第11話 そうだ、借金して遊ぼう!(2)
――バカ成金全盛期の開幕である。
街で一番高級な宿『翡翠の金獅子亭』。
その最上階のスイートルーム。窓からは街の夜景が一望できる。シャンデリアの灯りがキラキラと輝いていた。
テーブルには、見たこともない料理が溢れんばかりに並んでいる。金箔を貼ったドラゴンかなんかのステーキ。宝石みたいな輝きを放つデザートっぽいもの。1本100万リーフはくだらない20年もののエルフワイン。
「もう一本!」
俺が指を鳴らすと、給仕のお姉さん(とびきりの美人)が恭しくワインを運んでくる。
「ンフーーー!!! 最ッ高ッスねえーーー!!!!」
しかもこれ、全部借金なのだ。所得じゃない。
つ・ま・り、課税されないのである!
俺はグラスを高らかに掲げた。
「野郎どもォ! 乾杯だァアアアアアア!!!!!」
「カネスキさん、本当にいいの……?」
コーダが不安そうな顔をしている。だが彼女の隣に座る12人の子供たちは全員、目を輝かせてご馳走を頬張っていた。
「ママ、このお肉すっごくおいしい!」
「ねえねえ、このキラキラしたの食べていい?」
「おかわりある?」
子供たちの声が、テーブルを賑やかに包んでいる。コーダの目が、少しだけ潤んだ。
「……こんないいご飯、この子たちに食べさせたくて。でも、いつもは麦粥ばっかりで……」
「ふふん。これが『勇者』の実力よ!」
「……借金しただけだろうが」
なんだ、冷たいやつだなジーコ。
「経費にもなる借金だ。問題ないだろ?」
コーダが苦笑する。感謝と呆れが混じった、複雑な笑みだった。
「あ、そうだ。子供の分の生活費とかも借りといたら? ギルドの福利厚生費として処理できるかもだし」
「でも……借金で福利厚生……こういうの、いいのかなぁ……」
いいんだよ。借金は所得じゃねぇんだからっ!!
「おいコーダ。なにを罪悪感に苛まれているのか知らんが、ネキーンを見てみろ。あのジジイ、とんでもなく高い酒ばっか飲んでるぞ!」
指さす方向には琥珀色の液体が入ったグラスを、恍惚とした顔で持ち上げている爺さんの姿があった。
「こ……この酒……ワシの現役時代の年収より高いぞ……」
一口飲む。目を見開く。
「も、ももももも、もう一杯くれッ!!」
ゲンキンなジジイめ。テンション上がりすぎだろ。
ジーコは新しい高級スーツを着ていた。仕立ての良い生地が、ランプの灯りを受けて光っている。
「俺の借金人生で初めて、借金が楽しいと思ったぜ」
そういえばこいつ、既に多重債務者だったな。この状況で楽しめるとは、さぞかし名のある将とみた。
全員がイキイキとしている。まるでバブル期のパーティみたいだ。リムジンの1台や2台くらい呼びたい気分だぜ。
あ、この世界にシャンパンタワーの概念でも持ち込んでやろうかなァ〜! なんちて。フハハハハハハーー!!!!
――などと浮かれ切っていたのだが、
「カネスキよ」
ネキーンが、ふと真顔になる。
「一つ聞いていいか」
「何だ?」
「この借金、返すあてはあるのか」
テーブルが、一瞬だけ静かになった。
「う〜ん。魔王倒したら返す、とかじゃダメなんかね?」
「アホかお前、返済期限があるだろ。まあ、返せなくなったらそれはそれで損失計上できるけどな!!」
ジーコが軽い調子で言う。相変らず天才だな、お前は♡
「お主ら、本当に……」
ネキーンが頭を抱える。
おい爺さん! な〜にを辛気臭せぇ顔してんだ。今考えたって仕方ねえ……だろ? 今夜は楽しもう。明日のことは明日の俺が考れえればいいのだ!!!
「乾杯ッ! 借金バンザイッ!」
4つのグラスがぶつかる。エルフワインの芳醇な香りが、鼻腔をくすぐった。
最高の夜だった。
借金で豪遊、税金ゼロ。前世の俺に教えてやりてぇ。金ってのはこう使うんだよってな!
――と、本気でそう思っていた、その時だった。
◇ ◇ ◇
ガタンッ。
ジーコのグラスがテーブルに倒れた。
エルフワインが白いテーブルクロスに染みを作っていく。
「……おい、ジーコ?」
ジーコ・ハサーンの顔から、血の気が引いていた。まさに顔面蒼白。
「どうした。食あたりか?」
「……返済」
「は?」
「この借金。返す時、その金は……どっから出る?」
「どっからって……そりゃ稼いだ金だろ。ダンジョン報酬とかクエストとかで」
「その稼いだ金には……課税、されるよな?」
…………。
……………………。
あ。
「借りた金は非課税。これは至高。だが返す時、返済に充てる金は俺たちの所得から出す。所得には税金がかかる。つまり――」
「――い、いいいいいいい、1リーフも節税になって……ない……?」
テーブルの全員が石になった。
「お、おおおおおおお前のせいだぞジーコォォォ!!!」
「こっちのセリフだボケェ!!!」
俺とジーコが互いに指を突きつけ合った。
「『利息は経費になる』って乗ってきたのお前じゃねーか!!」
「『借りる借りる』ってバカみたいにハシゴしたのはどこのどいつだよッ!!」
「ンだとてめぇ! だったら止めろよ!! お前ッ、経理担当だろが!!」
「止めたわッ!! モーモーファイナンスの前であれほど『やめとけ』って言ったの忘れたのかテメェ!!」
「あんなん止めたうちに入るかッ! 本気で止める気あったら入口に体張れやッ!」
「俺が体張って骨折したら誰が帳簿つけんだよッ!!」
「へ〜? その"ご自慢の帳簿"でこのザマなんスかァ〜ッ!!!」
「ぐっ……!!!」
ジーコが悔しそうに歯を食いしばる。元商人のプライドにクリティカルヒットしたらしい。
「……すまねぇ。今のは言いすぎた……現実的な問題に移ろう」
「そ、そうだな。利息の経費化は間違ってねぇ……利息分は確かに節税になってるハズなんだ」
「ふむ。一応聞くけど、利息で節税できる額と、利息として払う額ってどっちがデカいんだ?」
「…………払う方だな」
「デスヨネ〜」
「当たり前だろ。金貸しは慈善事業じゃねぇんだ」
つまるところ、俺たちは今夜、ただただ負債を増やしただけだった。
しかもいろんなトコロから。何社回ったかもう覚えてもいないが、そのうちの1社は闇金だったね。
全員の目が、テーブルの上に向いた。金箔のステーキ、宝石のデザート、高級ワイン……の残骸。
さっきまであんなにキラキラして見えたのに、今はもう、恐ろしさしかない。
「……ワ、ワシはさっき聞いたぞ。『返すあてはあるのか』と……な? し、知らんからなっ!?」
ジジイてめぇ……!! ていうか、ダメだこのパーティ。
他責しかいないッ!!!!
「あの、ママ……おかわりある?」
コーダの末っ子が、無邪気に手を挙げた。
誰も、その問いには答えられなかった。




