俺はこの国への叛逆に命を賭すと誓うぜ!!」


 ……ああ。ダメだこいつ。


 詐欺の次はテロでも企てるんじゃないだろうな?



 ともあれ、3人の答えは出揃った。



 俺は立ち上がり皆の注目を集める。



「よし」



 火の粉が夜空に舞い上がっていく。



「俺たちの『節税』はここまでだ。明日から、犯罪者になる。俺たちは……『脱税』するぞ!!」



 合法の節税は全部やり尽くしてやった。ここから先は法の枠の外だ。


 怖くないと言ったら嘘になる。だが後悔なんざしてやるもんか。


 俺の金は、俺のもんだ。国に持っていかれる謂れはねぇ。



 脱税してやる! この国から……1リーフ残らず!!


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