第495話 おかえりなさい
昼頃にアルトイリス城で軍を解散したリクレールだったが、すぐに休めるわけではなかった。
兵士たちがきちんと休めるよう諸々の手配を行い、武器もきちんと回収できたことを確認し、城内に戻ることができたのは夕方になってからだった。
「おかえりなさいリクレール君! 無事でよかったわ!」
「エレノアさん、あなたももうアルトイリス侯爵家の臣下のだから、知人の頃のままでは困るわ」
「あら、ごめんなさいね……改めまして、よくぞご無事にお戻りになられました、侯爵閣下」
「あはは……エレノアさんに改まられると、ちょっと妙な感じだね。…………うん、エレノアも、アンナも、僕がいない間留守をありがとう」
城内に入ってすぐに出迎えてくれたのは、エレノアとアンナだった。
モントレアル侯爵との交渉を見事にまとめ、背後の憂いをなくしたエレノアは、リクレールが不在の間、その高い学識と調整能力で一時的に領主の代行を務めており、東帝国から連れて来た官僚たちと共にアルトイリス侯爵領を維持してくれていた。
いくつかの問題は、都度戦場にいるリクレールと書簡でやり取りして決裁を仰いでいたが、それでも彼女らがきちんと内務に専念してくれたことで、リクレールが帰ってくるまで大きな問題は発生しなかった。
そして、アンナも何かあった時のために領内で追加の兵を500人ほど招集して訓練させていた。
以前の大粛清で、アルトイリス領内の貴族はすっかり逆らう気をなくしていたが、それでも戦況によってはブレヴァン侯爵側に内通する者も出ないとは限らなかったし、リクレールがいない間にも賊や流れの魔族が現れた際に、迅速に対応してくれていた。
おかげで西帝国全土が戦場となる大混乱にあっても、アルトイリス領では盗賊などによる治安の乱れも大きく抑えられていた。
まだまだ人材不足のアルトイリス侯爵家だったが、数少ない人材が、こうして自らの判断できちんと働いてくれていることに、リクレールは大いに感謝するのだった。
そして……
「お帰りなさいませ、ご主人様……」
「ただいま、レイ」
侯爵の居住スペースに足を運ぶと、青髪のメイド――レイが、深々とお辞儀をして出迎えてくれていた。
メイドとして一分の隙も無い完璧な所作と、温和ながらもしっかり引き締まった表情のレイは、主人が仕事で数か月家を空けたとは思えない立ち居振る舞いだったが…………リクレールは彼女の姿を見てすぐ、なんとなく尻尾をものすごい勢いでブンブン振るっているような幻覚が見えた。
(気のせいかな……レイが凄く嬉しそう)
『気のせいではございませんわ、主様。このメイドは、主様のお戻りをこの城の誰よりも待ち望んでいたのでしょう』
(レイにも随分心配をかけちゃったな……暫くして落ち着いたら、レイにもまとまった休暇をあげようか)
『本人が望むのであれば、それがよろしいかと』
(……? エスペランサ、何か呆れてる?)
『気のせいでございますわ』
相変わらず乙女心の分からないリクレールであったが、ともかく、まるで忠犬のように出迎えてくれたレイに、リクレールもご主人様として最大限に応えた。
「ありがとう……ずっと僕の家を守ってくれて。レイの姿を見たら、ようやく家に帰ってこれたんだなって思えて、一気に安心したよ」
「勿体なきお言葉……私は、当然のことをしたまででございます。ご主人様がいつ帰ってきても良いように……そして、帰ってきたら、すべての疲れを癒せるようにすることこそ、私の仕事でございますから。長旅でお疲れでしょうから、お着替えと、お風呂のご用意はできております。その間に、今晩のご夕食をご用意いたします」
「何から何まで、本当に助かるよ」
リクレールがブレヴァン侯爵領に向けて出陣したあの日、レイもたとえ戦場であってもリクレールの傍で役に立ちたいと、同行の許可を求めたことがあった。
しかしリクレールは、レイには帰る場所を守ってもらいたいからと、彼女の同行を断った。
その時の、レイのとても悲しそうな顔は今でもよく覚えていた。
だからこそ……こうして、完璧な状態で出迎えてくれたことが、心の底から嬉しかった。
(レイだけじゃなくて、他の使用人たちも、僕がいない間でもずっと手を抜かずに、この綺麗さを保っていてくれたんだね)
『本来使用人の心構えとして、主人が見ていなくとも、完璧な状態を保ち続けることこそが美徳とされておりますが、それを実践できる者は、その実、限られております。あの時、このメイドを拾って正解でございましたわ』
(拾ったって……犬じゃないんだから)
とはいえ、リクレールが歩く三歩後ろをついてくるレイからは、やはり尻尾をブンブン荒ぶらせるような雰囲気がにじみ出ていたという。




