第490話 ミッドルタ川の別れ
「ネージュ、タンポポは美味しいかい? 君は何でもよく食べるけど、特にタンポポはよく食べるね。けど、あまり食べすぎると来年食べる分がなくなっちゃうかもしれないから、ほどほどにね」
春の陽気な空の下、草むらいっぱいに咲き誇る黄色い花を一心不乱に貪る黒馬ネージュを、リクレールは優しい声をかけながら撫でる。
そして、リクレールの周囲でもアルトイリス軍の将兵が陽気な心地の中で草むらに腰を下ろし、笑いながら自分たちの手柄話に花を咲かせていた。
彼らがいるのは、ユルトラガルド侯爵領との国境であり、今回の内乱では重要な拠点となった、ミッドルタ大河のほとりにあるオキメイ村。
以前は単なる街道沿いの小さな村でしかなかったが、アルトイリス侯爵領から船で物資を運搬できる立地と、大河を利用した最終防衛ラインを築くため、大規模に要塞化され、今ではちょっとした要塞都市に様変わりしていた。
それでも、村の外に出ればそこは以前と変わらない、ところどころ花畑がある穏やかな土地が広がっており、立っているだけで戦いが終わった後の緊張した心がほぐれるようだった。
「リク、そろそろ出発の時間よ。エサやりは済んだかしら?」
「ああトワ姉、御覧の通り、ネージュは朝あれだけ飼い葉を食べさせたのに、まだ満足していないらしい。ほらネージュ、これ以上食べるとガムランみたいなおデブになるよ」
『……この馬は本当に、よく食べますわね。主様にこの食欲を少し分けて差し上げたいくらいですわ』
ご主人様が促しても、すぐに食事を再開しようとする食い意地が張ったネージュに、エスペランサも呆れ気味だったが、リクレールがその背に跨って手綱を引くと、すぐに食事をやめてきりっと顔を上げるのだから大したものだった。
「休憩終了、全軍整列!」
リクレールが片手をあげて合図を出すと、周囲で休んでいた兵士たちは急いで立ち上がり、自発的に駆け出すと、凄まじい速さで決まった隊形にずらっと並んだ。
その一糸乱れぬ動きは、西帝国の正規軍すらも上回るのではないかと思うほどだった。
「改めて見ると、凄い兵士たちだ。うちの兵士たちも、負けないように訓練させなきゃな」
「もしよかったら、シャルの兵士もうちの兵と合同訓練しようよ! 僕ならいつでも大歓迎だから!」
「ははは、そうだな……アンナさんに扱いてもらうとするか」
リクレールのところに、シャルンホルストが馬に跨って近づいてきた。
何のことはない、仲のいい二人のやり取りだったが……シャルンホルストとは、ここで一旦お別れだ。
彼もまた、内乱であれたユルトラガルド領を立て直す仕事があるし、何より長らく家族と離れていたことから、しばらくは両親や兄たちと過ごしたいのだろう。
とはいえシャルンホルストは、比較的自由な三男と言う立場なので、ある程度領内の復興の目途が付いたら、またアルトイリス侯爵家でリクレールの客将として世話になることになるだろう。
「見送りありがとう、シャル。困ったことがあったら、いつでも言ってほしい。何があっても駆けつけるから」
「おいおい、リクにはウチの危機を救ってもらった借りがあるのに、これ以上貸しをよこす気かよ。だから、次は俺がお前の力になる番だ」
「ふふふっ」
「ははっ」
こうして二人は、笑い合いながら握手を交わし、しばしの別れを惜しんだ。
そして……
「シャルンホルスト君、私も片づけが終わったら、すぐにこっちに戻ってくるわ。けど、それまで元気でいてね」
「ウルスラ先生……それにみんな、俺がいなくても達者でいてくれよ」
戦場で苦楽を共にした士官学校の学生たちにも、一人一人別れを告げると、シャルンホルストは配下の兵たちと共に、ミッドルタ川に架かる橋を渡り、自分の領地へと帰っていった。




