第499話 未練の夜
「はぁーあっ、なんだかすごい、満足した! こんなにお腹パンパンになることなんてあるんだ……!」
『ふふっ、主様くらいの年齢の男性は、それくらいの栄養を取らなくては体がもちませんわ。主様も、その気になればあれだけの食事を摂れるのですから、今後もしっかり食べていきましょう!』
「う、うーん……そうは言っても、たまにでいいかな。ガムランみたいにはなりたくない」
夕食会ではすっかりサミュエルたちとの話が進み、食事が終わる頃にはすでに日付をまたいでいる時間となってしまっていた。
普段はあまり酒を飲まないサミュエルも、自分の領地で採れたワインは相当好きなようで、気が付けばあの鉄のような表情筋が、真っ赤に染まってべろんべろんの笑顔となっていた。
そして最後は眠気に耐えられなかったのか、放している最中にぷっつりと糸が切れたように、テーブルに突っ伏して寝てしまった。
そのため、サミュエルはヴィクトワーレとエレノアがゆっくりと客間に運んでいったのであった。
恐らく、明日慌てて謝罪に来るかもしれないが、むしろサミュエルの意外な一面が見れたことと、あまり話さないプライベートのことを語ってくれたことはとても嬉しかったので、笑って許すことは確定していた。
リクレールも、今までの人生で類を見ないほど食べ物を腹に詰め込んだせいで、苦しくなってベッドの上にあおむけに横たわりながら、エスペランサとの会話に耽っていた。
「…………エスペランサ」
『はい、主様』
「もうすぐで、マリア姉さんが亡くなって1年になる。けど、僕はまだ姉さんがいなくなったことが、昨日のように感じるし、何なら……いつか姉さんが戻ってくるんじゃないかとさえ思ってる。あんなに必死に戦って、あんなにたくさん辛い思いをしたのに……あっという間に過ぎ去った気がして、僕の身体にどれだけ残っているか、結構不安なんだ。やっぱり僕は、まだ心が弱いのかな」
『大丈夫ですわ、主様。主様がそう感じるのは、おそらく、まだまだ成長していこうという思いが強いからでござますわ』
「成長しようという、気持ち……?」
リクレールの悪い癖として、一人でいると途端にいろいろと考えすぎるあまり、悩む自らの力を矮小に感じてしまうというものがある。
しかし、エスペランサの考えとしては、そう感じるのはリクレールが本来持つ強い向上心の裏返しであり、成長しても成長しても、まだまだ足りないというどん欲さがあることの証だと思っている。
『今や主様は、西帝国を救った英雄の一人であり、次期皇帝の信任厚く、頼りになる人物と大勢誼を結んでおります。凡夫であれば、その時点で自らの立場に満足し、今が自らの最盛期だと思い込み、成長をやめてしまいますが……主様は違います。主様の頭の中には、すでに数多くの成し遂げたいことがあるのでしょうから、それを成し遂げられる力があるのか不安にさいなまれるのも無理はないでしょう』
「そうなんだ…………」
リクレールはいまいち腑に落ちていなかったが、エスペランサは別におべっかを使っているわけではなく、本気でそう思っていた。
そうでなければ……エスペランサが、この主に力を貸すわけがないのだから。とはいえ……
『しかし、お姉様のことは』
「やっぱり、未練がましいかな?」
『いえ、そのようなことはございません。それほどまでにお慕いしていたお姉さまのことを、1年や2年で割り切ることは難しいでしょう。ですが、場合によっては、主様のお姉様への思いは、より良い形に昇華できるかもしれませんわ』
「より良い形に……敵討ちのモチベーションだけじゃなくて?」
『もちろんそれは主様の今後の最大の目標であり、今後も変わることはないでしょう。ですが、例えば……功績のある臣下に、お姉様の意匠を象った勲章を贈るなど、してみるのはいかがでしょう』
「っ!! 確かに、それはいい案かもしれない! そ、そうだ! ほかにも精鋭部隊の名前に姉さんの名前を使ったり、姉さんの顔が書かれた貨幣なんかも……」
エスペランサがもう一つ感じたのが、リクレールの「不自然なまでの」姉への愛情であり……おそらく姉がいなくなったことで、その思いが歪んだ形で彼の中にたまってしまっているのだと考えた。
なので、エスペランサが言うように、ある程度マリアの存在が感じられるような何かを作り出すことで、その思いが発散されるかもしれないと踏んだのだった。
一度刺激を受けたリクレールの脳は、まるでビックバンのようにあらゆる「マリアのコラボ物品」を次々に生み出し……思考の煩さで暫くエスペランサを辟易とさせるのだった。




