第492話 人の上に立つ者
領民からの喚声に迎え入れられながら手を振るリクレールは、この時もやはりエスペランサと心の中で会話を続けていた。
(出陣した時は、みんなすごく不安そうだったのに、こんなに喜んでもらえるなんて)
『主様が、それだけ大きなことを為した証でございますわ。ここに並ぶ無知な平民たちでなくとも、人間は見た目だけでその真価を見抜くのは難しく、その人となりを知って初めて色が付くのでございます。この度の内乱における主様の活躍は、帝国全土に嫌でも広がり、様々な噂が一つの束となって人々の耳に入ったことで、彼らが主様を見る目も変わったのでございます』
(だったら、これからも、彼らの期待は裏切れないね。そして……僕はやるときはやる、恐ろしい貴族だって、思い知らせる……)
『これから先、今ここで笑顔を見せている者たちに、時に苦痛を強いることもございましょう。その時に彼らがどれだけ主様の言うことを聞くかは、主様がなした結果にかかっております。たとえ苦しく辛くとも、主様についていけば間違いはない……そう思わせることが肝要ですわ』
(苦痛を強いる、か…………そんなことをさせないようにしたいけど、結局そうはいかないだろうな)
ふとリクレールは、自由交易都市同盟のことを思い出した。
彼らは80年前、統治していた領主や貴族を追い出し、平民だけで国を作った。
今リクレールの手元には5000人の兵がいるが、この後軍を解散すれば、また軍備を縮小することになる。
その間に、これだけ大勢の平民がリクレールの統治を拒否したら……?
『そうならないように、わたくしはこれからも、主様のお力になりますわ』
人々の上に立つというのは、改めて危うい事なのだと、リクレールは心に刻むのだった。
その後、アンクールの街を凱旋したアルトイリス軍は、アルトイリス城に戻ると、リクレールは全軍の前で改めて今回の戦いの活躍を労うとともに、アルトイリス侯爵として今回の戦功を独自に表彰することとした。
その中でリクレールが真っ先に表彰したのは、老将サミュエルだった。
「サミュエル……あなたがいてくれて、本当によかった。サミュエルが後方をしっかり守ってくれたから、僕たちは全力でブレヴァン侯爵率いる反乱軍に当たることができた。これからもどうか、その力をアルトイリス侯爵家のために尽くしてほしい」
「この老体に勿体なきお言葉……これからも、我が一族は侯爵家と共にございます」
この度の内戦において、後半戦では影が薄かったサミュエルだったが、リクレールとしては彼が後方でブレヴァン侯爵領やフォントラル侯爵領ににらみを利かせ、占領地で反乱を起こさせないように手腕は非常に大きいと感じていた。
正直なところ、このような役目はヴィクトワーレでさえも難しと考えており、それと同時に、今後はサミュエルのような一方面を任せられるような武将の育成も進めていかねばならないと、リクレールもエスペランサも感じるのだった。
また、ヴィクトワーレにも、今回の戦いで精強なコンクレイユ侯爵騎士団を率いて大活躍してくれたことを、アルトイリス侯爵として改めて礼を言った。
「トワ姉……トワ姉も、何から何まで面倒を見てくれてありがとう。なんだかんだ言って、ずっと頼っちゃったね」
「いいのよリク、これからも遠慮しないで、どんどん私を頼って! 今の私は、リクに頼られることが、一番うれしいんだから」
「わ、わっと……」
『ヴィクトワーレ様、流石に今は少々ご自重くださいませ』
アルトイリス軍とコンクレイユ軍の前で、リクレールをその豊かな胸で抱きしめるヴィクトワーレに、両軍の兵士たちは心の中でニヤついていたが、エスペランサだけはやや不満そうであった。
(いつの間にか勝手に婚約者二人にされたけど、私はリクだけがいればいい。ここでリクと結ばれなければ……私は何のために、マリアと『あの約束』をしたのか)
「と、トワ姉……そろそろ、恥ずかしから」
「あっ、ごめん」
どうやらヴィクトワーレも、まだ今回の婚約争奪戦に納得がいっていないようで、その心はほぼ完全にリクレールに重きを置いているようだった。




