第502話 ブラザーコンプレックス
ヴィクトワーレとマリアは歳が非常に近く、さらに隣接する侯爵領の出身だったため、幼いころから非常に仲がいい「幼馴染」であった。
もちろんお互いがお互いを「一番の親友」としてとても信頼していたのだが、そのことがほかの者と比べて見えていたことと、見えていなかったことを無意識に浮き彫りにした。
『お気付きになられましたか。マリア様は、主様のご両親からの虐待ともいえる教育を止めませんでした。また、主様は自ら弱い自分を克服すべく、自らの意思で士官学校への入学を希望いたしましたが、その際に古巣である白竜学級に推薦したのもまたマリア様でした』
「で、でもっ! マリアにはリクをいじめる気は絶対になかった! それだけは言えるわ! じゃなければあんな……!」
『勿論、マリア様が主様のことを嫌っているなどと言うことはないでしょう。むしろ、真逆。マリア様は恐らく、主様をこの世の何よりも溺愛し、それゆえ主様には自分しか頼れる者がいないと思うように育て上げたのでしょう。そういった意味で……マリア様は「暴君」なのだと申し上げた次第でございます』
「……そう、エスペランサの言う通りよ。私はマリアのことは友人としてとても信頼しているし、とっても素敵な、いい人だってわかってる。でも、私だからこそ、マリアの欠点を知っている。何しろマリアは、最後の最後まで、リクとの結婚を諦めてなかったんだから」
リクレールは西帝国内の貴族や、士官学校の同級生たちから、よく「シスコン」だと嘲笑われたし、リクレール自身もはっきりそれを自覚し、マリアなしでは生きていけないとずっと思っていた。
けれども、その実リクレールはマリアによって姉依存を深めらせられていただけでなく、マリア自身も非常に強烈なブラコンであったわけだ。
マリアがそのことを全く周囲に非難されなかったのは、彼女の余りある才能がそのような「些細な欠点」を塗りつぶしただけでなく、表面上はリクレールが一方的に姉を強烈に慕っているようにしか見えなかったからだろう。
そして、そのことは……マリアと最も仲が良かったヴィクトワーレがおそらく一番よく知っていた。
「私は、初めて会った時から、リクが好きだった。か弱い男の子を好きになるなんて不思議だと思うかもしれないけど、絶対に私が守ってあげなきゃって思った。だから、マリアに将来リクは私が貰うって告げたら……何て言ったと思う?」
『……?』
「マリアは言ったのよ「少なくとも私に勝てる腕がなければ、リクの面倒はみさせられないわ」ってね。マリアはね、本当に強かったわ。西帝国最強って言われる、うちの父さんに、模擬試合とはいえ勝ったことがあるのよ」
『なるほど、ようやく合点が行きましたわ。なぜヴィクトワーレ様が、あれほど多種多様な武器を正確に使いこなせるのか。剣の腕では敵わないとみて、別の武器の腕前で上回ろうとなさったのですね』
「正直、我ながらバカみたいな発想だったわ。確かに、今でこそその努力は実を結んでいるけど、本来の目的を果たすのであれば、一つの武器を極めるべきだったわ」
その当時はマリアが元凶だとは思っていなかったが、リクレールは男子なのに儚げな印象で、そしてどこか孤立気味な存在だった。
そのせいで周囲の貴族や騎士たちからは人扱いされていなかったが、ヴィクトワーレだけは彼の優しい心根に大いに惹かれ、有体に言えば「欲しい」と思ってしまった。
どうもリクレールには天性の「年上の女性たらし」の素質があるようだが、おそらくそれはマリアが幼いころから植え付けた英才教育によるものだったのかもしれない。
だが、そんなリクレールを手に入れるために立ちはだかったのが、ほかならぬ大親友のマリアで……幾度も決闘を挑んだが、その都度叩きのめされてきた。
「本当はね、マリアからリクのことをよろしく、なんて言われたことは一度もない。けど、もし自分より強くなって、自分の代わりにリクを守れると証明出来たら、その時は結婚を認めるってマリアは言っていたわ。まあ、それがどうして今は私の方が奪い合いの対象になっているのか、よくわからないけど…………私はリクのパートナーと認められるのに、まだまだ修行が足りないって思ってしまって」
『そうですか…………』
一通り話を聞いたエスペランサは、少し考え込むようなしぐさをした後、おもむろに口を開いた。
『ヴィクトワーレ様もまた、マリア様の「呪い」にかかっているご様子ですね』
「呪い!?」
思ってもいなかった単語が飛び出したことで、ヴィクトワーレは思わず声を上げてしまった。




