第12話 そうだ、八百長に乗ろう!
豪遊のツケは、思ったより早く回ってきた。
朝。拠点のドアの下に、一通の手紙が差し込まれていた。封筒には牛の角のスタンプ。モーモーファイナンスだ。
『ギルドマスターさん。来週が返済期限だ。遅れたら……わかってるよな?』
短い文面。だが、その短さが逆に怖い。
「やべえ。マジでやべえ」
俺は頭を抱えた。節税にもなってない借金の上に、闇金の取り立てまで来やがった。
別に戦ったところでチート勇者の俺が負ける可能性は皆無なんだが、そういう問題ではない! 俺は税金が嫌いなだけであって、犯罪がしたいワケではないからな。
「だから言っただろ。あそこだけはやめとけって」
「今さらそれを言われてもなァ」
「で、いくら足りないんだ」
ジーコが帳簿を開く。数字を追って、顔をしかめた。
「……残っているダンジョン報酬は全部突っ込んでも足りない。利息がデカすぎる。十日で五割……さすが闇金といったところだな」
くそぅ! 前世でやらかしてから契約には細心の注意を払っていたのに! あの時の俺は、完全に浮ついていた。
「そうだ!……また借ればいいのだ!」
「カネスキ。借金を返すために借金するのは、それこそ破滅の始まりじゃぞ」
まぁそうですよね。俺もそこまでバカではない。言ってみただけだ。
爺さんもこれまでの冒険者人生で、何人もそういう奴を見てきたんだろう。いつになく口調が重い。
「ど、どうしましょう……?」
コーダが不安そうに俺を見る。12人の子供たちの顔が脳裏をよぎった。
そ、そんな目で見るな。本当に金がないのだ。
だが、俺はこのパーティのリーダー。なんとかしなくては……
◇ ◇ ◇
そんな時だった。
一件の依頼が拠点に舞い込んできた。
独立ギルドになったからには、自分で仕事を取ってこなきゃいけない。街中を駆けずり回って営業する覚悟でいたんだが、ありがたいことに『勇者』の看板は強かった。ちょっとした難事案が、向こうから転がり込んでくる。
差出人はレース場の運営委員会。
『リザードレース場において、不正が行われている疑いがある。
特定のリザード「赤雷のヴォルト」のレースを調査し、
証拠を押さえていただきたい。
報酬:300万リーフ』
300万リーフ。悪くないが、モーモーの返済には全然足りない。
「とりあえず……行くしかないか」
「ち、ちゃんと仕事してくださいね? 遊びに行くんじゃないんですからね?」
コーダが釘を刺す。
「わかってるって」
雑に言い放った俺の目は、依頼書の『リザードレース場』という文字に釘付けだった。
レース場=競馬。
ムホッ!!!!
胸の奥で、何かがざわつきやがる。前世の記憶が、疼いているのだッ!!!
◇ ◇ ◇
件のレース場に着いた。
小型ドラゴン――リザードが走る競走場。観客席は熱狂に包まれ、賭け屋が声を張り上げてオッズを叫んでいる。
砂埃と興奮と、わずかな絶望の匂い。前世の競馬場と、同じ空気だ。
毎週土曜日、わずかな給料を持って通ったあの場所。馬券と希望を握りしめて叫んだ直線。外れた時の虚無。当たった時の狂喜。
……やめよう。今日は仕事だ。仕事。調査に専念しよう。
「まずはヴォルトとやらの出走レースを確認するぞ」
出走表をめくる。赤雷のヴォルトは8レース目に出走予定。まだ時間はある。
「それまでどうする?」
「パドックを見て回る。不正の手口を見極めないと」
俺は今、まともだ。ギャンブルをしに来たんじゃない。仕事だ。
――だが。
パドックに足を踏み入れた瞬間、体が勝手に動き始めた。
リザードの脚の筋肉の張り。目の輝き。調教師の表情。装蹄の状態。前世で10年間、毎週培ってきた目が、自動的に起動してしまう。
止められない。いや、止める気もない。
……5レース目のパドック。3番『翡翠のリーゲル』に目が止まった。
前走は最下位だが、脚の仕上がりが違う。調教師が先月変わってる。装蹄も新しい。前走の惨敗でオッズがアホみたいに跳ね上がっている。
「……いい脚してんな、こいつ」
思わず声が漏れた。
「おいカネスキ。目が据わってるぞ」
ジーコに見透かされた。
「ち、調査だ。調査の一環だ」
「嘘つけ」
◇ ◇ ◇
8レース目が近づいてきた。いよいよヴォルトの出走だ。
パドックで赤雷のヴォルトを観察する。赤い鱗。鋭い眼光。確かに立派なリザードだが――。
「……あれ」
俺は思わず声を漏らした。
「どうした?」
「こいつの目、なんかおかしいぞ」
瞳孔が異常に開いている。興奮状態。だが、それだけじゃない。目の充血。微かな痙攣。筋肉の張りが不自然に均一。
前世で何度か見たことがある光景だった。レースの世界では、度々問題になる。
「ドーピングだ」
「ドー……? なんだそれは?」
「興奮剤か何かキメて身体能力を異常に上げる行為だ。見てみろこいつ、目がバキバキだ。あんな状態で走ったらそりゃ速ぇよ。タガが外れて痛みも疲労も感じないんだからな」
つまり、依頼書の「不正」の正体はこれだ。どうやったのかは知らんが、ヴォルトにドーピングして勝たせている。
本来なら、ここで証拠を押さえてレース場の運営に報告するのが仕事だ。
――本来なら。
俺の頭の中で、全く別の回路が発火した。
「……ジーコ」
「何だ」
「ドーピング野郎のオッズ、今いくつだ?」
「……150倍だな。成績にムラがあるのか人気が割れてる。お前の言う通りなら、ドーピングの日だけ勝つから、一般客には読めない。同レースには人気リザードもいるから、この倍率も妥当だな」
150倍。
パーティの手元資金を全額突っ込めばオッズは下がるだろうが、それでもモーモーの返済額程度、5回払ってもお釣りが来る。
「……おい。まさか」
ジーコが俺の顔を見て、悟った。
「お前、クエストの情報で賭ける気か!?」
「……エ、エヘヘヘヘヘヘ」
やれやれ、といった顔を見せるジーコ。いや、お前のその目、裏で完全にノリ気なのバレてっからな!?
「こいつは”今日勝つ"。どっかの反社が不正で勝たせてるんだから当たり前だ。依頼書にもそう書いてあるしな。俺のご慧眼でもドーピングは確認できた……これで賭けない方がバカだろ」
「……それ、ほぼインサイダーなんだけどな」
「え? この世界ってインサイダー取引を規制する法があるのか?」
「…………」
ジーコが黙った。
はっはぁ〜ん! ないんだァ!? 少なくとも、リザードレースに関してはそうらしい。
「コーダ、ネキーン。手元の金を全部出せ。一攫千金の大チャンスだぜ!?」
「え、えぇっ!?」
「カネスキよ、正気か?」
「フハハハハハハ!!! この勇者様を信じるが良いぞッ!!!!」
「……乗ろう」
ジーコがまっ先に財布を出した。
「お前……さっきまで反対してなかったか?」
「当然だ。危険すぎる。だが……理屈は通ってる。誰かが不正で勝たせてるなら、こいつは勝つだろう。あとは倫理の問題だが――モーモーの返済期限を考えると、そんなことを気にしてる余裕はない」
元商人。いや、絶対詐欺師。やっぱりこいつ、追い詰められた時の判断がブッ飛んでいやがる。
「コーダは?」
「……子供たちのご飯代だけは残して……あとはリーダーに任せようかな」
「ナイス判断だ! ネキーンは?」
「……ワシの金はネンキンから搾り取られた残りカスじゃ。好きに使え。ネンキン制度への復讐の一環と思えば安いもんじゃ!」
爺さんならそう言うと思ってたぜ! 動機が常に年金への怒りなのは執着強すぎて少々恐いが。
とにかく全員分の手元資金をかき集めた。賭け屋の窓口に向かう。
「8レース、1番赤雷のヴォルトに全額」
賭け屋が目を丸くする。
「た、単勝に全額!? 正気ですか?」
「当然だ。俺は、やる時はやる男なんだッ!!!」
賭け屋が何とも言えない顔で賭け券を発行した。
◇ ◇ ◇
ファンファーレが鳴る。第8レース、スタート。
ゲートが開いた。




