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第506話 よくできました

 すぐ近くでエスペランサとヴィクトワーレが女の本音トークを繰り広げているとき、リクレールは今までの疲れが一気に出たのか、深い深い眠りに落ちて、この日もいつものような悪夢を見ることはなかった。

 リクレールは気が付けば、いつか感じた懐かしい気配に包まれていた。

 柔らかい光の中、優しさそのものと言っていい心地に身体を預けていると、全身の力が抜けていくのを感じた。


「よくできましたね、リクレール」

(姉さん……)


 おぼろげな思考でも、すぐにこれが夢だとわかったが、それでも……リクレールは姉に褒められてとても嬉しかった。

 子供の頃、両親が褒めてくれない分、姉から何度も優しくして貰たことがあったが、今日ほど明確に褒められたのは初めてかもしれない。


「リクレールの頑張りで、帝国も、アルトイリス家も、そして、私の大好きなリクレールも助かった。これも全部、リクレールのおかげ」

(姉さん……その言葉、生きているうちに聞いてみたかったな)


 今のリクレールには、そのことが一番心残りだった。

 姉が生きていた頃、リクレールは何もできない存在だった。

 けれども、エスペランサの力を借りているとはいえ、今は何もできない無力な存在ではない。

 例え剣が使えなかったとしても、今回の戦いで自分が軍を指揮して作戦を立てることに、ある程度自信がついてきた。

 欲を言えば、その能力を大好きな姉の下で生かしたかったが……もう二度と叶うことはないだろう。


「生きているうちに…………そうね、私も、心残りではあるわ」

(姉さんの、心残り?)

「私はね、リクレールが元気で、無事でいてくれたら、それだけで十分なの。それなのに、リクレールをたった一人で残してしまって、ごめんね」

(そ、そんな……心配しないでよ姉さん、僕は今は一人じゃない。サミュエルも、トワ姉もいるし、シャルやゼークト、ウルスラ先生、それにアリシアやデルセルトたちだって……一緒に戦ってくれる仲間が、こんなに大勢いるから)


 ここでふと、リクレールは奇妙な違和感を覚えた。

 自分は普通のことを言ったはずなのに、なぜか心をものすごく引っ張られ、なんとなく傷つくようなことを言ってしまった気持になる。


「ふふふ、そっか。それはよかったわ。リクレールにも、お友達ができたのね。偉いわ」

(偉いだなんて、そんな……)

「けどね、頑張りすぎるのもよくないわ。こうして、久しぶりに会えたんだもの、しばらく、ゆっくりしましょ? ね? 大丈夫、何が来ても、お姉ちゃんがいるから、ずっとずっと、守ってあげる」


 戦いに次ぐ戦いで、ただでさえ虚弱だったリクレールの身体は、抑え込んでいただけで、かなり悲鳴を上げていた。

 それに加え、ずっと会いたかった姉……マリアの存在を感じることができて、無限の安心感すら覚える。

 以前のリクレールなら、この天国のような時間に甘えて、永遠にここで過ごしたいと思ったことだろうが…………


(……ごめんなさい、姉さん。僕には「やりたいこと」がたくさんあるんだ。今しっかり休んでいるのも、これからまた忙しくなるから、そのために力を溜めるため。だから、ずっと寝ているわけにはいかないんだ)


 リクレールははっきりとそう言った。

 と、同時に、またしても何かに強く引かれるような感覚に襲われる。

 それでも、リクレールはもうここまで来て、引き下がるわけにはいかなかった。


「あら、それは少し残念だわ。でも……大きくなったのね、お姉さんは嬉しいわ。だから、これは――――」


 膝枕をしていたマリアのおぼろげな顔が、ゆっくりとリクレールに近づいてくる。

 長い銀髪のカーテンが二人の顔を包むと、リクレールの唇に小さな熱がこもった。


「これは、私からの、応援の気持ち♪ これからも頑張ってね、リクレール…………私のために」

(姉さんの、ために……?)


 そうしているうちに、あたりを強烈な光がつつみ、世界が塗りつぶされていく。

 それに伴って、リクレールの意識はまるで深い水底から急浮上するように昇っていき――――

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