第507話 僕はここにいるから
「ん……朝?」
リクレールは寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと起き上が――ろうとしたところで、首と肩のあたりに、未だ慣れない二つの柔らかい感触を感じた。
しかも、視線を下に下げてみれば、少し小麦色にやけた健康的な2本の腕が、お腹のあたりに絡みついている。
リクレールはしばらく思考がビジー状態のままフリーズしたが…………自分の髪の毛に埋もれているなにかから、湿っぽい寝息を感じたことで、ようやく自分は背後からヴィクトワーレに抱きしめられているのだと認識した。
「え、え……? ちょっとまって、なんでトワ姉が……エスペランサ?」
『はい、ここにおりますわ。おはようございます、主様』
「あからさまに不機嫌そうだね」
『当然でございますわ』
リクレールの呼びかけにエスペランサはすぐに応えて姿を現したが、分かってはいたが嫉妬心丸出しであった。
『せっかくわたくしが…………いえ、何でもございません。とにかく主様の仰りたいことはよくわかりますわ。ヴィクトワーレ様は、気分が高揚して眠れないとおっしゃっておりましたので、わたくしが認めた婚約者と言うこともあり、同衾を許可いたしましたわ』
「そ、そうなんだ……」
『ですが、まさかここまでベタベタするなんて、うらやまし……ではなく、やや破廉恥ですわ』
「うーん」
エスペランサ自身もリクレールに触れることができないわけではないのだが、基本的には実体がなくすり抜けることになる。
有体に言えば、身体の一部に意図的に接触判定を持たせることしかできないので、ヴィクトワーレのようにリクレールを抱き枕にすることができないのである。
もっとも、もしできていたなら、おそらく毎晩忠誠の抱擁をされることになるだろうが…………
「と、とにかく、起こさないように脱出しないと。トワ姉の手がここに当たっちゃったら、どうなるか……」
何しろリクレールは思春期の男の子なので、少しでもヴィクトワーレの手が下半身にズレようものなら、朝の生理現象の証拠を《《握られる》》ことになりかねない。
とはいえ、起こすのもかわいそうなので、慎重に手をどかして脱出しようと身じろぎしようとしたところで……急に、ヴィクトワーレがリクレールを抱きしめる手が強くなった。
「なっ!?」
「ん……りくぅ、どこにもいっちゃ、やだ……」
「トワ姉? 寝言?」
ヴィクトワーレらしからぬ、弱々しい声に、リクレールは思わずドキッとしてしまう。
恐らく無意識なのだろうが……無意識だからこそ、ヴィクトワーレにとっても本音なのかもしれない。
(そうだよね……マリア姉さんを失って寂しいのも、戦いに次ぐ戦いで疲れているのも、トワ姉も同じなんだ。僕としたことが、こんなことも分からないなんて)
リクレールは体の向きを変えると、自分を強く抱きしめているヴィクトワーレの身体を、優しく抱きしめ返してあげた。
寝れない夜、不安な夜に、姉がそうしてくれたように。
「大丈夫だよ、トワ姉。僕はここにいるから」
と、そんなことを言っているが、やはり彼は思春期の男の子であり、姉にはあまりなかった、寝間着の下からも盛大に存在を主張する二つの山脈にさりげなく顔をうずめてみる。
ヴィクトワーレ特有の、夏の花のような香りがいっぱいに広がり、興奮で顔や耳が急激に真っ赤になって……リクレールは別の意味で酩酊したような気分になっていく。
『主様……あまりのめり込みすぎるのは、感心しませんわ』
「だって、トワ姉が寂しそうだから」
そんな言い訳をして、ヴィクトワーレの身体を堪能しているリクレール。
興奮しすぎて何度も身じろぎしていたからか、ヴィクトワーレの眼がゆっくり開き始めていたが、そのことに暫く気が付かなかった。




