第16話 そうだ、保育園を建てよう!
30人のキッズを拠点に連れて帰った結果、我が家は動物園と化した。
いや、動物園の方がまだマシかもしれない。動物は檻に入ってるからな。こいつらには檻がない。自由だ。フリーダム。まさにカオスだ。
「キャー様ー! ご飯まだー!?」
「キャー様ー! あの子が叩いたー!」
「キャー様ー! おしっこ漏れたー!」
……キャー様って誰だよ。
いや、俺のことらしいんだが。この呼び名の由来についてはのちほど。今はそれどころではないのである。
こっちで泣いてる子がいると思えば、あっちで喧嘩。飯を作ろうとすれば鍋をひっくり返す奴がいる。寝かしつけようとすれば別の奴が起きる。一人静かにさせたら三人が暴れ出す。なんだこれ! 足し算が合わんぞ。
無理だ。30人は人間の管理能力を超えている。
俺はS級の魔獣なら1秒で始末できるってのに、3歳児のおしっこすら止められない無能なのかッ!? え、保育士ってこんなん捌いてんの? バケモンじゃね!?
――誰か助けてくれ!
「はいはい、みんな並んでー」
神が降臨した。コーダである。
「ご飯の子はこっち。トイレの子はあっち。喧嘩した子は私のところ。眠い子は奥の部屋ね。おしっこの子は……カネスキさん、拭いてあげて」
「なんで俺ッ!」
「里親でしょ?」
ぐうの音も出ねぇ。
コーダの手際はまさに神業だった。年齢別にグループ分けして、年長組には小さい子の面倒を見させ、自分は一番手のかかる幼児を抱えている。あっという間に30人が整列した。
「12人育ててますから。30人でもやることは同じです。スケールが違うだけ」
この女……有能すぎないか? 俺とジーコの制止役、唯一の常識人枠だと思っていたが、まさかこんなところで真価を発揮するとは。フフフ……やはり、俺の人を見る目に間違いはなかったナァ〜……!
◇ ◇ ◇
とはいえ、今の拠点だけじゃ物理的に無理がある。コーダの子供12人と合わせて42人。これを一つ屋根の下に詰め込んだら児童虐待で通報されかねん。
「保育園を建てよう」
ジーコに提案した。
「拠点の近くにデカい家を借りて、子供たちの生活拠点にする。管理人と世話係も雇う」
「……で、その建設費と人件費は」
「当然、経費に決まってるだろ。養子の養育に必要な業務用施設だ。人件費もギルドの福利厚生で処理する。園の家賃は毎月の経費、雇った人間の給料も冒険者報酬から精算。子供を救って、課税が減る。美しいモデルだろ?」
翌週。拠点から歩いて3分のところに、大きな二階建ての家を借りた。
責任者にはカン・リーニンという男を雇って置いた。寡黙で真面目、子供の扱いにも慣れている。面接の時の第一声が「子供は何人ですか」だった。俺が言うのもなんだが、金から入らない奴は信用できる。世話係も2人つけた。
「カンさん、よろしくお願いしますね」
「……ああ。任された」
必要なこと以外しゃべらない男だ。好感が持てる。俺もそうありたいが、残念ながら俺は黙っていられない性分なのだ。
◇ ◇ ◇
日常が回り始めた。意外と早く軌道に乗ったのは、パーティメンバーがそれぞれ勝手に役割を見つけたからだ。
庭ではネキーンが木の棒を持った子供たちを相手に戦闘訓練をしている。
「いいか! 剣の基本は足じゃ! 足が動かなければ剣は振れん! もっと腰を落とせィ!」
「師匠! こうですか!」
「うむ! 筋がいいぞ童!」
「師匠」呼びに成功したのはネキーンの数少ない交渉成果だ。最初は「おじいちゃん」と呼ばれて激怒していたが、三日間の粘り強い抗議の末「師匠」にまで格上げされた。にしてもジジイ、お前の童呼びはどうなんだよ。
54年の冒険者人生で、技を継ぐ者がいなかった爺さんにはじめての弟子だできた。はりきりすぎて翌日腰を壊していたが、それでも満面の笑みだった。年寄りの冷や水ここに極まれり。
別の部屋ではジーコがソロバン(みたいなもの)を教えていた。
「数字が読めない奴は騙される。世の中の仕組みは全部数字でできてる。覚えろ」
子供たちの小さな手がソロバンを弾くカチカチという音。なかなかシュールな光景だ。
「100から27を引いたらいくつだ」
「73です!」
即答したのは10歳くらいの女の子。もう目が勘定に染まっている。
「……見どころのあるキミ。名前は?」
「マージです!」
「マージ。お前は筋がいい。特別メニューをやるぞ」
ジーコの目がギラッと光った。
こいつ……将来の帳簿係を育成する気だな。10年後にはこの子がウチの経理を回してるかもしれん。先行投資としても悪くないが……まぁいいや。常識とか子供らしさとかについてはママ(コーダ)に任せるとしよう。
◇ ◇ ◇
コーダの子供たちと孤児たちは、俺たち大人の心配をよそにあっという間に打ち解けた。子供ってのはそういうもんだ。感心させられる。
園のリビングから笑い声が溢れている。コーダが淹れたお茶を飲みながら、子供たちがわいわい騒いでいた。
コーダの末っ子が同い年の孤児と手を繋いで走り回っている。
「ママはね、すっごく強いんだよ! 盾でバーンって!」
「えー! すごーい!」
「でもご飯の時はすっごく優しいの!」
コーダがそのやりとりを見て、目を細めていた。孤児院出身の彼女にとって、親のいない子供たちは他人事じゃないんだろう。
急な新設定に驚いたが、俺とは違った殊勝な動機でスバラシイ。
それに比べ、仮にも『勇者』であるこの俺が控除目的でキッズを引き取ってよかったのだろうか。
ま、ええか。
――少しだけ己の汚さを自覚しかけたカネスキくんであった。
◇ ◇ ◇
夕方。庭のベンチに座っていたら、7歳くらいの女の子が隣に来た。
「キャー様」
「だからそれ誰だよ」
「キャー様はキャー様だよ。……ねえ、何であたしたちを助けてくれたの?」
嘘をつくこともできた。「勇者だから」とか「困ってる子供を放っておけなかった」とか。
だが、なぜか取り繕う気になれなかった。
「……メリットがあったからだ」
「メリットって何?」
「……お前たちが元気に育つことだ」
嘘じゃない。控除というメリット。不労所得マシーンとしてのメリット。だがそれ以前に、こいつらが飯食って笑ってること自体が、なんか……こう……。
うまく言えねぇ。
「いいことなんだね!」
子供が笑った。
「……そう、だな」
◇ ◇ ◇
さて。例の「キャー様」の件について説明しよう。
夜、子供たちが寝静まった後、ジーコがバツの悪そうな顔で白状してきた。
「子供たちに『カネスキにとって俺たちは何?』って聞かれてな。冗談で『キャピタル(資本)みたいなもんだ』って答えた」
「…………」
「そしたら『キャピタル?』『キャピ?』『キャー?』って」
「…………」
「『キャー様!!』になった」
「お前のせいじゃねえかッ!!!」
「ハッハッハッハ! 可愛いじゃないか! なぁ〜? カネスキ! おっと……キャー様、だったか」
ぶん殴ってやりたい。
◇ ◇ ◇
翌日。
「まとめるぞ。扶養控除30人分。管理棟の家賃。カン・リーニンたちの人件費。養育の諸経費。ダイカンの交際費と視察費。積み上げて、課税所得は大分圧縮できしそうだ」
「大分、ね。でも累進課税がデカすぎんだよな。この前のS級クエストでも相当稼いじまったし」
俺はもはや、金を稼ぐ使うよりも、いかにして「税」を取られないか。それだけを生き甲斐にしていた。
「合法の枠内でやれることは出尽くしてきた感がある」
「また旅行にでも行こうぜ? 子供たち全員を連れて。研修旅行だ!」
ジーコが帳簿から顔を上げた。
「子供30人。コーダの子12人。俺たち4人。カン・リーニンと世話係2人。合計49人分の交通費、宿泊費、食費。名目は『冒険者育成プログラムの研修費』」
「49人分の経費……落ちるのか? これ」
「何か成果を出す必要はあるだろうな。だが、子供たちには本物の世界を見せてやれる。教育的にも正しい。ここだけ見れば文句のつけようがないが……」
「……ダーツ・ゼイ・キライか」
「ああ。この規模になるとヤツのことだ。絶対に突っ込んでくる」
ジーコが深い溜息をついた。
◇ ◇ ◇
王国税務省。臨時執務室。
ダーツの机には書類が山積みになっていた。
黄金の天秤に関する報告。それだけじゃない。各地から届く勇者カネスキの評判。街の噂。酒場での会話の断片。
「星喰らいの厄災魔獣を一撃で討伐した勇者」
「孤児30人を全員引き取った聖者」
「自腹で管理棟を建て、養育している慈悲深き英雄」
クルーズ地方から始まった噂が王都にまで届いている。勇者カネスキという名前が「善行」の代名詞になりつつあった。
ダーツは書類を手に取った。扶養控除30人分。管理棟の賃貸費用。人件費。養育諸経費。
全て合法。書類に不備なし。ただ、これは明らかに作為的だ。税の知識があるものなら、誰がどう見ようと一目で理解できるだろう。
だが、この男に今税務調査を仕掛ければどうなるか。「孤児を救った聖者を苛める税務官」の完成だ。王国中から石を投げられる。
ダーツは書類の束を机に置いて、窓の外を見た。
数字だけなら、追い詰める自信がある。だが数字の外側に、民衆の感情という面倒な壁が積み上がりつつある。
厄介な男だ。税への叛逆と民への善行を同時に積み上げてくる。
今は、待つしかない。
あのエセ勇者が綻びを見せるまで――
厳密には保育園の範囲ではないのですが、まぁ異世界ということで……!
ここま読んでいただだけたということは、皆さんも税金が大キライなハズ!
恐れ入りますが、途中でも「コメント」「ブクマ&☆評価」お待ちしております!
エタらないですみます……(土下寝)




