第501話 姉マリア
「話すのは構わないけど、なんで今頃マリアのことを? リクから散々色々と聞かされてない?」
『もちろん、主様からはそれはもう、ことあるごとにお姉様のことについてお話頂いておりますわ。それに、そもそもわたくしは主様と知識を共有できますので、ある程度お姉様のことは存じておりますの』
リクレールがすやすやと寝息を立てるすぐ横で、ヴィクトワーレとエスペランサがベッドの縁に腰かけて語り合った。
明かりのない真っ暗な夜……カーテンの隙間から差し込む、月の僅かな灯りだけが照らす中、不思議とヴィクトワーレにはエスペランサの姿がよく見える。
そして、その表情がエスペランサには珍しくやや不安そうだということもよくわかった。
『ヴィクトワーレ様、わたくしはこの先……主様のお姉様に失礼なことを言うかもしれません。もし、御気分を害されたと感じましたら、遠慮なく止めていただいて構いませんわ』
「エスペランサ、あなたにしてはずいぶんと慎重じゃない」
『では、率直に述べさせていただきますと、主様のお姉様、マリア様はある種の「暴君」だったと考えておりますわ』
「っ!!」
エスペランサの言葉にヴィクトワーレは分かりやすく動揺する。
しかし、マリアのことを「暴君」と評されてもヴィクトワーレは怒ることも落ち込むことも、そして否定もしなかった。
それこそがエスペランサの欲していた答えであった。
『先ほど申し上げました通り、わたくしと主様は一心同体。主様がお目覚めの間、わたくしと主様の思考は共有され、ほぼ筒抜けとなります。これはわたくしにも大きな利があると同時に、大きな欠点でもあります。特に、主様が敬愛するマリア様をわたくしが否定すれば……この先の主様との連携に、支障をきたしてしまいかねません』
「エスペランサも、何だかんだでリクに見放されるのは怖いのね」
『もちろんですわ。わたくしはもう、封印されて長年使われない悲惨な境遇に戻りたくありませんもの』
普段から尊大な態度のエスペランサであっても、リクレールから関係を断ち切られてしまえばそれまでだ。
いくら魔剣でも、持ち主の意思に反して持たせようとすることはできないし、何よりそのような状態では魔剣の真の力が発揮できない。
そして、エスペランサにとって、そしてリクレールにとって、一番の地雷はほかならぬマリアのことなのである。
「じゃあ、どうしてマリアのことを暴君だと思うの? あの聖剣アレグリアに認められたのだから、そんな性質とは真逆だと思っていたけど」
『……以前、主様にもお話ししましたが、暴君とは手段ではなく在り方なのでございます。普通、暴君と言えば、支配する土地に重税を課し、気に入らない者は気分次第で刑に処し、豪奢な生活を好む、いわば「貴族の皮を被った賊」のような者を指すことでしょう。もっと言えば「自分の気に入らない強権的な人物」であれば、貴族に限らずとも暴君と呼ばれることもあるかと存じます。ですが、わたくしの望む「暴君」とは、目的のために時には手段を択ばず、人々の自由意思を奪い自らに服従させる者……かの聖剣が「解放」を司るのと逆の性質でございます』
「ということは、マリアは…………エスペランサの言うように、目的のために人々を無理やり従わせていた、ということ?」
『有体に申し上げますとそうなりますわ。主様のお話を聞く限り、マリア様は幼いころから才能はずば抜けており、その圧倒的なカリスマは、周囲を否応なしに惹きつけていたそうです。何しろ、元アルトイリス侯爵騎士団は、その大半がマリア様が士官学校にいた頃の友人で、士官学校の経営が傾きかねないほど、学級を問わず引き抜いたとか』
「ええ、そうね……さすがにあの事件は、私もよく覚えているわ。もし私が隣の領地の生まれじゃなかったら、たぶん私もマリアの騎士団の一員になっていたはず」
『そして、主様には非常に厳しい態度だった先々代のご両親も、主様の記憶を知る限りでは、一度も叱られたことがないほど愛されていたご様子』
「それはそうでしょうね。リクのご両親が厳しかったのは、マリアと同じ実力を要求したからで、うちの父さんも度々苦言を漏らしていたわ」
『それゆえ主様も、ヴィクトワーレ様のお父様の方が、本当のお父様のように信頼していらっしゃるのでございましょう。現に、アルトイリス侯爵家ではご両親を諫めていたのは、サミュエル様だけでございました』
「本当、あの人には頭が上がらない――――あれ?」
ここでヴィクトワーレは、ふと今までにない強烈な違和感を感じたのだった。




