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第478話 調印式

 交渉の期日となった3日目――――夕方になってようやく自由交易都市同目の意見がまとまり、停戦の条件を受け入れるとリクレールたちに通達があった。


「いくらなんでも遅いわ……本当に停戦する気があるのかしら?」

「まあまあトワ姉、時間の期限を設けなかったのは僕たちだから……夜中まで話し合われるよりかはましだよ」


 時間ぎりぎりまで待たせられたことに、ヴィクトワーレは大いに呆れていたが、リクレール自身は最終的に停戦の条件を受け入れてもらえたことだけでも良かったと思うことにした。

 何しろ、リクレールですら内心で、かなり過酷な条件を突きつけたことの負い目があるのだから。

 停戦の調印式は翌日に持ち越すことになったが、ともあれこれでリクレールは全ての目的を達したと言ってよい。


「では、ここに署名を」

「くれぐれも約束を違えるようなことはしないよう、お願い申し上げますよ」

「勿論です。僕は約束したことはきちんと守ります」


 議員たちが見守る中、停戦の調印式が行われ、アルトイリス軍側と都市同盟側、双方で保管する誓約書に代表者がサインし、無事に交渉成立となった。

 アルトイリス軍側はこれ以上の攻撃を行わず、南区画の建物にも手を出さないことと、奪った船や捕虜になった有力者を返還することと引き換えに、250万リブラもの大金を受け取ることになる。

 ただ、流石に金貨を250万枚も一括で運ぶのは現実的ではないため、停戦期間中に50万ずつアルトイリス軍側に運びこむこととなった。おそらくこの後、金貨を数えるために大勢の役人が動員されることとなるだろう。

 だが、ここでリクレールはもう一つ交渉を持ち掛けて来た。


「実はですね、あなた方が、重大な反逆者であるブレヴァン侯爵トライゾンの娘を行方を知っているのではないかという情報があるんです。もし、彼女の行方を知っているのであれば、情報料として1万……身柄を引き渡してくれれば、10万リブラお支払しましょう。いかがでしょう?」

「ブレヴァン侯爵の娘、ですと……!?」


 リクレールの言葉に、バランディーニや執政官たちの表情が見る見るうちに変わった。

 彼らは決してポーカーフェイスが苦手ではなく、むしろ商人としてかなり得意な方だったが、それでもこれほどの反応を示すのは、リクレールからこのような提案があったのがかなり予想外だったからだろう。


『ふふふ、如何でしょう主様。彼らの眼の色が変わりましたわ』

(ここまでやると本格的に詐欺をしている気分なんだけど……)


 リクレールが今までブレヴァン侯爵の娘――フランシールの話を出さなかったのは、もし交渉の席でこの話をしたら、その間に誰かが逃がしてしまう可能性があると考えたからだ。

 交渉が確定し、都市同盟側が莫大な賠償金の支払いで苦しくなったところで、まるで手を差し伸べるかのように、賠償金の一部を情報料として使うことで、彼らからフランシールの身柄を引き出しやすくなる……というのがエスペランサの策だった。

 ただ、このような交渉を持ち掛けたのはよかったが、彼らから帰ってきた回答はあまり芳しいものではなかった。


「アルトイリス候……その、大変恐縮なのだが、確かに我らは一時期ブレヴァン侯爵の令嬢の身柄を預かっていたが、我らは中立ゆえに、要請があればそちらに身柄を引き渡そうと考えていた。しかし…………開戦直後に、フランシール嬢は姿を晦ませましてな」

「姿を晦ませた?」

「う、嘘ではございません! もしフランシール嬢の身柄を我らが確保していたら、10万リブラお支払いいただけるのであれば、喜んで引き渡しさせていただきたかったのですが……!」


 どうやら評議員の言うことは嘘ではないようで、彼らは正直に逃げられたことを明かした。

 どのみち、中立を標榜する都市同盟では、戦争さえなければ、帝国に居場所がばれて身柄の引き渡しを要求されたら、とっとと引き渡す予定だったのだから、彼らがこれ以上フランシールに肩入れする理由などなかった。

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