第509話 東西の英雄
リクレールたちの活躍で西帝国に平和が戻り、ともに戦った士官学校の生徒たちも無事東帝国に帰って、その後もいろいろ小さな問題も色々あったものの、おおむね平穏を保ったまま夏が過ぎていった。
そして、下夏(9月ごろ)の終わりになると、西帝国ではまた新たな目出度い催しが開催されることになった。
皇太子レオニスが正式に皇帝となる戴冠式が、帝都タイラスルスで執り行われるのである。
西帝国中の貴族や有力者たちのほとんどが参加するのはもちろん、このために東帝国からもそれなりに地位が高い者たちが、貴賓として招かれることになっている。
その筆頭として、東帝国宰相のジュネーヴ公爵アルダンが北海航路経由の船で東帝国に入ったほか、名だたる侯爵や伯爵が次々に入城し、一時期は灯が消えたかのように消沈していた帝都タイラスルスは、まるで世界の人々がすべてここに集まったかのような凄まじい賑わいを見せた。
そして、その中には文官たちだけでなく、有力な騎士や武将も多数含まれており、特に目立っていたのは…………東帝国軍の若き総司令官として、魔族に奪われた領土の奪還作戦で多大な功績を挙げた、ミュレーズ侯爵セレネだ。
「ここが帝都タイラスルス……来たのは初めてだけど、この季節なのに随分涼しいわね」
「西帝国の中でもほぼ最北に位置する地でございますゆえ、帝国の首都と言えど夏は短く、冬は長いのです。それでも、北回り航路の最も重要な場所に位置する不凍港であることと、周囲に広大な平野が広がっていること、そして何より魔族からの激しい侵略から遠く離れた立地は、気にしい気候と言う条件を補って余りあるものなのでしょう」
「へぇ、そうなんだ…………インテグラって、本当に何でも知ってるねぇ……」
「それほどのことでもございません。それより、あなたは体調がすぐれないのであれば、すぐに休んだほうがよいかと」
こちらも、東帝国帝都アルクロニスから、船で大陸の北側を回ってきたセレネと、そのお付きとして軍師のインテグラと、かつてはアルトイリス騎士団の隊長だった武将のシェリンが、帝都の桟橋に降り立った。
ただ、今までの人生で一度も船に乗ったことがなかった、遊牧民生まれのシェリンは、船酔いで多少気分が悪そうだった。
冬の北海を無理やり突破してきた白竜学級の生徒たちに比べれば、はるかにましな旅路だったが、それでも慣れてない者からすれば地獄であることには変わりない。
それでも、シェリンは自ら同行を志願した手前、弱みを見せまいと踏ん張っていた。
すると、その後ろからもう一人の英雄、エンヴェルが声をかけて来た。
「ようシェリンさん、いつも言ってんだろ、無理する方が迷惑をかける時もあるって。今日は宿に行くだけだから、そこまで気張る必要はないぜ」
「そうね、エンヴェルの言う通りだわ。明日から忙しくなるから、今のうちに体調を整えておきましょ、ね」
「……わかりました、御迷惑をおかけします」
聖剣を継いだ少女セレネと共に、多数の魔族の死骸の山を築き、そのあまりの強さに敵から「死を告げる者」と恐れられた聖槍使いエンヴェルは、船から愛馬シルランティスをゆっくり下ろしながら、仲間の不調を気遣った。
この二人の放つ「英雄オーラ」は、初めて見た人でもわかるほど、圧倒的なもので、東帝国が誇る世紀の英雄の姿を一目見ようと、大勢の帝国市民が港に押し寄せていた。
だが、そんなところにもう一人――――「英雄」が姿を現した。
「見ろ、アルトイリス候だ!」
「うそっ、リクレール様までいるの!? ちょっと、すごすぎない!?」
「まさかこんなところで、東西の英雄が見れるなんて、感激だ!」
「アルトイリス候……リクレール……えっ、リクが来てるの!?」
集まっていた人の中から、リクレールの名前を呼ぶ声がした瞬間、セレネははっと顔をそちらに向けて、やや速足で駆け寄っていった。
果たして、西帝国側からの出迎えとして、しっかりとした衣装をまとって、背中に魔剣エスペランサを背負ったリクレールが兵士たちと共にこちらに歩いてきていた。




