第479話 懸賞金の前払い
『よもやとは思っておりましたが、ブレヴァン侯爵家の生き残りの娘は、本当に直前で都市同盟領を脱したようでございますわね』
(ハキナトリアの議事堂を占領しても見つからなかった時点で、薄々察してはいたけどね……)
『それに、停戦交渉の席でも彼女に関する話が一切出なかったところを見ますと、身柄はすでに手元にないのはほぼ確定と言ってよいでしょう』
(僕としては、フランシールの身柄はなんとしてでも抑えたかったんだけどな)
『左様でございますわね。この危機を脱したという事実のみならず、脱することができた嗅覚の持ち主か、はたまた協力者がいたか。いずれにせよ、厄介な存在であることは間違いございません』
心の中で会話するエスペランサの声が不安で彩られていることに、リクレールはすぐに気が付いた。
そして、リクレールも同様に、自分が散々に叩き潰して長男だけを生き残らせて服従させたブレヴァン侯爵家に、別の生き残りができたということが以下に厄介なことかよくわかる。
いついかなる時、ブレヴァン侯爵家の臣下がフランシールを担いで反乱を引き起こすか……その心配がくすぶっている限り、リクレールの本当の目的に支障をきたしてしまうことだろう。
(ともあれ、今僕ができることはこれしかない)
リクレールはシャルンホルストの方を向いて静かに頷くと、シャルンホルストも無言で頷いた。
「そうですか……フランシールは我らが来る前に脱出しましたか。いえ、あなた方が気負う必要はありません。むしろ、ここにはいないというのはそれはそれで貴重な情報です。包み隠さずお話しいただいた謝礼として、頂いた賠償金から1万リブラお返ししましょう」
「1万リブラの……返却!?」
シャルンホルストの言葉に、またしても執政官や議員たちが虚を突かれたかのようにざわめく。
ムジェロのせいで重要な交渉手札を逃してしまったことを悔やんでいた彼らだが、この場にいないと正直に話すだけで1万もの大金が返ってきたのである。
賠償金の支払い総額からしてみれば誤差程度だが、生きていれば元手を10倍に出来る腕利きの商人たちからすれば、それだけ戻ってくるだけでもとてもありがたい事だった。
「それに、先程の身柄引き渡しと引き換えに10万リブラを支払う件についても、ユルトラガルド侯爵家とアルトイリス家が独自で保証しよう。返却した1万リブラは、その前金として受け取っていただければ」
「あ、ああ……それは、ありがたい!」
彼らがわずかな喜びを心に刻んでいるのを、リクレールとエスペランサは当然見逃さなかった。
勿論シャルンホルストやヴィクトワーレには、予めこうなるであろうことは話してあるし、このような「茶番」も織り込み済みだ。
(情報だけでも1万払うのだから、人ひとり捕まえるだけで確実に10万リブラ支払われる……こいつらはきっとそう思うだろう。女性一人を捕らえるだけの報酬としてはかなり破格だな。まったく、俺も詐欺師だのなんだの言われるが、リクほどえげつなくはないぜ)
リクレールやシャルンホルストの思惑通り、都市同盟の政治家たちの大半は、どこかに逃げ出したフランシールを探し出せないかという考えで頭がいっぱいになっていた。




