第500話 魔剣との対話
夜も更けてきたころ、リクレールの寝室の扉が控えめにノックされた。
『ヴィクトワーレ様ですね、鍵をお持ちでしたらどうぞお入りください』
「っ!! そ、その……お邪魔します」
『主様の安眠の邪魔をするようでしたら、おかえりくださいませ』
「し、しないわよそんなこと!」
『冗談でございます』
珍しく冗談を言う魔剣に小声で抗議しつつ寝室に入ってきたのは、普段の寝間着姿のヴィクトワーレだった。
どうやら彼女は何となく眠れなかったようで、こうしてリクレールの部屋を訪れたようだが、あいにくリクレールは先ほど意識が夢の中に落ちたので、明日の朝までは目を覚まさないだろう。
だが、ヴィクトワーレはそれもある程度織り込み済みで…………
「実はね、私はエスペランサにも改めてお礼を言いたかったの。リクを守ってくれて、そして何より、リクを勝たせてくれて、本当にありがとう。はっきりって、エスペランサの助力がなかったら、今頃私たちは逆に負けていたわ」
『ふふん、当然でございますわ! あのトライゾンとかいう侯爵は、わたくしから見れば計画にいくつも穴があったと言えど、実行に抜かりはござませんでしたわ。わたくしの助力で主様が東帝国から戦力を増強したことが、此度の戦いの大きな決め手となったことは、疑いの余地がありませんわ』
「言うわね……けど、今はそれがむしろ頼もしく感じるわ」
出会った時から――いや、何なら今でも、ヴィクトワーレはエスペランサがリクレールを悪い方向に導かないかと大いに心配していたが、はっきり言ってエスペランサがいなければ、今頃西帝国の運命は大きく変わっていたに違いない。
ユルトラガルド侯爵領は蹂躙され、コンクレイユ侯爵家は孤軍奮闘せざるを得なくなり、アルトイリス侯爵家も何もできず消えていた。
戦略的に非常に不利な盤面を、知略と武力両方で覆すために、エスペランサはなくてはならない存在だと、ヴィクトワーレは改めて認識したのである。
「悔しいけど……私は今回の戦いで、改めて自分の無力さを実感したわ。リクを守るだのなんだの言っていたけど、出来ることは馬を奔らせて武器を振るうことだけ。そんなの、私じゃなくてもできる…………私は、マリアみたいに、リクを守るだけじゃなくて「導く」ことも出来なきゃいけないのに……」
『なるほど、それでヴィクトワーレ様はそのようなことを考えすぎて、眠れなくなったのでございますね。ふふっ、そう言ったところは、主様そっくりですわ』
「そっくり? 私が?」
リクレールそっくりと言われて、思わず頬を赤らめるヴィクトワーレ。
別に褒めていないにも拘らず喜んでもらえる言葉を言えるのは、流石魔剣と言ったところか。
『それで、わたくしがヴィクトワーレ様にしていただける「感謝」は以上でしょうか』
「え? いや、その……相手が人ならまだしも、剣相手に出来ることがほかに思いつかなくて。私だって、エスペランサにはお礼をしてもし足りないくらいだし……」
『左様でございますね。では、今ちょうど主様もお休みになられていることですし、せっかくですから主様の前では話せないようなことを、教えていただけないでしょうか』
「リクの前では話せないこと……!?」
ヴィクトワーレの身体に、俄かに緊張が走り、喉がゴクリとなる。
『はい、以前からどうしても知りたいことがございました。それは、主様のお姉様のことです』
「マリアのこと……」
ただ、エスペランサからの要求は完全にヴィクトワーレの予想外のものだった。




