第485話 愛しき娘
暫くして戻ってきたとき、リクレールはレオニスの娘リエナを抱えたべルアーブルを伴っていた。
「べルアーブル……無事だったか! そ、そしてその赤ん坊は……!」
「お久しゅうございます殿下っ! わたくしは、この日を迎えられて幸せにございます! さあ殿下、シャルロッテ様が繋いでくださった希望……リエナ様をその手でお抱きください!」
「おぉ……おおぉっ! リエナ……リエナというのか。愛するシャルロッテが名付けてくれた娘の名…………うっ、うぅっ!」
全ての戦いが終わったことを確認したリクレールが、今なら安全だと考えてべルアーブルに連絡し、生後半年のリエナを慎重に連れてきてもらった。
高級な布に丁重に包まれたリエナの身体はすっかり大きくなっており、初めて見る父親の姿を、その愛らしい瞳でじっと凝視していた。
レオニスはそんなリエナを恐る恐る手に取り、震える両手で彼女を抱擁する。
「可愛い……シャルロッテが命と引き換えに産んでくれた私の愛娘……」
「殿下……殿下から預かったお子様を、こうしてお守りできたことは、私の生涯で一番の誇りでございます! それゆえに、シャルロッテ様もお守り出来たら、どれほどよかったことか!」
「よい、そなたが気に病むことではない……シャルロッテが亡くなったのは、マルセラン伯父の動きに気が付くのが遅れた私の責任だ。そなたには、これからも……どうかリエナを守ってほしい」
「っ!! もったいなきお言葉!」
最愛の妻が残した命を抱え、大粒の涙を流すレオニスと、無事に後継者を父親に手渡せた喜びと安堵で、こちらも薄い化粧がすべてはがれるほどの涙を流すべルアーブル。
そんな感動的な光景を見ていたリクレールやシャルンホルスト、ヴィクトワーレも……
「うぐっ、えぐっ……レオニス殿下、ほんとうに……よかったですねぇぇっ! うひゅっ」
「お前……殿下の前で、そんなにわんわん泣くなよぉ……俺にまでうつっちまうじゃねぇかよぉ」
「よかったぁ、本当に、よかったぁ!」
若人たちがひとしきり泣いた後、リクレールはヴィクトワーレと共にビュランやザイドリッツ、ベンジャミン、キトレルらを呼びに行き、駆けつけた彼らもレオニスの娘を見て大いに喜んだ。
「何と可愛らしい……この子が殿下の跡継ぎ! シャルロッテ様のことは残念でございますが、お世継ぎが生き残ったのは、まさに天命にございます!」
「髪の毛の色、まさしくレオニス様と同じですね! それにこの瞳も、すでにレオニス様にそっくり!」
「ほほう、シャルロッテ様はお世継ぎの名前をリエナ様と名付けられたと…………もしよろしければ、将来の教育は僕にお任せを」
「こうしてレオニス殿下がリエナ様に生きて会えたことで、私たちの苦労も報われた思いです」
こうして大人たちもレオニスの周囲に群がって、その愛くるしさを称えていると……今までレオニスの腕の中できょとんとしていたリエナが、急に表情を崩し、やがて火が付いたように泣き出してしまった。
「おっとっとっと、どうしたんだいリエナ? 何か怖いのかい? 大丈夫大丈夫、お父さんがここにいるから、ね?」
「ありゃ……お姫様が泣きだしちまった! ビュラン隊長の顔が怖いんじゃないんですか?」
「な、なぜそうなる!? ヴィ……ヴィクトワーレ、何とかできないか!?」
「私!? お、おしめ? それともおねんね?」
いかなる強敵にもたじろがない武人たちも、泣く子には勝てないようで、どうにかしてあやそうとあわあわし出した。
『ヴィクトワーレ様。リエナ様はお腹を空かせているようでございますわ』
「えっ、お腹が空いてる!?」
突然頭の中に聞こえて来たエスペランサの言葉を思わず言ってしまうヴィクトワーレ。
「そ、そうか! お乳が飲みたいのか! それなら……」
「ちょっ、殿下!? なぜ上着を脱ごうとしているんですか!? 乳母は連れてきておりますので!」
こうして、彼らはその日、かわいらしいお姫様に散々振り回されることになったのであった。




