第505話 もう一人の好敵手
『さてヴィクトワーレ様。貴女様自身が主様を勝ち取らねばならない理由は、もう一つございます』
「もう一つ……何かあったかしら」
『お忘れですか? 主様を狙う輩がもう一人いるのを』
「………! そうか、セレネ……!」
そう、ヴィクトワーレ自身にも恋のライバルがいる。
それは、今東帝国軍を率いて絶賛活躍中の聖剣の持ち主、セレネだった。
最近はドタバタしていたせいであまり意識することはなかったが、セレネもまた幼いころからリクレールのことを気に掛けていることは、ヴィクトワーレもよく知っている。
「そういえばあの子も、遠征中にも関わらずリクに手紙を送ってくれて、向こうの近況を知らせてくれたわね。リクも律儀にこっちで戦いのことを書いてたから、すごく心配してて、出来るなら早く遠征を終わらせてこっちに加勢するなんて書いてくれてたわ」
『本当に……あの娘も困ったものですわね』
「私が言うのもあれだけど、エスペランサはやけにセレネに対して辛辣よね? やっぱり、聖剣の持ち主だから?」
『勿論それもありますが……わたくし的に、あの娘が主様と親しくしていると、碌なことがないと判断しておりますの。理由は様々ございますが、あの娘は理想主義的すぎて、清濁併せ吞むことさえ拒絶する性格というのが最大の問題ですわ。先の東帝国におけるあれこれも、あの娘がしっかりと根回しをしていれば、主様に恥をかかせることもなかったでしょうし』
「とはいっても、それがあの子のいいところでもあるし、難しいわね……」
ヴィクトワーレ自身は、確かにセレネにリクレールを取られるかもしれないという不安は抱いていたが、それはそれとして、個人間の仲はかなり良好だった。
あのどこまでもまっすぐな性格と、まるでマリアのように誰とでも分け隔てることなく仲良くなることができる人の好さは、東帝国が誇る英雄として賞賛すべきものがあるだろう。
だが、エスペランサからすれば、その純粋すぎる性格は危険極まりないものであると認識していた。
『油断してはなりませんわヴィクトワーレ様。あの娘は主様とほぼ同年齢であり、おまけにアルトイリス家とミュレーズ家は今は微妙な関係にあるとはいえ、何代か互いの家で婚姻を結んでいる親戚のような存在でございます。ヴィクトワーレ様と主様が結ばれるのを妨害したい勢力が、そちら側に手回しをする可能性も、十分考えられるでしょう』
「なるほど……そう考えると、私もただ手を拱いているだけだと危ないわ」
そう言いながら、ヴィクトワーレはすぐ横ですやすや寝息を立てているリクレールの顔を覗く。
その顔は相変わらず男なのに「可愛い」と形容されるほどだが、1年前と比べて、中身はほぼ別物のように強くなりつつある。
もし……セレネがリクレールと結婚するとなったら、どうするだろうか。
ヴィクトワーレは思う。きっとセレネは、リクレールを真っ先に戦いから遠ざけ、まるで自分の宝物のように、大事に「家にしまっておく」だろう。
セレネは昔からそういう女の子だった。マリアと同じように、あらゆる能力が高いせいで、何でもかんでも全部自分でやった方がよいと考える。
そうしてリクレールは、潜在能力を発揮することなく、ただミュレーズ家にいるだけの存在として、一生を過ごすことだろう。
(それはそれで、幸福な人生なのかもしれない。むしろ、今のようにリク自身が無理を続ける方が、良くないかもしれない。それでも……リクが、マリア亡きあとの西帝国を背負えるだけの人物になれるのなら、それが西帝国の人たちの為なのかもしれない)
ヴィクトワーレもまた、魔剣に唆されているかもしれないという思いは捨てきれない。
けれども、西帝国の未来のためには、自分も今まで以上に努力し、考え、そして勝ち取らなければならない。
(……すこし、考えすぎたかしら。なんだか、ねむく……)
『ご無理は禁物ですわ、ヴィクトワーレ様。今宵のお話は、わたくしにとっても、実に有意義でございました。また機会があれば、二人きりでお話させてくださいませ』
その言葉と共に、ヴィクトワーレもまた眠りについた。そのまま、リクレールのベッドの上で。




