第14話 そうだ、交際費で遊ぼう!
レースの大勝ちは、税金に食い尽くされた。
借金の返済はなんとかできた。だが俺たちの持ち金はすずめの涙。
は〜〜〜……マジでやってられん。
大体さァ〜賭博場、ないし税制が腐ってるんだよ!
勝ったら徴収、負けたら自腹。ギャンブルで一攫千金なんて近道、ハナから無謀だったワケだ(盲点)
ならば稼ぐしかない。まっとうに。
勇者だし! 俺。
――そんな折、地方の領主から魔獣討伐の依頼が舞い込んだ。
何やら面倒くさそうな仕事だったが、仕方ないので受けることにした。
◇ ◇ ◇
「勇者殿ッ! お見事ですッ!」
領主がなにやら興奮気味に叫んでいる。
俺の足元には、巨大な魔獣(?)の死骸が転がっていた。
『暴食の大猪グラトン』とかいうらしい。全長7メートルくらいだろうか……牙は鉄より硬く、突進すれば城壁すら砕くとか言われている災害級の魔物。
どーーーーーーーでもいいわそんなコト!!!!
よくある異世界battleモノを期待している方のご期待には添えませんが、ザコなのである。ドラゴンも魔獣も、チート勇者の俺の前には皆、塵芥。ゴミカスなのだ!!
討伐時間にして、約3秒。
「いやぁ、さすがは勇者様! 我が領地を救っていただきました! このご恩、計り知れません!」
「ハッハッハ! マイッタマイッタ!」
俺は聖剣を鞘に収めながら、淡々と答えた。正直、手応えがなさすぎて欠伸が出そうだ。チート能力ってのは便利だが、達成感がないのが玉に瑕だなあ。
「今宵は祝宴を催しましょう! ぜひ我が屋敷にお越しください! 凱旋のパーティを盛大に催しましょう!!」
「ッ行きます!!」
即答。
タダ飯は逃さない。それが我らが『勇者パーティ』の鉄則だ。
◇ ◇ ◇
領主の屋敷は、想像以上に豪華だった。磨き上げられた大理石の床に巨大なシャンデリア、壁には高そうな絵画が並んでいる。テーブルには例のホテルでも見たことない料理がずらりと並んでいた。
俺たちは席に着き、料理に手を伸ばした。素材も調理も一流だ。さすが貴族の屋敷。メイドの女性も中々の美人揃い。いいなぁ。
アホ面かましてうっとりしているその時――
「失礼。隣、よろしいですかな」
声をかけられて振り返る。そこに立っていたのは先ほどの領主だった。
年齢は50代半ば。銀糸の刺繍が入った深紅のマント。指には宝石をあしらった指輪が光っている。
だが、俺の目を引いたのはその服装じゃなかった。
彼奴の目だ。穏やかに笑って見えるのに、その奥が金勘定をする時の、あの冷たい光――卑しい銭ゲバの目をしていたのである。
俺はこの目を知っている。毎日鏡で見ているからだ。あとジーコも。
「どうぞ」
「これはご親切に」
その貴族が俺の隣に着く。
「私はダイカン・アクトク。この地方で領地を預かっております」
「カネスキです。勇者兼、黄金の天秤のギルドマスターをやっています」
「ええ、存じております。先ほどの討伐、お見事でした」
ダイカンがワインを一口含む。
「……ところで、先ほど『領収書』と仰っていましたな」
「ああ、聞こえてましたか」
「ええ。……まさか経費申請に回すおつもりとか……?」
少し驚いた。この世界で「経費」って概念を持ち合わせている者は極めて少ない。
「そうです。業務に必要な支出を控除するために。なにか問題でも?」
ダーツの『お尋ね』の件もあってピリリと意識を尖らせる。
だが、ダイカンの答えには拍子抜けした
「いえいえ滅相もございません。冒険者ギルドにもそのような制度があったのかと感心している次第でございます。我々貴族にも似たものがありましてな。領地経営の経費として相当額を控除できるのです」
「……へえ」
俺たち下々が知らないだけで、上層部は税制をきっちり把握しているらしい。
なんてけしからん!! これだから時の権力者は……まさか、『上級国民』とかいうふざけた概念まであるわけなかろうな!? 見つけ次第、即刻誅殺してやる!!
などと憤っていると、
「この宴会の費用も、『勇者様との外交費』として計上しております。実質無料になります故――」
俺は思わず身を乗り出した。
「ふむ、貴様。なるほど、同志というワケか。俺たち同じ匂いがしているな」
ダイカンも、にやりと笑った。
◇ ◇ ◇
そこからは、止まらなかった。疾風怒濤。まさに嵐のような展開でコトは進んでいった。
「私もショトク税が大嫌いでしてな」
ダイカンがワインを傾けながら宣う。
「領地の収益の4割を王国に持っていかれるのです」
「4割!? 俺タチと同じだ!!」
「ですから、経費を最大限に活用しているのです」
悪徳貴族が指を折りながら数え上げる。
「城の修繕費。兵士の訓練費。領民の福祉事業。……全て経費計上ですよ」
「福祉事業も……経費……?」
「ええ」
ダイカンの目が、妙に真剣になった。
「孤児の保護。道路の整備。井戸の建設。全て『領地経営の必要経費』なんです。結果として領民は喜ぶ。王国への上納金は激減する。まさにWin-Winの関係!! これを悪と呼ぼうモンなら、私は喜んで悪にでもなりましょう!!」
俺は、この男を見直した。
単なる銭ゲバじゃない。損得勘定にはセコいが、その結果として領民が救われている。拝金主義的な考えゆえ『悪徳貴族』と呼ばれているらしいが、その「悪」は誰も傷つけていない。むしろ俺からしたら聖人君主にも見えなくもない。
「あんた……最高だな」
「勇者殿こそ。ここまで理解のある方ですとは……今後の方針もお決まりのようだ」
二人でにやりと笑った。
ジーコが呆れた顔で俺たちを見ている。「また変な人と仲良くなってやがる」という目だ。
◇ ◇ ◇
宴会の終わり際、ダイカンが俺に一切れの札を渡してきた。
名刺みたいなものだろう。紋章が入っていた。
「勇者殿、今後もお付き合い願いたい。私の領地で何かあれば、いつでもお呼びください。もちろん……報酬と経費は、柔軟に対応いたしますよ」
「フッフッフ。そちも悪よのう」
「勇者様こそ……。ところで勇者殿。『視察』という名目をご存知ですかな?」
視察。
聞いたことはある。貴族や役人が、業務の名目で各地を回ること。前世では大企業の要人とかも箱根や熱海辺りをウロチョロしてたっけ……あと軽井沢。
「視察は、全て経費になります。宿泊費、食費、移動費。……そして、視察先での『交際費』も」
「なにが言いたい?」
「『視察』と言えば◯◯にも◯◯《バカンス》にも行き放題なのですよ!! 例えば温泉で慰労したければ『メンテナンス施設の視察』。海に行きたければ『水属性魔物の生態調査』。賭場で興じたければ『敵の資金源の実地調査』」
「……諸葛孔明。俺は貴様をそう呼ぶぜ」
「??? そのご様子からして大変名誉なことと見受けられますが……礼には及びませぬ。これが貴族の常識なのです」
視察。旅行が経費になる。遊びが仕事になる。この世界はなんて都合のいい……常に"知っている者"だけが永続的に利を舐める。日本も似たようなもんか。どこの世界も変わらないのだろう——
◇ ◇ ◇
それから数日、諸葛孔明の紹介で各地を「視察」して回った。
温泉街では『メンテナンス施設の視察』。露天風呂に浸かりながらジーコが視察報告書を書いている。中身はバカみたいにスッカスカだ。
一流の宿に泊まって夜通し騒いだ。もちろん枕投げもやった。修学旅行気分で超絶楽しかったぜ!
ビーチリゾートでは『水属性魔物の生態調査』。コーダの子供たちも「家族帯同研修」として全員連れてきた。子供たちが波打ち際ではしゃいでいる横で、俺は砂浜に座ってオシャレにカクテルを嗜んでいた。一応、領収書の整理や報告書もまとめたので仕事はした。いわゆるワーケーションってやつだね!
エルフの里にも遊びに行った。
『長寿種との外交交渉出張』。ネキーンが初めて見るエルフの美しさに目を丸くしている。ファンタジー世界といえばエルフがお約束なのに、54年も冒険者やってて出会えなかったなんて……かわいそうなジジイもいたもんだ。
全ての視察報告書を提出した。マトモに考えれば何も残らない名目だがナンクセと無駄に難解なロジックもどきをぶつけることで、形式は整って見える。
政府が難しいことをして民をはぐらかすように、俺たちもより"難解=ちゃんとしてそう"を装ったのだ。
これにはジーコが活躍してくれた。ヤツが書く報告書は、ウソみたいに中身がないくせに体裁だけは完璧。元商人の面目躍如というやつだな。
◇ ◇ ◇
視察旅行から戻った夜。俺は一人で帳簿を眺めていた。
高級レストラン、温泉、ビーチ、エルフの里。全部の領収書が揃っている。
「業務上の交際費」「視察費」
経費として計上できる額は、かなりのものになった。
だが……
本当にこれでいいのだろうか……?
このまま税から逃れることだけに、人生を捧げていいのだろうか……?
| Exactly, Yes!!!!!《もちろん、そうでございます!》
「むしろ、まだ足りない」
俺は呟いた。
ここで「良心の呵責」なんて聖人じみた心意気に流されないこの人格こそ、俺のすんばらしい〜〜〜トコロなのである! ——ザンネン!!
経費。交際費。視察費。できることは全部やっている。それでも、累進課税の壁は超えられない。経費を積み上げても、課税所得を圧縮しても根本的な解決にはならない。
窓の外を見る。月が出ていた。
合法の節税で、どこまでいけるのか。すでに天井は見え始めていた。
――だが、まだやれることはある。
ダイカンが言っていた。慈善事業が経費になると。
俺は帳簿を閉じて、テーブルに積まれた未処理の依頼書に手を伸ばした。
高難度のクエストがいくつか届いている。並の冒険者では太刀打ちできないので勇者にやらせようって魂胆だ。まあ報酬は良いから別に問題ないが。
一枚、一枚めくっていく。
――手が、止まった。
Sランククエスト。複数の集落が甚大な被害を受け壊滅。
"村"の壊滅……
こいつは使えそうだな――




