第482話 とある教師の過去
紫鴉学級の担任を務める若き教師ウルスラは、元々東帝国の帝都アルクロニスにあるもう一つの巨大な学校――――帝国魔道学校の生徒であり、帝国に所属する魔導士としてキャリアを積むつもりだった。
彼女の父親フリードリヒは、士官学校で教師をしており、父親が教鞭をとっていた学級こそ、紫鴉学級であった。
代々男爵・女男爵という今一ぱっとしない家柄ながらも、比較的不自由ない暮らしを送っており、仲の良い婚約者もいた。
そんなウルスラの運命の歯車が狂ったのは、彼女が17歳の頃……今から約8年前に、皇帝が定めた新たな法に反対した貴族が反乱を起こし、反乱の首謀者に何と父親が仕えていた侯爵家がいたため、父フリードリヒは教師の役割を辞して反乱側に加わった。
それだけでなく、もうすぐ結婚を控えていた婚約者も反乱側についたのである。
勿論ウルスラにも父親から招集を受けたが、ウルスラはそれを拒否して皇帝側の軍として反乱軍討伐戦に参加する。
魔道学校に所属している傍ら、父親から戦術の手ほどきを受けていたウルスラは、自ら家の恥を雪がんとする勢いで反乱軍を撃滅した。
婚約者も、親族も、そして父親フリードリヒも……相手がウルスラのことをよく知っているが故の思考の隙をついた策で、一網打尽にし、そして……自ら手に掛けた。
可愛がってくれた侯爵の城も、故郷の実家がある城も、構造を知り尽くしているゆえに、いとも簡単に陥落させた。
(私はただ、帝国のために戦っただけ。帝国の軍人たるもの、皇帝陛下のために尽くすことは当然の義務……)
この時の戦功により、ウルスラは皇帝直々に表彰され、若くして帝国の将軍の一人に抜擢されたのだが…………その地位を得るために、反乱側に与したとはいえ、自身の親類縁者や婚約者まで手に掛けたウルスラの評判は芳しくなく、次第に軍での居場所を失っていった。
(そして結局、私は「栄転」という形で士官学校の教師に任命された。軍から厄介払いされた人材を押し付けられて、校長はさぞかし困ったでしょうね)
とはいえ、あいかわらず「上」との折り合いは悪かったが、教師になってよかったとウルスラは思っている。
優秀ではあるが、一癖も二癖もある生徒たちを中心に集め、厳しく優しく指導する日々は、とても充実したものだった。
軍から半ば追放されたときは何の感傷も抱かなかったウルスラは…………教師と言う立場を失った時、初めて一筋の涙を流した。
(やっぱり私は、ダメな女ね…………)
ウルスラの元には今、紫鴉学級の生徒たちが群がり、教師をやめないでほしいと懇願している。
自身の今までの境遇に思をはせながら、彼らの頭を優しく撫でる――――と、そんなときだった。
「ウルスラ先生は、もう士官学校の教師じゃなくなるんですね……だったら、僕が新しく学校を作るので、そこで教師をしませんか!」
「り、リクレール君!? 学校を作るって……!?」
なんとリクレールが突然、自分が学校を作ると言い始めたので、ウルスラは面食らった。ところが……
「おいこらリク! ウルスラ先生までお前の方に持っていくな! いくらなんでも欲張りにもほどがあるだろ!」
「えっ!?」
なんと、非常に珍しいことに、シャルンホルストがリクレールに食って掛かり始めた。おそらく彼ら二人がケンカし始めるのは、これが初めてだ。
「だって、西帝国には士官学校がないから、僕の領地で新しく作るんだ! 手始めにアリシアやデルセルトたちを学ばせて、いずれは自力で優秀な将軍を育て上げるんだもん!」
「いいや、いくら親友のお前とはいえ、ウルスラ先生を渡すわけにはいかん! 先生はユルトラガルド侯爵家で登用するようオヤジに言い伝えるんだ!」
そうして二人は、お互い譲らないとばかり目線で火花を散らしはじめた。
その様子にウルスラは心配するどころか、おもわずふっと笑ってしまった。
「ハイハイ二人とも、喧嘩は駄目よ。どっちの領地に作るかはこの際おいといて、西帝国で士官学校を作るというのは賛成だわ。それなら、私も協力してあげる」
「「先生っ!!」」
西帝国内戦で多大な功績を挙げたリクレールとシャルンホルストも、やっぱりまだまだ子供……教えることは山ほどあるとウルスラは思いつつ、これから先は自分で居場所を作らなければと、改めて決意するのだった。




